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エルガ村の村長


 エルガ村、近くの森にて。

 俺とアルフレッドの会話が続く。


 アルフレッドは俺と話をしたいようで、すぐに襲い掛かってくる気配はない。自信家の奴だから増援を待っているなんてこともないだろう。やはり純粋に俺しか話す人間がいないのだ。四十年の歳月を考えれば当然か。

 そして、もはや俺とアルフレッドの会話はアリスにとって理解不能の領域。彼女は声を上げることもできず、ただ奴の腕に収まっているだけ。今すぐ救出したいが、もし……アルフレッドが変な気を起こしたら……。


 やはり、話を続けるしかないな。


「それで……続きは?」

「ああ、話が脱線したぜ。ともかく回復した俺は、すぐお前に復讐しようと思った。だがよぉ、お前はどこにもいなかった。俺はお前を探したぜ。魔王城の周囲を探して、生き残った亜人を尋問してぶっ殺した。お前が怪我をして運ばれたと聞いたから、近くの村を襲って居場所を吐かせようとした。だが誰一人として正確な場所を知らねぇ。俺は……お前を見失った」

 

 俺は、クリームヒルトに運ばれて例の遺跡にいた。

 かなり深い森の中にあるあの遺跡には、正規の方法でたどり着くことはできない。俺が最初にやってきたのも偶然だった。そしてあの遺跡の場所を知るのはごく少数のオーク族のみ。

 人間のアルフレッドが見つけるのは、ほぼ不可能だろうな。


「半年近く、お前を探し続けたぜ。だが一向に見つからねぇ。くくくっ、お前は本当に俺をイラつかせるぜ。おかげで復讐の炎がさらに燃え上がっちまったわけだ」

「王都には帰らなかったのか? お前、歴史では死んだ人扱いになってたんだぞ? お前が死んだと思ってたから、王女が亜人を迫害したんだぞ?」

「亜人のことなんか知らねぇよ。だがな、俺はあの王女のことを信用しちゃいなかったんだ」

「信用? あの人はお前のことを好きだったんだろ?」


 こいつは彼女の気持ちを知っていて、それを利用していたはずだ。あれだけ好意を見せられても、疑ってたのか?


「ああ、愛情の話じゃねぇよ。能力の話だ。まさかあいつが、亜人を悪者にして俺を英雄に祭り上げることに成功するなんて。あそこまで有能だとは思ってなかったぜ。生き残った亜人たちが国王に報告して、俺は亜人の虐殺者として追放されるんじゃねーかって思ってたぜ」

「追放? 亜人のせいで? 国王は亜人を蔑視してたんじゃないのか? なんで英雄のお前が追放されるんだ?」

「お前は知らねぇだろうがなクリフ。俺はあの国王からあまり好かれてなかったんだ。ま、無理もないぜ。どこの馬の骨とも知らない武人に、自分の可愛い一人娘が熱を上げてんだ。何か叩く材料ができたなら、即座に追放されてただろうぜ。お前は失敗したが良くやってたぜクリフ。もしお前の作戦が成功していれば、俺は失脚して亜人の生活は今よりもずっとましになってただろうな。下手すりゃ俺は、詐欺師扱いで追われたかもしれねぇな」

「…………」


 魔王を倒し、その首をもってアルフレッドを糾弾する。その作戦は、確かにこいつにとって脅威になり得るほどのものだったということか。

 もし、あの時作戦が成功していれば……俺たちは……。


「つーわけでヴィクトリアが上手くやったことも知らねぇ俺は、帰る場所をなくしたつもりになってこの辺をうろついてた。こんな何もない森の中で、一人の人間を探すことなんてできるわけもねーのにな」

「お前は俺を見つけられなかったんだよな? そのあと……どうなったんだ?」

「そう、ここだ。ちょうどこのあたりだ。俺はここで暴れた。お前を見つけられない苛立ちに、発狂しかけてたのかもしれねぇな。そんな時だ、また〈災厄〉が目の前に現れたのは」

「〈災厄〉が?」


 こいつは、そこまで〈災厄〉と縁が深かったのか? 俺が狙われたもの、こいつのせいなのか?


「そのとき我が女神――〈災厄〉は言ったっ! ここにエルフの村を作れとっ! そして数十年後にその村に現れるクリスという少年が十六歳で死ぬとき、クリフが蘇り俺の前に現れるとっ!」

「は?」


 こいつ……何言ってるんだ?

 

「まあ、意味の分からねぇ発言だろうな。普通だったら取り合わねぇぜ。だが俺は、その時点で半年以上お前を探しても見つけられなかった。そして〈災厄〉はかつて俺に亜人連合軍の存在を知らせ、魔王の首で俺の命を救った実績もある。何より他に当てもなかったからな。だから俺はこの地に村を構え、その時を待った。やがて予言の通りお前そっくりのクリスというガキが生まれ、育ち……気に入らないから八つ当たりもしたが……その時を待ち続けたっ!」

「そ……それは……」

「女神の予言は真実だったっ! お前は俺の目の前に現れた。それが今、この時だっ!」


 理解が、及ばない。

 目の前のアリスと同じ顔をしていた。こいつが、何を言っているのか理解できなかったのだ。あまりにも荒唐無稽で、全く予想できなかった展開。こいつの言葉が真実だとするなら……。


「じ……じゃあ、本物の村長は?」

「そんなものはいねぇんだよクリフ。俺は初めから俺だった。お前の会っていた俺、お前が生まれる前の俺、そしてこの村を設立した老齢のエルフ。すべて俺だっ! 俺は〈災厄〉の助言に従い、今日この時まであの村の村長をしていただけだっ!」


 村長はアルフレッドだったのか?

 俺が転生する前から、ずっと……ずっとこいつ自身だったのか? いやおかしい。未来が違う。俺が過去に戻ってクリフとならなければ、クリフは死んで亜人連合が魔王を攻めることもなかったはずだ。そうなれば史実通りこいつは魔王と相打ちして……。

 いや、待て。違うだろ。俺は亜人連合軍を率いて魔王を倒した。でも結局女王の策略のせいで亜人が悪者になってアルフレッドが英雄となった。それは俺がエルフだった頃に聞かされていた勇者アルフレッドの物語そのものだ。俺は何も未来を変えられていなかった。すべては予定通りに話が進んでいた。


 むしろ、俺の死すら正しい未来に組み込まれていたような気すらしてきた。俺のやってきたのことは……すべて無駄だったのか?

 俺は……今まで一体何をやってたんだ? あんなに苦しんで、未来や大切な人を救う気になっていた……俺の人生は……。


「くくくっ、絶望したか。いい顔だぜ。じゃあ、その顔のまま殺してやるよ。後悔に苛まれながら、死ねっ」


 アルフレッドはアリスを突飛ばした。


「アリス、お前にもう用はないっ! さっさと失せろっ! 俺とクリフの邪魔をするんじゃねぇっ!」


 落ち着け。

 落ち着け。

 落ち着け。

 まだだ、まだ終わっていない。やることはあるだろ? 大河だって瑠奈だってアリスだってまだ生きてるんだ。希望はあるんだ。ここさえしのげれば……。


「アリス、逃げててくれっ! こいつは俺が倒すっ!」

「クリス、でも……」

「くくく……威勢がいいなおい。お前が俺を倒すだと?」

「確かに絶望した。苦しみもしたっ! だけどそれがどうしたっ! ここでお前を倒せばすべてが終わりだっ!」

 

 あるいは、適当に戦って逃げ出すという手も……。


「逃がさねぇよクリフ。ここは俺の領地だ。お前はもう逃げられねぇんだよ」

「領地? 妙な言い方するな。確かにここはエルガ村の領域だけど」

「疑問に思わなかったのかクリフよぉ。あの時代、あちこちに溢れていた魔物が、どうしてこんなにも数を減らしたのか」

「そ……それは、お前が魔王を消したからだろ? 平和になったから魔物の数が減って……」


 いや、待てよ。

 俺たちは魔王を倒した。そして倒しきれなかった魔王はアルフレッドが取り込んだ。

 つまり魔王などという敵は存在しないのだ。けれどアルフレッドと相打ちで封印された、というのがこの世界における正当な歴史として語り継がれる事実。

 でもこれは、女王が適当にでっち上げた創作だろう。あの人にとって亜人が魔王を倒したという話は都合が悪い。だからアルフレッドが倒したことにした。


 そこまでは理解できる。けど封印ってなんだ? なんで封印なんて言葉を使ったんだ? 別にアルフレッドが魔王を殺して平和になりました、という話でもいいだろ? なぜ倒したことにしなかったんだ? いやできなかったんだ?


 答えは簡単だった。俺の記憶を探ればすぐにわかった。

 魔物がいたからだ。 

 亜人も、そして人間も魔物の被害に苦しんでいた。それは魔王が生き残っている何よりの証拠に思えた。だから魔王が倒されなかったんだと、封印されているんだという話になったのだろう。魔王は三十年以上前に倒された。奴の生み出した魔物が今も生きているというのは、たとえ少数だとしても少しおかしな話だ。


 そういえば、と俺はさらに思い出した。たしか大河とともに訪れたドワーフの村には魔王の信奉者たちがいた。彼らは人間の搾取に苦しみ、魔族と協力しようとしていた。

 おかしな話だ。魔王は死に、そして魔族は全員俺たち亜人が打ち取った。もう魔王勢力なんてものは存在しないはずなんだ。それなのに亜人は魔族の協力者となっている。これは女王の完全なでまかせじゃない。俺や大河が亜人から直接聞いた話だ。


 存在しないはずの魔王の信奉者。

 生き残っている魔物たち。

 それは、俺の経験してきた過去の歴史と矛盾している。


 魔王が生きていた、というのが最も簡単な理解だ。だがそれはアルフレッドの生存と矛盾する。

 一体……何なんだこの状況は? やはり俺がいたせいで過去と未来がねじ曲がってしまったのか?


 俺の悩みを理解しているのだろうか、薄ら笑いを浮かべたアルフレッドが口を開いた。


「――俺が魔王となり、魔物を操っていたからだ」


 そう、アルフレッドが言った。


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