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目覚めた友

 〈グランランド〉で過ごす日々はとても快適なものだった。

 俺は国主であるクリームヒルトの関係者であり、かつて亜人連合軍を率いて魔王を倒した英雄でもある。その名声は国のありとあらゆるところに及んでおり、俺の名を知れば多くの人が頭を下げ、丁重にもてなしてくれた。

 何日でも、何週間でも過ごせそうな場所だ。俺の帰還を祝して祭りを行うみたいな話もあった。のんびり休暇を過ごせる身分なら、喜んでこの地に滞在し、接待を受けていたかもしれない。


 けれど俺には成すべきことがある。そしておそらく、アルフレッドが動き出すまでそう時間はないだろう。俺は魔王戦の当時を知る亜人たちと少しだけ顔を合わせたあと、早々に遺跡へと帰ることにした。

 

 アリスはもとより、クリームヒルトもまた俺についてきてくれている。彼女はすぐに魔王領への調査隊を編成し、そいつらは俺たちと同時に魔王領へと向かうらしい。その結果は遺跡にいる俺たちへと報告され、後日の女王との会談に利用される。

 そう、女王との会談だ。魔王領に攻め込むこと、そしてそれが領土侵略ではないという説明。


 その会談の場に、もちろん俺はついていかない。俺の顔は女王に知られてしまっているからな。かつて駆の報告により国を追われることになってしまった俺だ。女王の心証も良くはないだろう。

 あるいは、かつてアルフレッドとの関係で何かを言われる可能性もある。一応、俺はクリフと呼ばれていた時代に、エルフの姿となってから彼女と会話した記憶はない。クリフと栗栖は無関係と釈明することはできるだろう。

 しかしクリスも栗栖もクリフも別人だが、顔立ちはとても良く似ている。それを考えれば、やはり女王の心証は良くないだろう。交渉に余計な波風を立てたくない。

 

 焦りはあるが、待つことも重要だ。

 ともかく、今の俺のできることは遺跡で待つことだけ。そう思いながら、三人で天使族の遺跡へと戻ったんだが。


「大河が、目を覚ました?」

「うん……」


 戻ってきて早々、ラミエルからそう報告を受けた。〈グランランド〉から帰ってきて二週間程度しかたっていない、数週間の治療期間と聞いてたからその二倍か三倍は覚悟していたのに、これは嬉しい誤算だった。

 正直なところ驚いた。だってあいつは俺が全力で戦い、死闘を繰り広げた相手なのだから。正直なところ、あの中では瑠奈について重傷だったような気がする。


 大河にとってはついこの間のことかもしれないが、俺にとって会話するのは久々だ。少し……緊張している部分もあるがまずは仲間の回復を喜ぼう。 


 遺跡の奥に進むと、〈古代樹〉の木で囲まれた場所へとたどり着いた。

 以前俺が目覚めたこの場所には、〈古代樹〉の根によって編まれた揺り籠状のベッドが存在する。ここで薬剤の治療を受けながら、俺は目を覚ました。

 しかし今はクラスメイトほぼ全員がこの場にいるので、ベッドの数も多い。大河も、瑠奈も、そして他のクラスメイトたちも、〈災厄〉の精神汚染を解除するためにここで治療を受けていたのだが……。

 皆が休んでいたこの場所で、唯一動く人影。

 大河だ。

 本当に、大河は目を覚ましていたようだ。


「う……うう……」

 

 うめき声を上げながら、必死に立とうとしている大河。以前戦った時の狂気的な様子はないが、体の調子は全快とは言えなさそうだ。


「大河っ!」


 俺は即座に大河を支えた。あまりにも弱々しいこいつの姿を見て、このまま倒れてしまいそうだと心配したのだ。


「来栖、なのか? お前が……俺をここに?」

「お前は敵の攻撃で洗脳されてたんだ。俺の知り合いが、お前と瑠奈と……それに他のクラスメイトたちを治療してる。もう大丈夫だから、焦らずゆっくり休んでいてくれ」

「お……俺は……とんでもないことをしてしまった。何の罪もない村にスキルを使って、村人の亜人たちを殺してしまった。死体を何度も何度も切りつけたことだって、覚えている。なんで俺があんな恐ろしいことを……し、信じられない。じ……女王に逆らって亜人を守るつもりだったのに、俺が……この手で……。早く、あの村に戻らないと。せめて、まだ生きてる人がいるかも……」


 この場にアリスはいない。俺が遠ざけておいたからだ。

 あの子に村を襲った犯人について説明するのは……酷だろうからな。


 村に戻ろうとする大河の気力は本物だが、これまでずっと昏睡状態だったこいつの体力がまるで追い付いていない。この弱々しい様子で森に出たら、獣に殺されてしまうかもしれないぞ。

 

 俺は大河を労わるように、ゆっくりと肩を叩いた。


「落ち着け大河。もう終わったことだ。逃げていた村の女性たちは俺が保護した。クラスメイトもお付きの兵士もここにいる。あれからもう二週間以上たってるんだ。まずは体を癒すことに専念しろ」

「でも……俺は……。あそこの人を殺して……。なんて……罪深いことを。いっそのこと、亜人じゃなくて俺が死刑になってしまえばいいんだ。死んでしまえばいいんだ。それだけのことをしてしまったんだ」

「お前は操られてたんだ。変に罪悪感を抱く必要はないだろ? な?」

「…………」


 あまり納得した様子ではなかったが、とりあえず今の状況を理解したらしい。大河は抵抗を止めて、根の上に座り込んだ。


「大河、もう終わってしまったことは仕方ない。死ぬとかそういうことじゃなくてさ、どうすれば罪を償えるか、生き残った人を助けてやれるか、もっと前向きにさ……考えることはできないのか? 誰もお前が悪いなんて思ってないけど」

「そうか……そうだよな、来栖。俺にできることを、このスキルだからできることをやらないと……。死んでる場合じゃない」

「落ち着いたなら、少し聞かせてくれないか? あれがお前の意思じゃなかったことは俺じゃなくても分かることだ。俺がエルフの姿になって引きこもってた時に何かあったんだよな? 心当たりがあるなら教えてくれないか?」

「わ、分からない」


 まあ、そうなるよな。

 俺自身にも〈災厄〉の魔の手が及んだが、一体どうしてこうなったのか全く分からない。あれは直接現れて術をかけられるとかそういったものではない。おそらく遠距離で、たとえ目を合わせなくても洗脳できるのだろう。

 そう考えると、今、こうしている間にも再びああなってしまう危険性があるかもしれない。何かの病気みたいに抗体ができていることを祈るばかりだ。


「城の隣の……最初、お前と一緒に住んでた部屋だよ。そこで明日のことを考えてたら、突然、激しく凶暴な感情が湧き出てきて。エルフを……亜人を殺すって感情が。そこから先は、ずっとその感情に支配されて動いてた。目的地に着くまで暴れたり叫んだりはしてなかったけど、心の中は……ずっと荒れっぱなしだった」


 王都を出る前にすでに操られていたのか……。しかも即座に暴れだした俺と違って、表面上は冷静さを保っていたらしい。これは随分と厄介だな。本人以外だとそうだと分からないかもしれない。


「他のクラスメイトたちは?」

「俺と同じだ。態度や見た目は目的地に着くまで変わらなかった。けど、俺には分かるよ。口数も減って、時々苦しそうな表情をして。あいつらもそうだったんだ。村に着く前から……操られてたんだ。そうでなきゃおかしいって言うはずなんだっ!」

「そう……だよな」


 俺もクラスメイトたちが素であんな蛮行をしたとは思っていない。大河の言う通りだろう。


「大河、今はまだ詳しく話せないが、俺にはやることがある。それはこの世界を守ることであり、そしてこの件の黒幕に迫るための一手だ。お前の力も借りたい」

「もちろんだ、断る理由なんてない」

「なら今は休んでくれ。おそらく荒事になる。体力を回復させて、万全の状態で戦闘に参加して欲しい」

「……仕方ない、よな。今の俺にできることなんて限られてる。この罪悪感が消えるはずはないけど、少しでも……あの日の罪を償えるなら。俺は……休むよ」

「休むことも仕事って言うだろ? 気を病む必要はないさ」


 きっと、大河はアルフレッドとの戦いに参加してくれるだろう。

 かつて俺と死闘を繰り広げたその力は、かなり強力な戦力となる。こいつとなら、今度こそアルフレッドを完全に倒せるかもしれない。


 頼もしい友人の助力に、俺は明るい未来を感じ始めていた。


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