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負の殺意

 

 体を崩壊させつつあるアルフレッド。このまま放っておいても、毒によって自壊する未来しかないように見える。

 だがぼんやりと見ているつもりはない。ここでもし奴を取り逃がしてしまったら、魔王の時と同じだ。生きてるか死んでるか分からない状態なんて認めない。奴は確実にこの手で討つ。


  

「アルフレッドおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! 死ねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」


 俺は崩壊するアルフレッドの体に飛び乗り、今、目の前にある奴の本体へと飛びついた。


「く、くそがよっ! クリフてめええええええっ!」

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺コロスコロスコロスコロスコロスコロコロコロスススス」


 何度も何度も〈枝剣〉を突き刺し、奴に止めを刺す。

 もともと崩壊中の奴だ。こうして攻撃を加えれば逃れる術はない。奴はその本体を傷だらけにして、確かにここで……致命傷を。


「はぁはぁはぁ、畜生っ!」


 突然、少し離れた脚から奴の声が聞こえた。

 

 しまった。

 ここにあるアルフレッドの体は……抜け殻だ。俺が剣で突き刺している間に、クラーケンの巨体を介して別の脚から本体を切り離し……逃亡を始めたらしい。

 だが疲弊したアルフレッドはかなり弱体化している様子だ。奴の姿は完全に人間のそれであり、ごく普通に走っているだけ。

 それでも、戦いに疲弊した俺たちとやっと五分五分といったところか。戦いはまだ続いているのだ。

 すでに他の亜人たちが奴を追いかけている。弱ったとはいえ〈暴食〉の力を持つ奴に、普通の亜人が勝利できるとは思えない。やはり俺も向かわなければ……。


「殺す……あいつを……殺すコロス」

「クリス……お前、大丈夫か?」


 隣に来たクリームヒルトが、俺の手を掴んでそう言った。


「何の……話だ?」

「戦いのときからずっと思ってたんだ。殺すとか死ねとかって……。そんな……強い言葉、これまであまり使ってなかっただろ? 大丈夫なのか不安になって」

「俺が間違ってるのか? あいつを殺しちゃ駄目なのか?」

「ああ、そういう意味じゃなくて。もう……ここまでくればたぶんあたしでも倒せる。疲れてるなら、向こうで休んでてもいい。たぶん、そうした方がいい。仲間の救出だってあるんだ。そちらの方に力を貸してくれ。あいつは必ずあたしが仕留める」


 俺がおかしい?

 疲れてる?

 

 確かにそうかもしれない。こんなに何時間もぶっ続けで戦ってたら、誰だって心も体も疲弊してしまうさ。

 だけど……。


「駄目だ。俺があいつを殺すんだ。殺す殺すコロスコロスコロス」

「クリス……」


 何をそんなに不安がってるんだクリームヒルト?

 俺は必ず……あいつを殺すんだ。

 必ず殺す。殺す殺す殺す。


「クリス殿っ!」


 不意に割り込んできた、第三者。

 血まみれのゴブリンだった。

 

「仲間が、クラーケンの脚に埋もれて……。我々の力だけでは動かすことができません。力を貸していただけないでしょうか?」

「クリス、早速だ。お前の植物の力ならできるだろ? みんなのために、行ってやってくれ。頼む」

「ありがとうございます、盟主殿。こちらです」


 腕を掴み、強引に仲間の元へと俺を引き寄せようとする亜人。

 なんで……俺が?

 アルフレッドを殺さなきゃいけないのに。あいつを殺せばすべてが終わる。亜人を救うための最終目標。

 なんで、それを……邪魔するんだ?

 こいつは。

 

「邪魔……」

「え……?」

「邪魔をするなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 俺は邪魔者を剣で切り伏せた。

 所詮は弱小亜人。俺の剣に耐えきれるはずもなく真っ二つになって絶命した。

 弱い、弱い弱い弱い雑魚雑魚雑魚雑魚っ! 役に立たないクズ。やはり俺がアルフレッドを殺すしかない。


「俺があいつを殺すっ! 殺すコロス殺すっ! 邪魔する奴は全員敵だっ! 俺はやるっ!」

「クリスっ!」


 青い顔のクリームヒルトが、俺の頬を叩きた。

 痛くて、冷たいその感触に、俺の思考か中断される。


「一体どうしたんだクリス! やっとあいつを倒して、戦いが終わったのに。この人はお前を止めようとしてくれてたんだぞ! 仲間なんだぞ! なんてことをしたんだ! 頼むから正気に戻ってくれ」

「えっ……」

「クリスっ!」

「あ……」

 

 あ……れ……?

 俺は……何を……。

 仲間を……殺して……。


「俺が……殺し……」

 

 血まみれの手。 

 二つに裂かれた亜人の体。

 恐怖に震えるクリームヒルト。

 

 その光景を見て、俺は……。


「う……あ……ぁ……あ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 ……なんだ、これは?

 一体、何が起こっていたんだ?

 戦いの熱にうなされ、興奮と疲労で全く気が付くことができなかった、おのれ自身の内なる変化。

 殺す?

 死ね?

 俺はアルフレッドをそこまで恨んでいたか? 我を失うほど殺したかったのか? 奴を倒すのは戦略上の正義だったはずだ。ナターシャやフランツさんは殺されけど、激しい憎悪を抱くほど親しかったわけじゃない。むしろクリームヒルトの方がこうなるべきだ。

 それなのに、俺は……一体……何を?


「ぐ……ううう……うううう……」


 止まらない。

 まるで噴火するマグマのように心から溢れ出る負の感情は、俺の全身を……脳に至るまで完全に支配しようとしていた。

 奴が憎い。殺してしまいたい。邪魔する者がいるなら、そいつもこの手で……。

 そんなおぞましくも異常な感情に、今……俺は気が付いてしまった。


 そうか……これが……。

 大河と瑠奈を侵した……。あの時、狂ったように亜人を虐殺した……。


 〈災厄〉の力、なのか。


 殺す殺す殺すと、喚き散らしていた大河のことを思い出す。今になってあいつのことが良く分かった。これはそういうものなのだ。溢れ出る感情を抑えることは……不可能だった。

 

「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 殺す、殺す殺す殺す。

 あらゆる悪意の波動が、俺の心を満たし破滅へと誘おうとしている。


 俺は自らの右手を、左手で掴み押さえつけた。そうしなければこの剣を振り回し、周りの亜人たちを虐殺してしまいそうだった。

 すべてが、敵に見えてきた。

 俺に声をかけてくる、クリームヒルトを含めたすべての亜人たち。悪気はない。悪意もない。そんな彼らが……まるでアルフレッドを倒す障害のように見えて、煩わしくて、憎らしくて、徹底的に惨殺してしまいたい衝動に駆られてしまう。

 しかも、徐々にその感情は強く……破滅的になっていっている。このままでは……俺は、かつて大河たちがそうであったように、虐殺者へと……落ちてしまう。

 

 それ……なら……。

 

「クリームヒルトおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! 今すぐ俺を殺せええええええええええええええええええええっ!」


 時間がない……。

 頼む。


「クリス?」

「お……俺は、〈災厄〉に……操られている。詳しく……話してる時間はない。もうすぐ……俺は俺を……抑えられなくなる」

「でもクリス……あたしは、お前を……」

「頼む、俺の心にまだ理性が残っているうちに……」


 押さえつけていた右手が、力に競り勝ち解き放たれる。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 俺は獣のような咆哮を上げてクリームヒルトに突進した。

 差し向けた俺の剣は、彼女の爪によって防がれる。だがこれはまだ理性の残っている俺が力を押さえつけているからだ。 


 もし、彼女を本気で殺すなら剣である必要はない。この場で植物の力を使えばいろいろな殺害方法があるだろう。

 俺はそれを考え始めていた。やりたくない、絶対にやってはならないことを……頭の中で考え始めている。

 もし、この理性という名の感情が負の感情に敗北してしまえば……。今度こそ本当に……クリームヒルトは死んでしまうだろう。


「駄目、止められない。クリスぅ……」

「クリームヒルト、お前じゃ無理だっ! 頼む、今すぐ殺してくれっ!」

「そんなこと……あたしに……できる、訳が」

「このままじゃあもっと多くの犠牲が出る。今が、今だけがチャンスなんだ! お前しかいないっ! 伴侶だと、家族だと言うのなら……俺の最後の願いを聞いてくれっ! 頼むっ! 俺は亜人のみんなに、恨まれたくないんだっ!」

「あたし……は……」

「…………」

「クリス……あたしは……」


 悩むクリームヒルトは、涙を浮かべながら……その手を前に突き出した。


「ぐ……が……」

 

 鋭い爪を前面に出した手刀が、俺の腹部に突き刺さる。


「あり……がとう……」


 致命傷だ。

 俺は剣を持つこともできず、地面に倒れこんでしまった。体から力が抜け、熱い感情も負の想念も憎悪の心も……すべてその出血とともに薄れていった。


「クリスぅ……。こんなことになるなんて。あたしが、亜人の盟主じゃなかったら。龍人族としてこんな戦いに来なければ、クリスは……無事だったのに」

「お前は……悪く、ないよ。全部、〈災厄〉が……」

「愛してる。愛してるんだクリス。この戦いが終わったら……二人でずっと幸せに暮らせるはずだったのに……」

「ごめん、俺……帰る故郷が……あって。良い返事、できなくて。でも……もし、生まれ変わったら、きっと……お前と……一緒に……」


 ああ……意識が、消える。

 俺は……死ぬ。 

 もう四度目だから、分かる……。


「あたしは、お前のことが好きだっ! 絶対に死なせたくないっ! どれだけ時間がかかっても、必ずお前を救ってみせるっ! だから今は……安らかに眠ってくれクリス。次に目が覚めた時に、あたしを……抱きしめて欲しい」

「う……ん……」


 そんな時は、来ない。

 仮に来たとしても、もう、目覚めた俺は俺じゃない。〈災厄〉に狂わされた化け物だ。

 でもそれを……彼女に伝える力も、ない……

 

 そうして、俺は力尽きた。

 


 これが……四度目の人生。

 次はどうなるんだ? もっと過去に戻るのか? アリスも大河も瑠奈もクリームヒルトもいない、何があるかも分からない未開の過去? あるいは本当の死?

 もう、別れた人たちに……俺は、会えないのか?

 死んだ後の世界なんて、誰も分からない。

 

 だけどせめて、この世界のクリームヒルトが幸せに暮らせますように……。

 


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