エルガ村の女性たち
亜人の力を借り、アルフレッドを討つ。かつて果たしたはずのその道のりは、この現代においては随分と厳しそうだ。
奴が何かしらの行動を起こしてくれればこちらも動けるのだが、果たして……そう都合よくいくのだろうか? 何もかも手遅れになってしまわないだろうか?
不安は多い。だけど、四十年近く眠っていた俺には人脈も権力も何もない。人を動かすというのはとても難しいことだ。これ以上、この件で何かできることはないだろう。
俺たちはクリームヒルトが大臣と話を終えるのを待ち、次の行動を開始した。
ここに来たもう一つの目的、すなわち村の皆に会うためだった。
〈グランランド〉王城近く、とある家の前にて。
ここは王城近くにある、住宅街の一角だ。
規則正しく似たような外観の木造住宅が並んでいる。個人が建てた家、というよりは公営住宅のようなものなのかもしれない。
家の前で庭仕事をしている人がいる。俺が救出した村のエルフの一人だ。
「……クリス? ここまで来たの?」
「ああ、皆の顔が見たくてな。ここにアリスを連れてきたんだ。皆を連れてきてくれるか?」
「アリス、目を覚ましたのね!」
女性がアリスに気が付き、大声でそう言った。すると彼女の声につられて、家にいた他の女性たちも次々とここに集まってくる。
改めて、彼女たちの顔を確認する。救出したときはあわただしくて確認しきれなかったが、しっかりと女性は全員連れてくることができたようだ。
本当に、良かった。俺を含めて男はみんな犠牲になってしまったけど、最悪の結果では……なかったんだって。
「みんな、良かった。生きてたのねっ!」
アリスが泣いている。無理もない。村が壊されて以来、ずっと俺以外の仲間と出会えてなかったんだから。
犠牲がなかったとは言わない。でも、せめて、あの日の仲間たちを少しでも救えたなら、俺の行いも無駄ではなかったかもしれないって、思えたんだ。
「アリス、大丈夫だった」
「でも……あたしは大丈夫だったけど。アレンや他の男の人が……」
「いいのよ。あなたが生きてくれていただけで。まずはそれを喜びましょう」
アリスが女性に抱きしめられている。見ている俺も安心してしまうような光景だ。これで、彼女の心の傷が少しでも癒えればいいんだけど。
「もしここに残りたいなら、手配してもいいぞ? 丁重にもてなすと約束するけど」
クリームヒルトがそんなことを言ってきた。おそらく完全な善意だろう。確かに、彼女にとってはここが一番安心で安全なところかもしれない。少なくとも、これから奴と死闘を繰り広げるかもしれない俺のそばよりは。
「ごめんなさい、あたし、クリスと一緒にいたいから」
「うん、そうか。お前の意思を尊重するよ」
こういう答えが返ってくると思っていたのだろうか。クリームヒルトは大した感情もなくそう言った。
そうだな、今はまだそれでいいかもしれない。でも、もしすべてが終わったら、俺もここで暮らすことにしようかな。村もなくなってしまって、姿はエルフ族になってしまった俺だ。ここ以外に安心して暮らせる場所があるとは思えない。
だが今はそんな余生のような日々を考えている暇なんてない。今の俺にはやるべきことがあるのだから。
「それにしてもクリス。一体村で何があったの? あなたは何か知っているの?」
村を滅ぼされ、奴隷として連れ去られそうになっていたエルフたちにとって、当然の疑問。俺だってすべてを知っているわけじゃないが……。
「村が襲われたのは……村長のせいだったんだ」
詳しく話すには俺の前世から話を進めなければならない。そこまで俺のすべてをさらけ出すつもりはないが……村長の件に関しては話しても問題ないだろう。
「村長が? どうして自分の村を?」
「村長は昔に亜人を殺しつくした人間だった。あいつはエルフなんかじゃないっ! 人間が変身してただけなんだっ!」
「ええ? 人間? そんなことが?」
「信じられないかもしれない。俺だって信じたくもない話だ。だけどここにいる亜人たちの中にも、奴と戦ったことのある人がいる。因縁の相手なんだ。そして奴は〈災厄〉と呼ばれるさらに恐ろしい敵に……」
そういえば、と俺は思いついた。
謎過ぎる村長と〈災厄〉の関係。もしかすると……ここにいる誰かなら目撃してたりしてるんじゃないのか? 事の経緯を考えれば、俺は絶対に警戒されていただろう。しかし他のエルフたちは、奴にとって雑魚以下の脆弱な存在。その傲慢さが何か……手掛かりになるものを残していないだろうか?
「なあみんな、村長のことで何か知らないか? あいつは〈災厄〉って奴と一緒に亜人を滅ぼそうとしているかもしれないんだ。俺がいないところで、不審なそぶりを見せた様子はなかったか? 誰か知らない人と話をしていたとか、怪しげなアイテムを持ってたとか、なんでもいい。俺たちは奴とその黒幕の手掛かりを探してるんだ」
「そういえばあの日、ああ、クリスが結婚式を挙げる前の日ね。村長が村の近くの川で、人間と話をしているのを見たわ」
「女?」
「そう、白い髪の女の人。不思議よね。旅人でもなければ徴税官でもなさそうな女の人だった。後で誰なのか聞こうと思ってたんだけど、あんなことになってしまって……」
「…………」
ひょっとしてその女が……〈災厄〉なんじゃないのか?
かつて天使族の壁画に書かれていた〈災厄〉。あそこには奴が女だということが記されていた。その点は合致している。
あのアルフレッドに今更亜人や人間の仲間がいるとは考えにくい。奴が一緒にいたとなれば……それは、〈災厄〉である可能性が最も高い。
奴が、俺たちの村に来ていた? あの日、俺の結婚式が開かれる祝いの日に……〈災厄〉が?
背筋が凍る、というのは今みたいな時を言うんだろうな。俺は一体いつから奴の手の平にいるんだ?
その後、俺はエルフの女性たちに同様のことを聞いて回った。
しかし、最初に出た白い女の話題以外、有力な情報などなかった。