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アリスと瑠奈


 大河が目を覚ました。

 それは俺にとってとても嬉しいことで、世界にとっても良いことだった。彼の強さは一緒に戦っていた俺が誰よりも知っている。そしてその正義感は俺以上だ。これほど頼りになる存在はなかった。

 目覚めた大河は当初こそ弱々しかったものの、数時間、そして一日を経てかなり回復を果たした。今となっては寝込んでいた時の空白を補うように、遺跡の近くでトレーニングをしている。その姿を見て、俺はやはり頼もしいと思ったのだった。


 そして大河が目を覚ました二日後、他のクラスメイトたちも目覚め始めた。彼らは現状に困惑している様子だったが、大河の説明により落ち着きを取り戻し、他が目覚めるまで遺跡で過ごすこととなった。

 目覚めたみんなに、やはり〈災厄〉による精神汚染はない。だからこそ自分のしでかした大罪を理解してメンタルがやられ気味となっていたのだが、そこは先に目を覚ました大河がフォローしてくれた。

 大河は頼れる奴だ。実際、クラスメイトたちの集団の中では彼がリーダーだった。これまでも不安に駆られた友人の相談役となっていたらしい。


 だけど目覚めたばかりの大河の様子を知っている俺は、少し心配になった。こいつ、自分が辛いのにまた無理をしているんじゃないかって。俺にどこまで応援できるかは分からないが、大河のフォローは俺自身が役割を果たすとしよう。


 そして、さらにしばらくして……。

 とうとう、瑠奈が目を覚ました。


 目覚めた彼女と話をしなければならない。そう思い、俺は〈古代樹〉のベッドがある場所へと向かった。

 そこには、瑠奈がいた。

 根のベッドに座り込み、顔を伏せているその姿。体調が良くないのもあるだろうが、精神部分もまたダメージを負っているように見える。

 顔を伏せているから視界はゼロ。こちらの姿にも気が付いていないだろう。


「瑠奈、俺だ。目を覚ましてくれて安心したよ。どこか調子の悪いところはないか?」


 どう話しかけていいか分からなかったから、そんな言葉しか出せなかった。

 顔をゆっくりと上げた瑠奈は、こちらにちらりと視線を投げかけたあと、ぽつり、と呟くように語り始めた。


「ひどい……夢を見たの。エルフと……それに来栖を殺してしまう、信じられない悪夢。炎に焼かれた村の中で、断末魔の悲鳴がずっと木霊してる。夢であってほしい、現実であってほしくない。ずっとそう……自分に言い聞かせようとしたけど、でも、今……来栖の顔を見て分かった。あれは……現実だったのよね? ううん、私はずっとそれを分かってた。でも……それを信じたくなくて」

「瑠奈……」

「ごめんなさい、わ、私……あなたに……」


 瑠奈が泣いている。

 仕方のない話だ。彼女は前世の俺に止めを刺した張本人。もちろん意図してやったことではなく〈災厄〉の精神汚染による結果なのだが、その記憶は彼女の頭に刻み込まれている。


「瑠奈、大丈夫だ。落ち着いてくれ。大河にも話したけど、あれはそういうものなんだ。誰もお前の意思だったなんて思ってない。いろいろと不幸な出来事はあったけど、俺はこうしてここにいる。今はもうそれで十分だろ?」


 本当はあの時死んで転生してるわけなんだが、それを知ったら瑠奈はさらにショックを受けてしまうかもしれない。ほとぼりが冷めるまで黙っておこう。

 いや、前にアリスでこんなことを考えて失敗したじゃないか。やはりここは誠実に真実を話しておく方が……後々のことを考えると……。

 ……とは頭の中で考えたものの、とてもではないが……口にはできないことがある。


「私、来栖のことが好きなの。本当に好きなの。だから正気なら絶対にあんなことしない。それだけは信じてほしい」

「分かってるよ。全部分かってる。だから何も言わなくていい。悲しむ必要なんてないんだ」

「うう……ううぅ……」

「瑠奈……」


 言葉で慰めることは容易い。でもそれで彼女の罪悪感が消えるわけでもなく、結局のところ時間が解決してくれることを願うしかない。

 抱きしめて慰めることが最適解かもしれない。でも俺はもうアリスと結婚しているんだ。今更、恋人面なんか……。


「あの……大丈夫ですか?」

「え?」

 

 アリスのことを考えていたちょうどその時、瑠奈に声をかけてきたのはアリスだった。


「アリス、どうしてここに?」

「ご、ごめんなさいっ! 泣き声が聞こえたから、つい。クリスが泣かしたのかなって思って……」

「…………」


 まずいな。

 一応、ここには来ないように軽く口止めしておいたんだがな。もともと亜人と人間でそれほど接点もないから、わざわざ話すこともないだろうと思っていた。

 それでも俺がここに訪れたことによって、アリスの関心を引いてしまったのかもしれない。村を滅ぼした件について知ったら、アリスは瑠奈や大河を許してくれるだろうか? 

 じっくり腰を据えて話をすれば、分かり合えるとは思う。でも目覚めたばかりの今は……その時じゃない。


「あなたは誰? 来栖の知り合い?」

「この人の、クリスの妻ですっ!」

「え……あっ」


 村のことに気を取られていたが、こっちの件も問題だった。ど……、どうしよう。クリームヒルトみたいに誤魔化せないぞこれ……。


「来栖? このエルフの子と知り合いなの? 妻って何?」

「クリス、この人もクリームヒルトさんみたいに転生した後の知り合い?」

「そうなんだけど、その……」


 ああ、どうやって説明したらいいんだ? 下手に話せば村のことで修復不可能な溝が……。アリスだって瑠奈だってあの件の心の傷が癒えてない。けどこの話は無視できなくて……。


「あの、あなたの知り合いの来栖さんはこの人とは違うんです。この人はエルフで、あたしたちは結婚したんです」

「結婚? 来栖と? 冗談でしょ? 来栖は私と付き合ってるの。変な嘘つかないでもらえる?」

「こ、怖い顔で睨んでも駄目っ! あ、あたしはクリスの妻なんだから。あうぅ……」

「本当のことを言って」


挿絵(By みてみん)


 瑠奈が怖い顔してスキルをチラつかせるから、アリスが泣きそうになっている。もちろん本当に攻撃したりはしないんだろうけど、少し安易すぎるやり方だ。目覚めたばかりで、まだ頭がうまく回っていないのかもしれない。

 とはいえ、これ以上悩んでいる時間はない。話がもっとこじれてしまいそうだ。


「わ、分かった。俺が説明するっ! 全部説明するっ!」


 上手く、説明しよう。

 アリスの認識は間違っていない。問題は瑠奈だ。瑠奈に事情を説明する。そしてアリスに気が付かれないように滅んだ村のことを知らせ、余計なことを言わないように誘導しよう。

 それしかない。



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