前世の矛盾
天使族の遺跡にて。
クリームヒルトが戻ってきた。
「それで、どうだったんだ? あの人間たちはいつ完治するんだ?」
「数週間で目を覚ますらしい」
「は? そんなに早いのか?」
いや、おかしいだろ。俺が何十年もかかったのに、なんでそんな短縮されてるんだ? あの悲壮感に溢れたクリームヒルトの記録はなんだったんだ? こんなの、俺もこの子もただの茶番じゃないか。
「どうしてそんなことになったんだ? 俺はもっと時間がかかってただろ? いくらなんでも……」
「あはははははは……。あたしが早く早くっていつも言い続けてたからな。研究がぐっと進んだんだ。あの子には無茶をさせてしまったかもしれないが、まあ、こうしてクリスが目を覚ましたんだからハッピーエンドだ。うんうん、何も悪くない」
「…………」
どうやら、クリームヒルトがラミエルにいろいろ言っていたらしい。かなり無理を言ったんだろうな。それ自体は悪いことじゃないんだけど、なんだか申し訳なくなってきた。あとであの子に謝っておこう。
「おっ、その子は目を覚ましたのか。良かった良かった。犠牲もあったけど、助かった人も多い。だからそんなに気を病む必要はないと思うぞ、クリス」
「あの……あなたは?」
アリスが不思議そうにそう言った。
「あたしはクリームヒルト。生き残った最後の龍人族で、亜人の盟主とも呼ばれてる」
「亜人の盟主?」
「まあ、このあたりの亜人は盟主の話なんて知らないよな。女王のせいであたしもあまり顔を出せなかった。でも安心してほしい。別に税を取ったり迫害したりするのが仕事じゃない。困っている亜人を助けるのが仕事だ」
過去の世界では、亜人の間で圧倒的な影響力を持っていた『亜人の盟主』、龍人族。でも現代では女王の迫害のせいか、それほどの力がないらしい。思えば俺も村の中で盟主の話など聞いたこともなかった。あそこはアルフレッドの村だから特殊かもしれないが、一方でクラスメイトとともに訪れた亜人の村でも似たような感じだった。
執拗な女王の迫害。そして魔王アルフレッドの存在。二つに挟まれた大森林の亜人たちは、かつての団結を忘れ小さな村の中で細々と暮らす存在になってしまった。ということか……。
「良く分からないけど、あたしたちのこと助けてくれたんですよね。ありがとうございます」
「仕事だから気にするな。クリスの関係者なら当然だ。クリスはあたしにとってとても大切な人なんだ。別れたあの日、ずっと一緒にいようと誓った。こうしてまた二人で会えることができたんだから、もう、あたしたちを邪魔するものは何もない」
「え? ずっと一緒に?」
そ……そういえば死ぬ間際にそんなことを言った気がする。もうこの世界は終わりだと、来世はどうなるんだと考えてたからの発言だった。
一緒にってのは生まれ変わった後とかそんな意味の言葉だった。まさかこんなに五体満足で戻ってこれるなんて、思ってなかったからな……。
「ま、待ってください。あ、あたしはクリスの妻です! 昨日、結婚したばかりなんですけど」
「んんん? でももうクリスとは四十年近く会ってないんだろ? 遠い昔の思い出話なんじゃないのか? 昨日? 怪我で頭でも打ったか? 大丈夫か?」
「この人はあなたの知ってるクリスじゃないんです! それは前世の話なんです」
「え? いやそんなはずは……」
あうあうあうあう……。前世だなんて誤魔化したから早速矛盾が。
どうやら、小手先の誤魔化しは通用しないらしい。一から十まで、すべてを話す必要があるようだ。
「クリス、この子頭を怪我してるかもしれない。治療薬か何かを用意できるか?」
「あたしは何も勘違いなんかしてません! 記憶だってはっきりしてます! クリスはあたしの夫なんです! そうだよねクリス。この人は前世の恋人か何かで今は何も思ってないんだよね?」
「実はな……」
観念して、俺はこれまでの経歴をすべて話すことにした。
それはあまりにも荒唐無稽で、そして常人では思いつかないような内容だった。
異世界における一人の男の死。エルフ族への転生、二度目の死と異世界転移、そして三度目の死と過去への逆行。そのすべてを。
「本当なの? それ……」
「信じられないことかもしれないけど、すべて真実なんだ。アリスには嘘をついてすまなかった。俺が死んだことをさ……伝えにくくて」
「じゃあこの子はクリスの妻で間違いなかったのか?」
「ごめんなクリームヒルト。こんな話、急に信じてもらえるとは思ってなくて。お前もこの件を知ってたら、俺のことを好きだなんて言わなかったよな」
「大丈夫だっ! あたしは第二婦人でいいと言ったはずだ! クリスのそばにいさせてくれればそれでいい……」
「…………」
そういえば、昔そんな話をしてたな。
「ごめんねクリス。あたしのためにそんなに苦しい思いをさせてしまって。あたし、どうやって謝っていいか分からない」
「いいんだ、もう終わったことなんだから。それよりも……ずっと気になっていることがあるんだ」
俺は目を覚ました。
そしてアルフレッドに殺されかけた。
すべてが……信じられない出来事だった。
「一体……何がどうなってるんだ? なんで未来が変わらないんだ? アルフレッドは俺に会うためにエルガ村を作ったって言った。おかしいんだ。過去と未来がぐちゃぐちゃになってる……。これもすべて……〈災厄〉のせいなのか?」
アルフレッドの奇行の原因。それはすべて〈災厄〉の助言によるものだった。俺も、大河も瑠奈も奴によって苦しめられた。
俺は敵を知らなければならない。もはや目の前のアルフレッドを討つだけは……終わりそうにない話だった。
「〈災厄〉は何者なんだ? なあクリームヒルト。俺がずっと眠っていた間、〈災厄〉の噂か何かを聞いたことはなかったか?」
「あたしたちもその件については調べたんだ。でも……大した情報を得ることはできなかったな。みんな頑張ってくれてたのに……」
「亜人の仲間に調べてもらったのか?」
「ああ。ここから北東。あの龍人族の里があった近くだ。そこにあたしたちは、新たな拠点となる国を作った」
「国?」
クリームヒルトが遺跡の北東に旅立った、というのは目覚めた時に読んだ記録で知っていた。だけどそこは、どうやら俺が考えていたような小さな難民の村などではなく、しっかりとまとまった国として機能しているらしい。
「〈グランランド〉、とあたしたちは呼んでいる」
「国レベルで調べたのか? それでも情報は何もないと?」
「〈災厄〉についてはよく分からないことが多い。残念だけど、この遺跡以上の情報はないと思う……」
「…………」
国、か。
こことは違う、亜人の盟主を称える国。そこではきっと、クリームヒルトの力は絶大だ。かつて連合軍を率いたときもそうであったように、今もそれだけの権力と名声を有してることになる。
〈災厄〉を倒すことが第一目標となりそうだ。だが奴がどこにいるか分からない以上、まずは目の前の問題を片付ける必要がある。
そのためには……。
「クリームヒルト。目覚めたばかりの俺がこんなことを言うのは筋違いかもしれないが、国を動かすことはできないか?」
「え?」
「あいつ……アルフレッドが言ってんだ? 『お前はここで死に、この後世界を覆う未曽有の地獄をみなくてすむ』ってな。あいつは何かとんでもないことをするつもりだ。亜人が、いや、ひょっとしたら人間だって苦しむことになる恐ろしい事件が起こるかもしれない」
「……クリス。それは」
「あいつは魔王だ。倒さなきゃならない存在だ。昔みたいに、亜人の力を一つにしてあいつを倒さなきゃ大変なことになる。そうだろ?」
それに奴は〈災厄〉のことを知っている。現状、奴を問い詰めることこそ情報を得るための一番の近道のように感じた。
「…………」
「……どうした? 難しいのか?」
「難しいかもしれないな。昔と今では少し事情が違う。だけどクリスの頼みだ。あたしは全力で応援する」
「ありがとう。最悪、一人になっても俺は戦う。何か……とても恐ろしいことが起きる気がするからな」
そうなってくれないことを祈るばかりだが……。
「あたしはいったん国に戻るよ。この件について相談してみる。あと、新しく連れて帰ったエルフの女性たちの様子を見てくる」
「俺もそっちに行っていいか? 何か役に立てるかもしれない。俺も村のみんなの様子を見ておきたいからな」
「あっ、待って。クリスが行くなら、あたしも行く」
「アリス……」
確かに、アリス一人だけここに残しておくのは危険だな。こんな場所誰にも見つからないとは思うが、それでも万が一という可能性もある。
また何かの拍子に離れ離れになってしまうのは、嫌だった。
「あたしはどちらでも問題ないぞ。クリスが来てくれるなら大歓迎だ」
「なら三人で行こう」
かつて亜人の連合軍が魔王を倒したように、俺たちが力を合わせてアルフレッドを倒せれば、それがベストだと思うのだが……。
こうして、俺たち三人は〈グランランド〉へと向かうことになった。