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魔素


 〈古代樹〉を駆け上る俺。


「――〈緑神〉」


 足場が生まれたことにより、〈緑神〉の有効活用ができる。完全な状態で、アルフレッドへと挑むことにした。


「また来たか馬鹿め。地べたでアリみてぇに這ってれば良かったのによぉ。哀れだぜクリフ。自分から死ぬために来るお前の愚かさがな」

「殺すっ!」


 そして、再びアルフレッドと言葉を交わす。

 アルフレッドは体の一部を触手化し、こちらに向けて放ってきた。見るからに毒々しい表面をしたそれは、おそらく何か毒のような効果があるのだろう。

 だが〈古代樹〉という足場を得た俺にとって、回避行動は容易いものとなった。足場となる木を〈緑神〉が大きく蹴り、隣の〈古代樹〉へと移動する。

 もちろん、ただ素早く回避するだけが能ではない。

 

「切り刻めっ!」


 強化した頑丈なツタの糸。これを周囲に張り巡らせ、まるで金属糸で皮膚か何かを切り裂くように攻撃する。

 指に絡まったツタを動かすと、それに呼応して糸全体がアルフレッドへと収束していく。逃れる術などない。


「舐めるなよ雑魚がっ!」


 アルフレッドは体を硬質化させて、強化糸を防いだ。だが極めて広範囲の攻撃で全身をカバーすることができず、本体から大きく離れた部位で触手が切れ、出血しているのが見える。

 だが……それだけだ。

 傷はすぐに塞がった。


「くくくくっ! やるじゃねえかクリフ。だがいい気になるなよ。お前が切ったのはただの触手。〈暴食〉の力が生み出した……俺の身体の一部ですらないただの武器だ。お前はこのまま俺の〈暴食〉の力とだけ戦い、翻弄され、そして力尽きて死に至る。お前たちの力は永遠に俺に届かねぇよ」

「くそっ!」


 やはり、アルフレッドは強力だ。

 力もさることながら、その再生力はまさに化け物レベル。今まで取り込んでいた多くの亜人、魔物たちが、奴の再生力向上に大きく貢献しているのだろう。

 やはり物理的な傷で追い詰めるのはあまりにも無謀だ。せめて〈寄生樹〉のように全身に回り攻撃するタイプの力が奴に通用すれば……。魔王はそれで倒せたのに……なんでこいつには……。

 でも、もし奴が魔王のように魔物を生み出し率いていたら、俺たちは早々に壊滅していただろうな。周りに配下や召喚獣がいないだけ、ましと考えるべきか……。


「…………」


 そういえば……と俺は思う。

 奴はどうして、魔物を操ってこないのだろうか?


 これまで戦った魔族たちは、皆魔物を操ってこちらに攻めてきた。一体一体が弱かったとしても、魔王から無限に生み出される魔物の数はかなりの脅威。事実俺たちは魔物のせいで魔王に至ることを阻まれ、多くの仲間たちが城の途中で足止めされることとなった。


 アルフレッドはすでに魔族を倒している。つまり亜人や魔物と同じように、〈暴食〉で力を取り込んでいるはずだ。身体的特徴や亜人語を操る力だって得られるんだから、魔族の魔物を操る力を引き継いでいてもおかしくないはずなんだか。このあたりには溢れるほどに魔物がうようよしてるんだから、こいつらを一斉に俺たちへ差し向ければそれで終わりだ。俺たちはそれこそ大苦戦するだろう。


 いや、考え過ぎか? 魔物なんて俺にとって大して強くない。だから無駄だと判断した? でも、脚で戦うよりはよっぽど広範囲で有効打だと思うんだけどな。


「…………」

 

 待てよ。

 もし……俺の考えた前提が間違っているとしたら?

 アルフレッドが……魔族を食っていなかったとしたら?


 それは、何の根拠もないひらめきだった。あまりにも穴が多すぎる理論。俺自身も、何か確信があったわけではない。

 だが打つ手なしのこの状況に、少しでも好材料が生まれれば……。


「――〈枝針〉」


 〈古代樹〉を介し即座に無数の枝の針を生成。これをこのまま攻撃に使っても、広範囲なだけでこれまでの攻撃と何も変わらない。

 束ねた針を、一旦手に抱える。


「…………」


 続いて俺は降下し、地面に降り立った。そしてそのまま森の奥へと駆けていく。


「逃がすかよっ!」


 どうやら奴は俺を逃がすつもりはないらしい。その本体をクラーケンの脚の一部へと移動させ、俺を視認しながら迫ってきた。森は障害物の多い場所だがクラーケンの巨体にそんなことは関係ない。すさまじい音とともに木々が吹き飛び、奴の体が迫ってくる。


「…………」


 ここ、だな。

 何一つない、木々に囲まれた魔界の森。俺はそこで立ち止まった。


「来いっ!」


 〈森羅操々〉によって操られた、周囲の植物。毒々しい色をした、魔王城周囲のそれが一斉に俺の近くへと集まった。

 木やツタは俺の周囲へと集まり、その先端から紫色の液体を搾り取り……俺の前に献上した。これこそ俺の欲していたもの。

 俺は〈枝針〉にその液体を塗りたくり、アルフレッドに向けて投げつけた。


 〈森羅操々〉の加護を得て飛んでいった針は、俺の力や空気の抵抗を全く無視した軌道を示し、遠く、そして広範囲に拡散した。一部の硬化した脚を除き、多くの針が体に突き刺さる。

 そして――


「ぐ……」


 アルフレッドの体に、変化が生じた。


「グううううううううううううあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああうううううううううううううううううううういおいいいいいいいいいいいいいいいいいいおおおおおおおおおおおおっ!」


 突然、アルフレッドが苦しみだした。

 奴を構成していたクラーケンの脚が赤くはれ、激しく血管を膨張させ始めた。そしていくつものコブのような塊が生まれ、そこから激しく出血し始めている。


「き、貴様ああああああああああああああああああああああっ! 何をしたああああああああああああああああっ! クリフうううううううううううううううううううううっ!」

「お前に毒を注入した。それだけだ」

 

 魔族を魔族たらしめている物質。

 魔界の植物を研究する過程で、俺はこの物質を特定することに成功した。未知の物質だから決まった名前なんて存在しない。

 俺はこの物質を『魔素』と名付けた。

 たとえば〈寄生樹〉はこの魔素を取り除くことによって自由に使えることができた。クリームヒルトの治療にも活用できた。俺にとってこいつは、扱いにくく邪魔な存在だった。


 アルフレッドが魔物を扱えない理由。奴が魔族を取り込めなかった原因。

 それは魔族の根幹たるこの魔素が、人間にとってどうしようもないほどの毒であってから。

 その推測を元に、俺は奴の身体に魔素を注入した。

 その効果は劇的だった。奴が〈暴食〉で生み出した体は奴自身のものであり、毒が全身に回れば自然とダメージを受ける。


「ぐおおおおおおおおあおあああああああああぎいいいいいいいいいいいいっ!」

 

 単純な毒であれば、〈暴食〉の力で回復されてしまっただろう。

 だが、どうやらこの魔素という力は特別らしい。特別だからこそ、アルフレッドは魔族の力を得ることができなかった。無敵と思えた奴の力にも、思わぬ弱点が存在したということだ。


「クリス、これは……クリスがやったのか?」

「ああ……」

 

 崩壊する奴の体。俺とクリームヒルトは、ただそれをゆっくりと見つめているだけだった。


「今度こそ、俺たちの勝利かもしれない」

 

 だけどまだ、『かもしれない』だ。

 また魔王みたいに体の一部だけ逃げ出す可能性もある。魔物を取りこんだ奴の力なら、ひょっとするとその状態でも生き残ってしまうかもしれない。

 監視が重要だ。

 〈草々結界〉を張り巡らせ、もし奴が逃げ出すようなら……必ず討つ。もうこんな争いを繰り返すつもりはない。奴の死こそがすべて。死んでいった仲間たちのためにも、奴の殺すことが絶対。


「……殺す……殺す殺す殺す殺す」


 殺してやる。殺してやる殺してやる殺してやる。

 


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