魔王の撤退
龍人族クリームヒルト。
俺が〈災厄〉によって昏睡状態になる前、一緒に行動していた亜人の少女。生きているとは思ってたけど、まさかこのタイミングで助けに来てくれるなんてな。
クリームヒルトはブレスを放ち雑魚魔物を圧倒した。彼女はこういった広域殲滅に長けている。さすがにアルフレッドを倒すまでには至らないが、その配下の魔物たちを大きく削ることはできそうだ。
そして……。
「盟主様っ!」
「ご無事ですか?」
突然、背後から他の亜人たちが現れた。翼を持つハーピーやコウモリや昆虫に似た羽を持つ者まで。俺の知らない亜人種たちも含まれている。どうやらクリームヒルトの配下らしい。
足元にはオーク族やゴブリン族もいる。俺の直下からは少し離れているが、遠くで魔物を狩っているのが見えた。
亜人の仲間が増えた。
七十人、いやひょっとすると百人近くいるかもしれない。それでも過去のこいつとの対戦を思い出すと足りない気がするが、今はそれで十分。俺はアリスとクリームヒルトを連れてこのまま逃げればいいだけなのだから。まともに戦う必要はない。
「…………」
半笑いをしたアルフレッドが、背中に翼を生やし俺たちの近くまでやってきた。
奴は天使族以外のあらゆる亜人を取り込んだ最強の存在。翼で空を飛ぶことなど簡単にできるはずだ。
「くくくくくっ、とんだ邪魔が入っちまったな。まあ、ここで大暴れして四十年前の再現をしてもいいんだが……」
アルフレッドが手を振ると、こちらに詰め寄っていた魔物たちが離散し、森の奥へと消えておく。
どうしたんだ? 攻めて来ないのか?
「お前がそこまで抵抗するなら、まあ、今日は見逃してやるよ。愚かなクリフ。本当に愚かで憎らしい。お前はこれから世界とともに地獄を見る。今日、ここで死ねなかったことを後悔するがいい」
そう言って、アルフレッドは翼を仕舞い急降下した。そしてその下に群がっていた魔物たちと一体の黒い塊となり、西の方へと逃亡していった。
「逃げた……のか?」
どうやら、最大の危機は去ったようだ。
ひとまず、落ち着けそうだ。
俺たちはゆっくりと地面に降り立った。周囲を見渡してみるがやはり魔物の姿はない。
アルフレッド、完全に撤退したようだ。
「クリスっ! ああっクリスっ! 会いたかった。今日この日を何年夢見たことかっ! 本当にクリスなんだよな?」
俺の両手を握りしめ、クリームヒルトは涙目になっていた。
「ああ、本物の俺だよ。すまないな。本当なら真っ先にお前に会いに行くべきだったのに、自分の都合を優先させてしまって」
「いいん、いいんだ。あたしはクリスと話ができただけで……もう……」
感涙極まっているクリームヒルト。
俺にとっては昨日の出来事のようだが、彼女にとっては数十年を経ての出来事。その感動は計り知れないものだろう。
「俺もいろいろと話したいことがあるんだ。けど、今は急いでここを離れよう。ないとは思うがアルフレッドが戻ってきたら怖いからな。近くに俺の友人二人がいるんだ。〈災厄〉に精神汚染されてるから拾って帰りたい。頼めるか?」
「うん、任せてくれ。クリスの頼みならなんだってする」
「ありがとう。それと……」
そうだ。アリスや大河たちのことばっかり気にしていたいが、この件は少人数の問題じゃないんだ。もっと関係者がいる話だった。
「近くにエルガ村ってエルフの村があったんだ。そこに住んでいたエルフの女性が、〈災厄〉に操られた異世界人たちに連れされているはずだ。そのエルフの女性と、〈災厄〉に操られた異世界人たちを助けたい」
「あたしは亜人の盟主だからな。頼まれなくてもエルフを助ける。人間は……クリスの頼みだからついでに助けてやろうっ!」
「ありがとう」
「その子もクリスの知り合い?」
そう言って、クリームヒルトは俺の抱きかかえるアリスを指差した。
さて……何て説明しようか……。
「ああ、俺の知り合いなんだ。故郷にいた大切な……」
「ふーん、生き別れの妹さんか何か?」
「…………」
俺は四十年近い時を超えてここに到達した。それを知るクリームヒルトにとって、この村はクリスにとって遠い時代に過ごした過去という認識だろう。
それは正しくもあり間違いでもある。俺はこの時代、この場所で確かに故郷としてこの村で過ごしていたのだ。それは過去などではなく前世としての今。しかしそれを説明するには時間がいるだろう。
長寿種のエルフは見た目で年齢を判断しにくい。クリームヒルトは勘違いをしているわけだが、とりあえずそれでいい。あとで時間をとってじっくりと過去の話をするとしよう。
今は、とにかくクラスメイトやエルフの仲間たちのことだ。
「まっ、いいか! これからはいつでも話ができるんだからな。あとでいろいろ聞かせて欲しい」
「……少し気を付けて欲しい。俺の村を襲ったのは異世界人で、特殊なスキルを持っているんだ。ただの兵士たちとは違う。それに……おそらく全員が〈災厄〉に操られてる。元は亜人を虐げるような人間じゃないんだ。そこだけは、理解して欲しい」
「特殊なスキル? そいつらは強いのか?」
「強いけど、まあ、たぶんクリームヒルトなら倒せると思う。この数の亜人で相手をすれば後れを取らないはずだ」
あの集団の中でツートップは大河と瑠奈だった。その強力な力はこの世界においても異質であり、一目置かれるにふさわしいレベル。他のクラスメイトたちもかなり役立つ強いスキルを持っているが、亜人の集団で攻め掛かれば十分に対処できるレベルだろう。
反抗して大事にならないことを祈るしかない。
「とりあえず俺が索敵魔法を使って確認してみるよ。さっきも近くにいたから、上手くすれば足取りを追えるはず」
〈草々結界〉を起動し、周囲の状態を確認する。
いた。さすがに集団ということもあり速度が遅いようだ。アリスのもとへと向かう前に比べて大して進んでいない。
「案内する。こっちだ」
「うんっ! 任せろっ!」
こうして、俺と亜人たちはエルフやクラスメイトたちのもとへと向かったのだった。