時を超えた帰還
俺は故郷のエルガ村へと向かうことにした。
かつて俺自身が二回死に、不幸な結末を迎えてしまった因縁の土地。今度こそ……希望を掴むことができるなら、俺は……。
道中、特に大きな問題が起きることはなかった。遺跡とエルガ村の位置関係は、すでにこれまでの旅である程度マッピングされていた。変な地殻変動が起きていなければ、十分目的地にたどり着くことができる。
そしてこの時代は比較的平和だ。点在する魔物や獣が多少厄介ではあるが、かつて魔の森を支配していた毒々しい植物たちも消失している。魔王が倒されたことによって、この地から魔素が消失した影響だろう。突然襲ってくる魔物なんて、ほとんど存在しない。
こうして、俺は当日の内に目的地へと到達した。
たどり着くと、すぐに状況を察した。
「こ……これは……」
焼け焦げた村の建物は、大河たちが襲ったあとの惨状。
俺は間に合わなかったのか?
と、一瞬思ったがどうも様子がおかしい。焼け焦げた建物は未だ煙を発しており、小さいが炎も未だ燻っているようだ。この場に立っているだけで、熱気が肌を刺激する。
これは……もしかして。
まだ、襲われてからそれほど時間がたっていないんじゃないのか? だとすると俺は……? 俺自身は。
次に建物の奥に目をやると、かつての村の仲間であったアレンの死体があった。そして……その反対側の建物には。
俺自身の、死体があった。
「クリス……」
体は焼け、剣で傷つけられ出血死。エルガ村で暮らしていたエルフとしての俺、その末路。
こうして、まざまざと現実を見せつけられると……な。やっぱり俺は、あの時死んでいたんだな。
こうして転生して魂が残っているといっても、自分の死体というのは痛々しいものだ。もう一度死んでしまったようなその感覚に、俺は目を背けたくなってきた。
「――〈森羅操々〉」
魔法を使い、一本の大木を出現させる。熱にも強く、そして太いその大木は俺自身の墓標となり死体を覆い隠してくれる。
安らかに眠れクリス。お前の遺志は……俺の中で燃え続けている。
次に俺は近くの森へと入った。
そう、三度目の人生で俺は村の惨状を見て、そこであいつと……死闘を繰り広げたんだ。激戦の中、俺たちは森の中へ入りそして……。
戦闘の跡を頼りに森の中に入ると、すぐにあいつらは見つかった。
「大河っ! 瑠奈っ!」
血まみれのクラスメイト。俺が倒した大河と、自殺した瑠奈。
二人とも瀕死だが、まだ息がある。
大河は前世の俺が倒したんだが、止めまでは刺していなかった。だから生きていた当然だ。
瑠奈は俺が死んだあと自殺していた。死ぬ間際に見た光景では、腹部をナイフで突き刺していた。だが慣れないことに手元が狂った様子で、死に至るほどではなかったようだ。出血多量で意識を失っている。どうやらこの〈災厄〉の精神汚染は、自殺に不向きらしい。
そして――
その近くに倒れるエルフ姿のクラスメイト――俺、来栖は死んでる。大河の最高技――〈雷光神〉と戦い、そして瑠奈にナイフで刺されてボロボロの体。生きているはずがない。誰がどう見ても……死体だった。
当然だ。ここで俺が死んだから今の俺がここにいる。あの日の無念は、今も俺の中で生き続けているのだから。
もう休め……来栖。
「――〈森羅操々〉」
再び大木を墓標にして死体を埋葬する。それとともに治療用の〈寄生樹〉を生み出し、大河と瑠奈に植え付けた。
これで、死んでしまうことはないだろう。しばらくは大丈夫だ。あとでどこかの亜人の村に届けてやろう。
そして、一番の問題と対決することにしよう。俺が、そしてこの世界にいたエルフのクリスと人間の来栖が、最も望み……そして果たせなかった夢。
「アリスは……どこにいるんだ?」
あの日、エルフの俺は殺された。
俺を殺したのは大河の仲間だった。女は奴隷にすると言ってたから、もし、アリスが生きているならどこかに連れ去られているはずなんだ。
ひどい目になってるかもしれない。亜人の奴隷というのはとても恐ろしい扱いを受けている。女性であるならなおさらだ。
古代樹の種によって強化された俺の〈森羅操々〉なら、簡単に見つけることができるはず。
あの日、大河と戦わなければすぐにでもアリスのもとに駆け付けることができたのに……俺は……。
いや、後悔はいい。戦いは避けられなかったんだから仕方ない。
今はやるべきことをやるだけだ。
〈草々結界〉。
これは周囲の植物を利用して、範囲内で動く者を把握するための魔法だ。あの日、瑠奈に刺されて不発に終わった索敵魔法。効果範囲を考えれば、今、どこかに連れ去られたアリスの消息を掴めるかもしれない。
邪魔が入った前回とは違い、今回俺の周りに敵はいない。魔法は何の問題もなく起動し、エルガ村周辺の広大なマップが索敵可能となった。この魔法に視覚的要素はない。だが走るものの音や息づかいは正確に伝えてくれる。アリスの物音であれば……判別できる自信があった。
そうして、俺は。
アリスを見つけた。そして、彼女の手を引いている人物は……おそらく……。
「…………」
信じたくはなかった。
俺たちはそれほど良い仲じゃなかった。衝突することもあったし、正直言ってあいつのことは嫌いだった。けど、それでも俺は信じていた。同じ村の仲間として、少なくともこの村を危険に陥れるような真似はしないと、そこまで落ちぶれたクズではないと……信じていたかった。
あるいは、これも〈災厄〉の影響なのか?
分からない。
分かるはずがない。
そもそも俺はその光景を目視したわけではなく、音から推察しているだけ。もしかすると、何かの勘違いという可能性もある。
とにかく今の俺にできるのは、前に進むことだけだ。
そして俺は、目的の場所へと駆けだしたのだった。