魔王の継承者
アルフレッドが、この世界の魔王。
それが、奴の主張。
確かに、それなら辻褄があう。が……理解できないことも多い。
「くくく……」
アルフレッドの体から黒い霧が立ち込めた。すると、その中から突然毒々しい毛並みをした狼が現れる。
こいつは、魔物だ。魔王と同じだ。魔王もこうやって霧を出して足元から魔物を召喚していた。
「そうだクリフ。やっと理解したか? 俺こそが魔王。シュタロストの継承者」
これは……魔王の力。
こいつが魔物を生み出していたから、この世界の魔物が存在していたのか? こいつが魔王としてふるまっていたから、亜人たちは魔王の信奉者になったのか?
「お前が……魔王だったのか? 人間のくせに、人や亜人を苦しめて……何してんだよ」
「馬鹿な亜人ども。いい気味だ。俺の力がなければ女王に搾取される。俺が手を差し伸べれば女王が激怒する。亜人も、そして人間も俺には必要ない。俺は俺の手足となる最強の部下たちを手に入れた。人を超えた存在に人は必要ない。俺の両腕が抱くのは世界と、そして〈災厄〉だ」
こいつは……どうやら相当〈災厄〉に執着しているらしいな。俺や大河みたいに操られて暴れているのは違う。そして生来からの暴虐さ。まさしく……魔王にふさわしい行い。
いやかつてのシュタロストの方がましだ。あれは人類の危機だったけど、まだ亜人と人間に共存の余地があった。でもこいつのやり方は、狡猾に亜人に手を差し伸べて、人間との対立を煽って……どうしようもなく破滅的な未来へ導いている。
勇者……いや魔王アルフレッド。亜人の、そして世界すべての敵。
「さてクリフ、もう話は終わりだ。やっとだ。やっと俺の復讐記が終わりを迎える。だが喜べクリフ。お前はここで死に、この後世界を覆う未曽有の地獄を見なくて済むのだからな」
「地獄? 何をするつもりだ?」
「さあな。これから死ぬお前には関係ねーことだ。あとは俺と〈災厄〉にすべてを任せて、あの世で仲間の亜人がやってくるのを待ってろ」
相手はあのアルフレッド。おまけに無限に生み出される魔物付き。勝てるのか? 俺に?
いや、やらなければ死ぬ。死んでしまうんだ。
「お前ら、奴を八つ裂きにしろ。悲鳴が聞きたい。まずはゆっくりと手足から噛みちぎれ」
アルフレッドのその声に、狼型の魔物たちが一斉に飛び掛かってきた。
「くっ!」
〈枝剣〉で応戦する俺。だがいちいち剣で相手にしていてはきりがない。
「はっ!」
即座に植物の防壁を構築し、魔物の侵入を阻む。これで時間稼ぎができれば……。
次に俺はアリスを救出した。アルフレッドの魔物に驚いたのだろうか、彼女は木のそばで気絶していた。
「アリスっ!」
俺はアリスを抱きかかえた。
やっと、この手に取り戻すことができた。ここに来るまで……ずっと長かった。
あとはここから離脱するだけ。
「なにっ!」
アリスを手に入れ安心した俺は、すぐに状況の悪化に気が付いた。
魔物が、溢れていた。
大量に出現した魔物は俺の防壁を乗り越え、こちらに迫ってきたのだった。すでに百匹を超えているかもしれないその数に、俺は若干の恐怖を感じずにはいられない。
魔物は無限だ。
すでに防壁程度ではどうしようもないほどに増加した魔物たちが、血のように赤い瞳をこちらに向けている。
即座に防壁から遠ざかり、反対側へ逃亡しようとした。
しかし背後にも魔物。囲まれていた。
どうやら、壁の左右から背後に回り込まれてしまったらしい。俺が逃げることは予想済みだったということか?
「…………」
一人なら切り抜けらえるかもしれないが、アリスを抱えてここを突っ切るのは少々辛いかもしれない。なるべく、戦闘をせずここから離脱を考えたい。
ならば、結論は空。
俺の跳躍力で、こいつらを撒けるか?
「やるしか、ないっ!」
植物の翼を生成しながら、気合を入れジャンプ。ツタによって強化された脚力による飛翔は、地上20メートルを優に超えているだろう。
だが魔物たちもそれに負けていない。一体一体の跳躍は俺に及ばなかったものの、数が数だ。一体がもう一体を踏み場にし、その一体の上をもう一体がというように、数の暴力によって生み出された無限の足場を利用し、徐々にその距離を詰めてきた。
残り5メールト、4、3、2、1……。
もう少し時間があれば、翼によって飛距離を確保できただろう。しかしこのままの勢いでは今まさにジャンプをしている獣たちから逃れることはできない。
くそっ、俺はともかくアリスが……。せめてアルフレッドのクラーケンと戦った時みたいに、近くに〈古代樹〉か何かを呼んでおけば良かったんだ。何もない空中で敵を迎撃できないことは、あの時学んだはずなのに……。
苦肉の策ということで、俺は〈枝剣〉を構えて奴らを迎え撃つことにした。
せめて、アリスだけでもここから逃がさなければ……。
笑うアルフレッド。
迫りくる獣たち。
覚悟を決めた俺。
死すらも感じ始めた……その瞬間。
視界を、炎が覆った。
「え?」
本当に突然だった。
突如として現れた炎の塊が、俺の足元に群がっていた獣たちを一掃したのだった。
その炎は通常の魔法やスキルとは明らかに異なる、広範囲高出力の攻撃。俺はこの形態の力に見覚えがあった。そう、俺がこうして現代で目を覚ます前、かつて仲間として戦った少女のブレス。
「クリームヒルトっ!」
翼を広げ 俺の背後から加勢した彼女。緑色の髪をツインテールにした彼女の姿は、かつて俺とともに魔王やアルフレッドと戦ったときそのまま。亜人は人間とは寿命が違うからな。彼女もまたエルフと似たように長寿種だったのだろう。
「クリスうううううううううううっ!」
抱きついてきたクリームヒルト。俺にとってはつい先日のことであっても、彼女にとっては四十年近い歳月の果てなのだ。その感動は計り知れないだろう。
「会いたかったっ! やっと目を覚ましたんだなっ!」
「ああ、ありがとう。クリームヒルトが治療の手配をしてくれたんだよ」
「ああ、あの時は本当にもう……。いや、クリス。余計な昔話は止めよう。今は戦いの最中だ」
「そうだな……」
感動を抑え、気を引き締める俺たち。
未だアルフレッドの魔物たちは溢れるほどに生まれ続けている。
まだ、戦いは終わっていない。