クラスメイトの罪
決心した俺は、多くの情報を説明した。
最初、俺がエルフの村に転生したこと。次に転移をしてクラスメイトと一緒に城にいたこと。そして最後は過去に転生し、クリームヒルトと出会い今に至ったこと。
それは瑠奈にとってあまりにも衝撃的な話だったのだろう。驚きのあまり表情が固まっているように思える。
「というわけで、俺は今ここに戻ってきたんだ。この子はアリスで、俺がエルフだった時に村で結婚式を挙げた。あれからいろいろあったけど、アリスは村を襲われてここに来たんだ」
「え? 村を襲われ?」
「ああ、そうなんだ。村をな。俺も含めていろいろとショッキングが出来事だったよ。だから今も余計な心配をかけたくないと思ってる。それに瑠奈、お前もな。まだ本調子じゃないんだろ? 今はゆっくり休んで体力を回復してくれ。詳しい話はそのあとだ。あ、大河がもう目覚めてるから、あとで呼びに行くよ」
実際、瑠奈は助けた時点で死にかけていた。今だって目覚めたばかりでそれほど体調が優れているようには見えない。だからこの心配は自然なものに見える……はず。
「……あの、私」
「今はいい。ゆっくり休んでてくれ。瑠奈」
深刻な表情で瑠奈は事情を察したようだ。
クラス転移の時に俺を殺したのは瑠奈。そしてエルフに転生したときも、村を襲ったのは瑠奈たち。つまり俺の死に瑠奈は二度関わっていることになる。そのうえ目の前には村の生き残りであるアリスがいるのだ。その混乱は想像を絶するものだろう。
話すべきことは多い。とても短時間で済むほどではない。だから今、回復しきってない彼女と長時間会話をすべきとは思わない。
「来栖、これだけは答えて。あなたが結婚してるんだよね? 生まれ変わってもまだ、アリスさんのこと、好きなの?」
「ああ」
「そう……」
そう言って、瑠奈は再びベッドに座り込んだ。
「それでも私、あなたのこと……好きだから」
「瑠奈……俺は……」
「…………」
もっと話したいことも多いかもしれない。けれど瑠奈は、明らかに疲れた表情でベッドに倒れこんでしまった。
まだ十分に回復しているとは言えないらしい。まあ、起きたばかりだから仕方ないか。
今、この状態で瑠奈にいろいろな言葉を被せるのは卑怯だと思った。後でフォローを入れることにしよう。
そう思い、俺はアリスを誘導しながらこの場所から遠ざかろうとした。
「すまないっ!」
ちょうど部屋から出た直後、俺たち二人はそう声をかけられた。
大河だ。
突然現れた大河が、俺たちに頭を下げている。
「二人の話は聞いていた。来栖の考えも分かってるっ! でも、それでも言わせてほしい。謝らせてほしい。俺の罪を、あの村を……滅ぼしてしまったことをっ!」
「大河……それは……」
「えっ、村は兵士に襲われたってクリスが……」
「…………」
それは、間違いではない。
確かに村を襲った集団の中に兵士がいた。しかしそれは大河の監視を兼ねて女王が付けた付き人だ。彼らもまた〈災厄〉の毒牙に掛かっていたわけだが、あの集団の中ではむしろ少数派。
兵士は村を襲った。だが集団のリーダーが誰かと問われれば、おそらく大河と答えざるをえない。たとえそれが本人の意思でなかったとしても……。
「……兵士だけじゃないんだ。あの事件は……俺の知り合いも関わっていた。もっと、落ち着いてから話そうと思ってたんだ。隠すような真似をしてごめん」
「待ってくれっ! 来栖は俺たちのことを気遣ったんだ。自分はあそこで死んでしまったのに、それでも俺たちのことを。悪いのは俺たち……いや俺だ。俺はみんなのリーダーとして集団を指揮する立場にあった。すべての責任は俺にある。だからもし、あなたがそう望むなら、俺は俺自身を……この手で罰してもいいと思っている」
鋭い大河の視線は、死すらも覚悟している様子だった。
こいつ、アリスが死ねと言ったら死ぬつもりなのか? 大河の性格を考えるなら、それだけの決意をしていてもおかしくない。
アリスは大丈夫なのか? もしここで感情的に『死ね』とか言ってしまったら、大河はそれを躊躇なく実行してしまうかもしれない。
「顔を……上げてください」
しかし、俺の懸念とは裏腹に、アリスの声はとても冷静で……慈愛に満ちたものだった。
「あたしの大切な人は、あなたと同じように〈災厄〉に操られていたと聞いています。そのせいで無関係な亜人を殺めてしまったとも」
あの時の苦しみは今でも忘れない。何とか抵抗しようとして、クリームヒルトに『殺してくれ』なんて言ったんだ。そう、まるで今の大河みたいに。
「あなたを否定することは、あたしのクリスを否定することと同じ。だからあたしはあなたに何か文句を言うつもりはありません。あれは事故だったんです。起こるはずのない悲劇だったんです。あなたがいなくても別の誰かが操られて、同じように村が襲われていたかもしれません」
「…………」
俺は思っていたよりも、アリスはずっと冷静だった。
転生したり過去に遡ったりして、俺の精神年齢は相当上がってしまった。だからなのだろうか。アリスを子ども扱いしすぎてしまったのかもしれない。
そう、俺たちは結婚したんだ。つまり二人は成人として認められたということ。大河を気遣うアリスの行いは、まさしく思慮深い大人のそれだった。
「俺を慰めてくれるのはすごく嬉しい。だけど、それで俺の罪が消えたわけじゃない。これから俺は来栖を助けて、あの悲劇の罪滅ぼしをしていくつもりだ。それで許されるとは思っていないけど、少しでも……亡くなってしまった方への鎮魂になれば……」
「ありがとうございます」
「あなたたちのために、俺は戦う。戦ってみせるんだ」
「……大河」
うまく、まとまったみたいだな。
俺は余計なことをしてしまったのだろうか? もっと早く二人を合わせていれば良かったのかもしれない。
でも、心につかえていた問題が解決して良かった。
そう思い、改めてこれからどうしようかと考えていた俺の耳に、ふと、遠くからの声が聞こえた。
「盟主様っ! 大変ですっ!」
どうやらクリームヒルトが放った調査隊が遺跡にやってきたらしい。しかし魔物の様子を探るだけだったはずの調査隊の声は、随分と切迫したもののように感じる。
「た、大量の魔物たちが森に押し寄せています。し、信じられない数です、五千……いえ万を超える大軍ですっ!」
信じられない言葉が、聞こえる。
い……一万って……。
この前、俺がアルフレッドと対峙したときはせいぜい100体程度。万を超えればそれはかつての魔王大戦と同規模だ。まさしく戦争と言っても差し支えない数字。
しかもこの数を目視で正確に測れるわけがない。奴が無限に魔物を生み出せることを考慮するなら、実際はもっと数が増してしまうかもしれない。
「お、おい来栖。今のは……」
「クリス……」
とんでもない事態が進もうとしている。
「クリームヒルトのところに向かおう。なにか大事件が起きてるのかもしれない」
俺たち三人はすぐにクリームヒルトのところへと向かった。