古代樹の結界
奇襲を失敗した俺たちは、アルフレッドの迎撃を受けることになった。
マグマのような玉を放つアルフレッド。動きは速いが……避けられないほどじゃない。
俺は〈緑翼〉を限界まで駆使して、その攻撃から遠ざかった。
しかし――
「爆ぜろっ!」
アルフレッドがそう言った、瞬間。
灼熱の球体が爆発した。
「うおあああああああああああっ!」
爆発はあまりにも強く、そしてすさまじい衝撃を周囲にまき散らした。俺の作り上げた植物の翼――〈緑翼〉が完全に崩壊してしまうほどに。
翼を失った俺は、なす術もなく地面に落下するしかなかった。
なんて……弱さだ。
所詮付け焼刃の翼。本当に空を飛べるものとは違う、植物で固めただけの弱々しい力だった。
だからこそ奇襲を成功させるべきだった。せめて墜落することになったとしても、奴に一矢報いることができていれば……。
「クリスっ!」
クリームヒルトが落下する俺の身体を抱えて、状態を維持してくれた。一人では落下は免れられなかっただろう。
クリームヒルトの助力によって、俺は救われた。
「クリスっ! すまない。爆発の影響で……一瞬姿を見失ってしまって。もしこのままクリスが地面に激突してたら……あたしは……」
「ありがとうクリームヒルト、気を病まなくていい。これは戦いなんだ。誰かが死んでもケガをしても、悪いのはアルフレッドだ」
「クリスぅ……」
「それよりも……一旦おろしてくれ。このままじゃあ……戦えない。地上に戻ろう」
「そ、そうだな」
俺の〈森羅操々〉は植物を生み出し、攻撃する魔法だ。事前に準備しておけば種子や枝を持っていくこともできるが、何もない空中から突然植物を生み出すことはできない。
地面から遠いと何もできない俺の力。もどかしい。奴の弱点である本体はこんなにも高いところにあるのに、これじゃあ俺が一方的に不利だ。
翼を作って奇襲を試みたが、アルフレッドはそれすらもしのいでしまった。奴の身体はあまりにも広く……そして高さまである。普通に地面からチクチク刺しているだけでは……勝てないのだ。上空から下の様子を見ていて……そのことは十分すぎるほどによく分かった。
地面に降りると、再び巨大な脚と対面する。周囲では亜人たちが戦っていた。
けど明らかに、声が減っていた。それは長期間に及ぶ戦闘による疲弊か、あるいはただ単に倒されてしまったのか。いずれにしても、俺たちの不利は明らかということか。
「みんな……やられたのか?」
「上から見ていたが、退避したけが人もいるみたいだ。クリス、みんなが死んだわけじゃない。けど……」
「…………」
そう、だよな。
逃げた人もいる。だけど、脚の犠牲になって死んでしまった仲間も……多いんだよな。
「せっかくここまで来たのに。魔王だって倒せたのに……俺は……」
すでに、戦い始めて何分経っただろうか。雲に覆われたこの魔王城で、太陽を見て時刻を測定することは難しい。けど魔王との戦いも含め、体感では半日以上経過している。おそらく平時であれば、ゆっくりと寝ていてもおかしくない時間だ。
未だ魔王の首は発見できず、アルフレッドも健在。でもこれだけ時間が経過して魔王が現れないということは……やはり奴は本当に死んでいたんだろうな。首だけで生きられるはずがない。つまりアルフレッドの奴だけ倒してしまえば、この戦いはすべて終わるのだ。
「みんな……」
たとえ……一つ一つが微々たる力でも。仲間の亜人たちは大いに俺を助けてくれた。俺にとって彼らはまさしく仲間であり、そして信頼できる戦友だった。
だからこそ、一緒に帰りたかった。全員とはいかないまでも、今、この魔王との戦いを終え生き残った亜人たちとは……一緒に。
だが……どうやらそれは無謀な考えだったらしい。
「救出は……後回しにするしかないかもな」
魔王と戦った時に、犠牲を覚悟したように。
こいつを殺さなければ、もっと多くの被害が出る。魔王との時と同じ、俺はまたしても決断を迫られているわけだ。
クリームヒルトのブレスを封じ、俺の大規模攻撃も控えた。すべては城の下に潰されてしまった亜人を救うため。しかし犠牲なくして戦果なし。
「クリス?」
「あいつを殺そう。全力で……他の何を犠牲にしてでも」
「そう……だな。あたしもそれしか……ないと思う」
「――〈森羅操々〉」
俺の〈森羅操々〉は植物を生み出す魔法だ。この植物を無から生成することはできず、土のような土台となるものが必要となってくる。
だから俺はさっき、地表に降りてくるしかなかった。
まずはその前提を……覆す。
「こい――〈古代樹〉」
ここからは、大規模な戦争だ。
もう、犠牲だとか救助がとか、考えている余裕なんてない。
俺が生み出したのは、〈古代樹〉。
かつて駆を倒すときに使った木。
〈古代樹〉は小さな山にも匹敵するほどの巨大な木だ。
これを数十本周囲に配置することによって、この周囲には巨大な林が形成されることになる。
そして、この木は俺の〈森羅操々〉の媒介にもなる。地面の土ではなく、植物を土台として新たな植物を生成することが可能なのだ。
こうすれば俺は上空で自由に戦える。翼も、剣も針も爆薬も何もかもを生み出すことができる。
俺はツタを使い、再び上空へと向って行った。〈古代樹〉は足場となり、魔法を使う土台となり、攻撃を避ける盾にもなる。
クラーケンの脚が〈古代樹〉に絡まった。激しい振動。どうやらその力で折ろうとしているらしい。
だがこの木はあまりにも巨大かつ強固。軟体の脚程度でどうにかできるものでもなかった。しばらくすれば〈暴食〉の力を使って何かされるかもしれないが、すぐにどうにかなることはないだろう。
アルフレッド。
この森の結界をもってお前を殺す。
それが俺の決意だ。
お前の死体を、死んでいった亜人たちの墓標にしてやる。