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新しい覚悟


 対峙する俺たちと魔王。

 奴の足元からは未だに魔物が溢れ出している。近くで亜人の仲間たちが駆除していなかったらとんでもないことになっていたかもしれない。

 そして下の階では他の亜人たちが魔族と戦っているはずだ。彼らの勝利を信じたい。 


「ふ……ふふ……」


 突然、魔王が笑い始めた。

 俺の〈寄生樹〉によって傷ついた腕を見て、笑っている。気でも触れたのか、と一瞬思ったが奴の態度は冷静そのもの。

 どういうつもりだ?


「何がおかしい?」

「久しぶりに、血沸き肉躍る戦いに挑めた。やはり、魔族の上に立つ王として、そう易々とこの玉座を離れるわけにはいかなかったからな。歯向かう者と直接戦など、滅多にない機会であった」

「俺たちとの戦いが楽しかったと? これから死ぬかもしれないのに?」

「ふふふ……まあ、そういうことだ。長く生きていると、こういう戦いが遊びにすら思えてくるものよ」

「…………」


 こ、こいつ。

 俺たちが命を張って戦っているのに、それすらも遊びだというのか?


「だがこれ以上はならぬな。今も戦い続ける我が同胞のため、もはや余興は不要」

「余興?」

「遊びは終わりだということだっ! 〈魔神刀〉よ、我が血を吸い、その真なる力を発揮せよっ!」


 魔王は血管が切れるほどの握力で剣を握った。そのすべてを投げうった力によって、腕が傷つき……血が滴り落ちる。

 その血が〈魔神刀〉へと触れた、その瞬間。

 空気が爆ぜた。

 まるで爆発でも起きたかのようなすさまじい突風が俺たちを襲った。俺は立っていられず、そしてクリームヒルトは空中で静止することも叶わず、二人して近くの柱まで後退する。

 そして――


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!」


 魔王が更なる力を発揮した。

 〈魔神刀〉を中心に、力が膨れ上がった。

 先ほどまでの力が斬撃なのに対し、今、奴から放たれたそれは壁であった。魔王を中心に円柱の壁が広がっていく印象。もちろんそれはただの壁などではなく、触れたものを完全に破壊する恐るべき力だ。


「みんなっ! 逃げろっ!」


 俺はすぐさまそう叫んだ。近くにいたクリームヒルトは俺と同様のことを理解しているが、その後ろに控えた亜人たちは魔物との戦いにかかりっきりであり、この技を認識していない可能性が高い。


「うああああああああっ!」

「なんだこりゃっ!」

「に、逃げろおおおっ!」


 周囲で魔物たちを屠っていた亜人たちが一斉に逃げ出した。

 俺たちもすぐさま後退する。

 壁は地面に群がっていた魔物や柱を完全に破壊し、さらに膨張していった。紛れもなく純粋な力の塊。だが下の階へ被害を及ぼしていないのは、魔王のコントロール下にある証拠なのだろう。


 こいつ……どこまで迫ってくるんだ?

 後退する以外、道はない。

 数十メートルほどだろうか。外に出て、二階が存在しないギリギリの位置で足を止めた。これ以上遠ざかるためには飛び降りて一階に降りなければならない。どうするか? 

 と、躊躇していたら……黒い塊が消えた。 どうやら射程範囲外だったらしい。 


 何メートル後退した?

 魔王の姿は見える。が、細かい表情までは読み取れないほどの離れた距離。40メートル程度は距離が空いているように見える。奴の攻撃はそれほどまでに効果範囲が広く、そして周囲の柱を粉々にしてしまうほどに強力なものだった。おそらく先ほどまでの〈魔神刀〉の斬撃同様、触れれば命のないタイプのものだろう。


 しかし先ほどまでの〈魔神刀〉が斬撃による攻撃であるのに対し、この力はまるで結界。

網の目のような逃げ道は存在しない。完璧完全な破壊の壁。先ほどのように植物の種をまくことすら厳しいだろう。

 逃げることは簡単だ。二階から一階に飛び降り、そして魔の森へ走ればいいだけのこと。だがそれでは意味がない。やがては史実通りアルフレッドが魔王と相打ちになり、俺たち亜人は差別され不遇の歴史を歩むことになるだろう。アリスも、大河も瑠奈もみんな救われない。


「お前たちはもう逃がさんよ。我と貴様、生きるか死ぬかの生存を賭けた戦い。逃げたければ逃げるが良い。どこまでも追いかけて……貴様らを殺す」


 〈魔神刀〉を構えた魔王がこちらに歩いてきた。そう、何も奴は玉座の近くで立っている必要などないのだ。自ら歩けば射程範囲を変えられる。

 そして、再び魔王の足元から魔物が湧いてきた。〈魔神刀〉を構えたままでも魔物を召喚することは可能らしい。


 と……いうことは。

 奴は、俺たちを追いかけながら魔物を召喚するのか?


 この辺で戦っているうちはいい。だけどもし、ここより東の森で魔物を生み出したとしたら? 王都の近くまでやってきたとしたら?

 それこそ、地獄のような光景になるだろう。多くの弱き人々が魔物に殺され、そして戦士たちも疲労で次々と倒れていくかもしれない。俺たちが逃亡しようとした瞬間、亜人も人間も……滅亡の危機に瀕してしまうということだ。

 逃げれない。逃げれるわけがない。これ以上前線を後退させてしまえば、まずは俺たち亜人の村が魔物に呑まれてしまうだろう。


 あるいは先ほどのように〈寄生樹〉の種を送り込むことができれば、ダメージにつなげることができるかもしれない。しかし今の魔王の本気ぶりを見るに、おそらく近づくことすら叶わないだろう。

 ここにいる亜人たち。そして一階で今なお魔族と戦っている亜人たち。彼らを魔王から守りながら戦う術は……ない。


「さあ、死ぬ覚悟はできたか?」


 魔王が〈魔神刀〉を構え、その力を増幅させた。

 再び、斬撃の壁が出現する。先ほどよりも距離が詰まっている。このまま突っ立っていれば、射程範囲を逃れることは不可能だろう。


「みんな、このままじゃあまずいっ! 一旦退けっ!」


 それしか、ない。そう思っての発言だった。

 しかし俺の声を聞いた亜人たちは、誰一人動こうとはしなかった。


「みんな、聞こえないのか? このままじゃあ……」

「しかしクリス殿っ! ここから逃げてどこへ向かうと言うのですか? 我々には逃げ道などないのですっ!」

「ここで魔王を倒さなければ、我々の未来はないっ! お気遣いは嬉しいですが、我々にも戦わせてくださいっ!」

「何度も、仲間たちが魔物に殺されました。たとえこの命が消えようともっ! 故郷の家を守るためなら、俺たちは……」


 みんな……いいのか? このままじゃあ。

 俺は隣にいるクリームヒルトを見た。

 その爪にブレスのような氷の塊を集中させている。近接戦闘の構えだ。


「クリスっ! あたしもみんなと同じだと思う。ここで逃げたら、またいっぱいいる魔物たちを一から倒して前に進まないといけないっ! せっかくここまで来たんだ! あたしたちは魔王を倒さなきゃいけないっ! みんな、戦士としての覚悟は決まっているっ! クリスだけじゃないっ! みんながなんだっ!」

「……そ、それは」


 そう、だ。

 俺は……とんでもない思い違いをしていた。

 俺はアルフレッドと違う、英雄でも勇者でもない。何度も敗北して、そうして今この地にやってきた。一人で勝てるわけがない、そう思ったから亜人の連合軍を導き……ここまでやってきたんだ。


 俺たちは軍だ。そして対等な仲間だ。何かを犠牲にしなければ栄光は掴めない。ここで魔王を倒すことは、俺にとっても他の亜人にとっても世界を救う希望なんだ。

 だから、考えなくていい。

 命がとか、守るとか。

 この世界を守るために、俺も亜人たちも等しくその責務を負っている。


「俺の……覚悟が足りなかったよっ!」


 俺は体に植物を纏い、身体能力を強化する。

 覚悟が決まった。

 自分の命を犠牲にする覚悟が、ではない。俺だけでなく、ここにいる全員の命を賭して戦おうという意思だ。


「みんなっ! 行こうっ!」


 〈魔神刀〉の力を破り、奴に肉薄する。

 勝利をこの手に掴むため。



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