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村の裏切り者


 再び駆けだした俺は、アリスのもとへと向かった。

 〈森羅操々〉によって強化された俺の脚だ。常人よりも遥かに速く、アリスのもとへとすぐ到達できた。


 そこは、森を切り開いた小さな道。

 俺も良く知っている、エルガ村の近くにある道だ。ここを通って木の実や魚をよく運んだものだ。

 踏み固められた土の道の上に立つ俺。アリスたちの行く手を阻むように、進行方向へと立ちふさがった。

 そして、俺は真の敵と対面する。アリスを連れていた男。白髪で耳の長いそいつの名前は……そう……。


「そ……村長」


 アリスは……兵士に連れていかれてはいなかった。

 確かに、兵士らしき人間に連れていかれている別集団がいた。アリスとは別のそいつらは、おそらく他のエルフたちだろう。女子供は奴隷として売りさばくって話だったからな。

 それは女王と駆の密談通り。しかし実行者は駆ではなく大河か〈災厄〉か? 何のつもりなのかは分からないが、今は目の前の敵に集中しよう。

 

 そう、村長だ。

 俺たちエルガ村の村長。村のトップで、俺とアリスの結婚に反対し、そして結婚式に姿を現さなかった……あの村長だ。

 こうして対面していると嫌な思い出が蘇る。こいつにはいろいろと嫌な仕事を押し付けられてうんざりだった。でも……それでも村の長として、仲間のエルフの害になるようなことはしないだろうって……思ってたんだけどな。


「村長、あんた……俺たちを裏切ったのか? 嫌な奴だとは思ってたけど、まさか……ここまでなんて」

「クリスっ! 助けてっ!」

「く……くくくくくっ、くはははっはははははははっはははははっ!」


 助けを求めるアリスと、笑う村長。未だ奴の手の中にあるアリスを奪い去ることは……可能かもしれない。

 でも、なんだ? なんでこいつは笑ってるんだ? 

 その不気味な行動に不吉さを感じて、俺は……強硬策に出ることを躊躇っていた。


「ああ、女神よっ! 愛しき〈災厄〉よ。この日をずっと……ずっと待ちわびていた。この日だけを夢見て、わしは……何十年もの日々を過ごし、今、この時のため……」

「あんたも……〈災厄〉に精神汚染されてんのか? 哀れだな……村長」


 と言い終えたあと、俺はすぐにその違和感に気が付いた。

 おかしい。

 大河や俺は〈災厄〉の精神汚染にあい、我を失っていたはずだ。しかしこいつは少々不気味だがまともに言葉を話している。あの特徴的な悪意や殺意も全く見られない。

 こいつは……本当に〈災厄〉の被害者なのか?


「クリスよ、確かにわしは異常じゃ。しかしそれは心の問題か? 否、否否否否否っ! 今までお前に見せてきたこの村長という姿そのものが、異常だったのじゃよ。思い出してみるが良い、今までの出会いと経験を。お前はすでにヒントを得ているはずじゃ」

「変な言葉で誤魔化そうとしても無駄だ村長。お前は〈災厄〉に操られてるんじゃなくて、〈災厄〉の協力者か何かなんだな。どういうつもりかは知らないが、あんたは村長なんだっ! 村の男はみんな死んだんだぞっ! どう責任取るつもりなんだっ!」

「愚かなクリス。本当に愚かじゃよ。おまえはまた間違えるのか?」

「…………?」


 間違え? 何の話だ?

 なんだこいつ? 話がかみ合っていないような。やっぱり〈災厄〉に心を侵されているのか?


「村長、もう変な会話は十分だ。アリスをこっちに渡せ。そして〈災厄〉のことを喋ってもらう。正気なら……の話だけどな」

「あの時もそうじゃったのう。わしの正体を見抜けなかった。お前は騙され、そばにいた亜人がわしの正体を見破った。本当に愚かで……憎らしい男じゃよお前は」

「騙された? 亜人?」

「……思い出せクリスよ。お前に勇者の物語を教えたのは、誰であったかな?」


 勇者の物語?

 って、俺が幼いころ聞かされていた、勇者アルフレッドの物語?

 ……? なんだ、何かがおかしい。

 何かが……違和感が……。


「くくくくくくくっ!」

 

 再び、村長が笑い始める。そして――


「まだ分からねぇのかよ」


 そう言っていた村長の周囲に、黒い霧のような物質が放出された。それは奴の体全体を覆い、一時的にではあるが全身を覆い隠してしまう。


「アリスっ!」


 俺は即座に飛び掛かろうとした。しかし霧の勢いに押され、少しだけ体勢を崩してしまった。 

 その一瞬で、霧が晴れた。


 村長の髪が――白から赤へ。細身の老人の体格が、武人の大男に。

 そしてその邪悪な表情は……まさしく……。


「お前……まさか――」


 こいつは……。


「アルフレッドっ!」


 勇者アルフレッド。

 かつて俺と激戦を繰り広げた勇者。多くの亜人を殺し、その力を我が物とした欲深い男。

 なんでこいつがここに? あれは過去の……四十年近く前の話だぞ。なのに……、こいつはあの時の若さのまま、しかも生きていたのか?

 そ、そうか。


「亜人の力で長寿を保ったのか?」

「くくくっ、まあ、そういうことだぜ」


 そう……か。

 フランツさんの時と同じように、またしても俺は騙されてしまったということか。


「え? ええ? 誰……この人? 村長は?」

 

 アリスがパニックになりそうになっている。でも彼女の筋力でアルフレッドの力を押しのけることができるはずもなく、逃げ出すことはできない。


「……いつ村長を食ったんだ? 結婚式の前か? いや、俺とアレンに戦いを唆した時か? いつから……お前だったんだ?」

「ま、お前の視点じゃそういう疑問になるだろうな。いいぜ、冥土の土産に昔話をしてやろう。こんな話をできるのは、お前しかいねぇだろうからな」 

「昔話? そんなことはいい。俺は村長の話を」

「物事には順序ってもんがあんだよクリフ。賢くなれよ。俺が話をする間だけ、お前の死が先延ばしされ寿命が延びる。黙って話を聞いて俺に殺されろ」

「…………」

 

 どうやら、アルフレッドは俺を殺すつもりらしい。まあ、こいつの性格を考えれば当然か。せめて隙を見てアリスだけでも……逃がしたいんだけどな。


「あの日、俺はお前に魔素を注入され、死の淵に瀕していた。ああ、そうだ。負けたぜ。認めるさ。俺はお前ら亜人に負けたんだ。だが俺はあの後、〈暴食〉のスキルで魔王を食らい……生き延びることができた」

「魔王だとっ! じゃあ魔王の首は……」

「〈災厄〉だ。あいつが俺のために首を用意してくれた。あれはいい女だ。どこかの王族とは違う、神に至る俺にふさわしい女神。あいつこそ俺の伴侶にふさわしい。俺に幸福と勝利をもたらしてくれる……」

「…………続きは?」


 どうやらこいつは〈災厄〉に気があるようだが、そんなことはどうでもいい。俺が気になるのはその先だ。

 アルフレッドが生きていた。それ自体は可能性として十分考えられることだ。問題なのは、こいつが村長の姿をしてここに立っているという、このおかしな展開だけ。


 一体、何が起こっているんだ? 俺が仮死状態だった約四十年の間に、何が……。


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