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クラーケン


 勇者アルフレッド、襲来。

 亜人の大敵アルフレッド。この魔王との戦いですら、もとはといえば奴を睨んで引き起こした戦いだった。


「クリフ……それに龍人の娘。やってくれなぁ、おい。お前ら。人類の悲願、魔王討伐を達成とは……。おめでとう、勇者殿。おめでとう英雄殿。お前らはたいした奴だ。さすがの俺もここまでは予想していなかったぜ。ああああああああああああっ、全くなんてこった! まさかこんなことになっちまうとはなっ!」

 

 ドンッ、と近くの瓦礫を蹴り上げたアルフレッド。衝撃によって砕けた石材の一部が、遥か遠くの外へと吹き飛んでいった。

 隠しようのない、隠すつもりすらないその怒り。怒髪天を突くとはまさにこういった状況なのだろうか……。全身から憤怒のオーラがこみあげているように見える。 


「……来るかもしれないとは思ってたよ。まさか、フランツさんに化けてくるとは思ってなかったがな」

「くくくっ、どうよクリフ。俺の老人演技は。なかなか様になってたと思わねぇか?」

「人の気持ちを考えないクズが。娘のクリームヒルトの気持ちを考えたことはあるか?」

「人の気持ちならいつも考えてるぜ。ただ亜人は人じゃねぇ。それだけの話よ」

「…………」


 何を言っても……無駄か。いや、それでもこうして会話ができるのだから、最低限のことだけはしておこう。


「一応……聞いておくが、俺たちは争うしかないんだよな?」

「あん?」

「もう魔王は倒した。もしお前が純粋に奴を倒しに来たんなら、このまま帰っても文句はないはずだ。お前は何体かの魔族を殺して魔王退治に貢献した。それで十分じゃないのか? 野望を捨て、つつましく暮らしていくなら問題はずだ。魔王は倒されたんだ。世界はきっと平和になる。なあアルフレッド、どこかの田舎でのんびり暮らす……そんな人生があってもいいんじゃないか?」


 復讐は成せないが、これで犠牲が減るならそういう未来があってもいいはずだ。奴の失脚は確定する。ここで無理に争う必要はない。


「お前それでも男かクリフよぉ。高みを目指さない人生に何の意味がある? 俺は手に入れるぜ。国も、名誉も名声も、強さもそして……世界も」

 

 なんという壮大な野望。 

 これでただの馬鹿だったのなら笑い話で済む。しかし奴には〈暴食〉という最強のスキルがある。

 個人では誰も敵わない、最大最強の力。あるいはこうして一人でここにやってきてくれたことは僥倖だったのかもしれない。


「アルフレッド、お前は……本気なのか? ここには一万近い亜人の軍がいるんだぞ? すでにお前の悪事は皆が知っている。皆……お前と戦う理由がある。そしてもしここで争うなら、俺たちはお前の悪事を国王に報告する。この数の亜人で報告するんだ。国王だって無視できないぞ?」

「確かに、一万の亜人がそう報告すれば……さすがの俺も言い訳が難しいだろうぜ。どれだけ亜人が馬鹿にされてたとしても……な」

「…………」

「だが一万人ではなく一千……いや数百人だったらどうだ?」


 やはり、そう来るか。


「お前たち亜人は俺が九割以上殺す。そして魔王の首を持って、王国に凱旋だっ! お前らは俺とともに戦い、盾となって犠牲になったっ! そういうことにしておいてやるぜっ! 生き残りは裏切った亜人だ! 魔王の信奉者だってなっ!」


 これじゃあ、俺がいた未来と何も変わらない。亜人は魔王の手先として迫害され、巨額の税や偏見で苦しむことになる。奴隷になる者すらいるだろう。

 こんな未来があってはならない。絶対に許されてはならないんだ。


「喜べクリフっ! お前の名は俺の伝記に残るぜ! 人類を裏切り魔王に魂を売った悪役としてなっ!」

「お前の伝記は残らないっ! お前はここで死に、その人生は語られることなく名前だけが残るだろうっ! 俺たちの魔王退治に助力した……ただの協力者としてなっ!」

「ほざけ雑魚があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 怒り狂うアルフレッドの怒気が、周囲の空気を揺らし……。

 いや……違う。

 なんだこれは。違う、気迫とか闘気とかそんな次元じゃない。まるで地震か何かみたいに……城が揺れて。


「………………」


 アルフレッドから黒い霧が立ち込めている。おそらく〈暴食〉のスキルに関するものだとは思うが、あまりにも広範囲に広がっていた。

 なんだこいつは? 一体、何の力を引き出そうとしてるんだ。


「みんなまずいっ! こいつ……何かでかい体に変身しようとしてるみたいだっ! 急いで逃げろっ! 潰されるかもしれないっ!」


 亜人の避難を誘導しつつ、建物の外へと飛び降りた。

 まさにその瞬間。


 そいつが現れた。


 アルフレッドの変身したそいつは、あまりにも巨体だった。広大な城はその身体によって完全に押しつぶされ、下で戦っていた魔物や亜人たちを押しつぶしてしまったようだ。

 赤みがかった色をした、複数の足を持つ巨大な魔族。脚には丸い吸盤がついており、獲物への吸着に使用される。

 クラーケン、と呼ばれるタコの見た目をした大型の魔族だ。

 

「…………」


 いや……落ち着け俺。

 少しでかいだけの魔物が来たからなんだって言うんだ? 俺たちはさっきまで魔物を生み出す最強の魔族と戦って、勝利したんだぞ? むしろスケールダウンしていると言っても過言ではない。

 だけど、なんだろう? この言いようのない不安は。

 いや、迷っている暇はない。今すぐこいつを倒せば下敷きになった亜人たちが救えるかもしれないんだ。


「みんな落ち着けっ! 俺たちは魔王を倒した英雄の軍なんだっ! こんなでかいだけの奴に負けるはずがないっ! 各自、目の前の足を切り刻んでやれっ!」


 とにかく、こうして現れた以上こいつを倒す以外道はない。

 俺は〈枝剣〉を構え、クラーケンの足に切りかかった。

 ずぶり、という感触とともに足に剣が突き刺さり、青い血をまき散らす。効いている。どうやら巨大なだけで丈夫というわけではないようだ。


 先陣を切る俺に続き、周囲の亜人たちも一斉に足へと切りかかった。彼らの思い思いの攻撃は確実にクラーケンへのダメージに繋がり、一歩一歩、足が傷ついていった。

 ひょっとしてアルフレッドのやつ、建物を潰したかっただけなのか? このまま袋叩きにしていれば、楽に勝利できるかもしれない?

 そんな希望を抱き始めたまさにその時、変化は唐突に起きた。

 

 足から、腕が生えた。


「は?」


 クラーケンの足から、腕が生えたのだ。毛むくじゃらのその腕は人間のものではなく、亜人のワーウルフか何かのものによく似ている。

 足から生えた腕は俺を攻撃してきた。中々の力。獣じみたその力はやはり人間というよりは亜人の力そのものであり、油断すればこちらが負けてしまうかもしれない勢いがあった。


「このっ!」


 俺は即座に腕を切った。さして抵抗なく切断された腕は宙を舞い、そして森の中に消えていった。


「…………」

 

 改めて、周囲を見渡す。

 目の前の足だけではない、隣の足も、そして少し離れた足にも奇妙な腕、口、翼など様々な形質が発現していた。


 アルフレッドはただ単に変身する能力者なのではない。体の一部を変化させ、複数の能力を使って戦闘を行う強者だ。

 この巨体になってもその戦術は変わらなかったのだろう。奴はこの広大なフィールドで集団戦を行うため、最も効率的な形態に変身したのだ。


 俺の目の前に現れた腕はたいしたことなかった。しかし中には強力な力を持つものもいるらしく、亜人の悲鳴が次々と重なっていく。

 やはり、奴との戦いは一筋縄ではいかないようだ。俺たちはこの……奴の集大成とも呼べる巨大な兵器を打ち倒せなければならないのだから。


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