表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/112

炎帝バロン


 一週間後。 

 行軍の果てに、俺たちは魔王城へと到達した。


 山脈を背後に建てられたその城は、黒いレンガを主体としたおどろおどろしい雰囲気の建物だった。

 材質は硬く、そして紫色のツタがレンガに絡まっている。人は一人もいないものの、あふれんばかりの魔物が湯水のように湧き出ている。

 一人では……到底対処できない数。だがこれだけの大軍であれば、きっと……。


 クリームヒルトは全軍団を三つに分け、東と南北の城門から城へと攻め入ろうとしている。


 魔物一体一体はそれほど強くない。普通の亜人兵士でも簡単に殺せてしまうほどだ。

 だがこうも数が揃っていればさすがにこちらの体力が尽きてしまうかもしれない。おそらく、魔族が魔物を生み出しているのだろうがどこまで続くんだ? 無限に、なんて話になったら俺たちに勝ち目はなくなってしまう。


「みんなっ! 気合を入れろっ! ここが正念場だっ!」


 ツタの剣を構え、俺は果敢に前進した。亜人たちがひるまないように鼓舞する必要があるのだ。

 

「クリスっ! 一旦止まってくれっ!」

「クリームヒルト」


 上から聞こえたクリームヒルトの声に、俺は即座に足を止めた。

 空に舞ったクリームヒルトが、氷のブレスを城に浴びせた。すさまじい勢いの冷気が週に霧散し、生きとし生けるものを凍らせていく。


「これは……すごいな」


 有象無象の魔物が氷の彫像みたいになってしまった。何百体倒せたのだろうか? これで少しは一掃できたものと信じたい。


「みんな、今のうちに――」


 そう叫んだクリームヒルトの目の前に、赤い炎が舞った。


「何っ!」


 突如として現れたその炎は、氷像となった魔物たちを溶かし……復活させてしまう。


 炎の先には、一人の男がいた。

 全身に炎を纏ったその男は、赤い肌と赤い牙を持ち、おまけに瞳の色まで赤かった。ただの人間や亜人であればその熱に到底耐えられないだろう。現に今、少し離れた俺でさえもその熱気に押されてしまっているのだから。


「我が名はバロンっ! 魔王様に仕える十二魔族が一柱。炎帝のバロンっ!」


 バロンが拳を振り上げると、炎の塊がまるで竜巻か何かのように周囲へと広がっていった。


「我が灼熱はすべてを燃やす地獄の炎っ! いかなる攻撃も我が前には消し炭と化すっ! 身の程を知れ愚かな亜人たちよ。ここがお前たちの火葬場だっ!」


 こいつが……魔族。魔物たちの長。魔王直属の配下。


 炎帝バロンは俺たちを睨みつけると、即座に行動を始める。

 先ほど天空に向けて突き上げた炎の竜巻を、今度はこちらに向けて放ってきた。

 すさまじい威力。すべてを焼き尽くす熱波と衝撃。このままでは俺たち全員が消し炭だ。


「させるかっ!」

 

 即座にクリームルトが氷のブレスを放った。炎と氷。すさまじい勢いでつばぜり合いが続いているものの……威力は拮抗している。彼女の力だけでは押し切れない。

 ここは俺が……。


「――〈氷蔓草〉」

 

 この植物は冷たい氷を纏わせたツタ。

 俺はこいつを地面から大量に発生させ、絡ませて凍らせて……ツタの壁を作り上げた。

 さらにその氷の壁は、クリームヒルトのブレスによってより冷たく、そして硬く強化されていく。


「ぐぅっ」

 

 手ごたえがなくなったせいか、バロンは炎の竜巻を消失させた。

 防ぎ切った。

 俺やクリームヒルトだけなら避けることが可能だったかもしれない。しかしその背後にいる亜人の兵士たちを守るためには、この方法がベストだった。 

 そして彼らが邪魔ものというわけではない。溢れ出る魔物たちを相手にするには、どうしても人手が必要なのだから。


「はははっ! 少しはやるようだなっ! しかし我が炎を前に氷のツタなど無力無力無力っ! すぐに溶かしつくしてくれるわっ!」


 炎帝バロンは再び炎の力を放とうとしている。壁越しに伝わる熱気は本物だ。おそらくあと数秒で突破されてしまうだろう。

 そして、最初に逆戻り。失敗すれば亜人の兵士たちから死者が出てしまうかもしれない。


 だが……それよりも早く、俺が奴を潰す。


「――〈緑神〉」


 意思を宿した植物の獣――〈緑神〉。

 壁破壊の隙に生じて完成された俺の技。緑の獣に跨り、タイミングをうかがう。

 二度、三度、四度と壁を穿つ衝撃が聞こえた。氷は蒸発し、絡まったツタは壊れかけの金網のように緩んでいる。


 そして、五度目。

 壁に穴が開き、その中からバロンの炎が見えた。

 今だっ!


 跳躍。


 即座に穴の中を潜るように壁を突破。瞬間、すさまじい水蒸気が俺を襲った。


「エルフかっ! たった一人で。その勇気だけは称賛に値するっ!」


 奴の言葉を無視して、俺は壁の上へと登った。〈緑神〉の手足を持ってすれば氷壁を登ることは容易い。

 俺は即座に壊れかけの壁を修復した。そしてさらに、〈氷蔓草〉を発生させ、バロンを囲うように周囲に張り巡らせていく。

 背後の壁、そしてツタの檻。二つが重なりバロンの包囲網が完成する。

 もちろん俺はその外、壁の上に張り付いている。


 これは、檻だ。


 奴を閉じ込め、そして死に至らしめる檻。ここは俺たちの火葬場ではなく、お前の墓場となるのだ。

 

「はははははははっ! 無駄無駄無駄っ! 我は炎の化身なりっ! 木だの草だの……植物は我にとって燃料にしかならぬっ! そしてこの程度の氷など、我にとって焼けた石に水をかけるようなものっ! そのまま燃え尽きてしまえっ!」


 対するバロンはさらに炎を増大させ、蔦の檻を破ろうと試みている。実際にツタがきしんでいるから、そのままの状態では破られてしまうだろう。

 だが俺はさらに〈氷蔓草〉を重ね、重ね重ね重ね重ね重ね、もはや檻というよりは単なる岩か何かと思えるほどに隙間なく埋めていった。

 炎の爆音をBGMに、俺は黙々とバロンを封じ込めていった。

 そして――


 ゆっくりと、音が消えた。

 

 静寂、ということはない。魔物たちの泣き声が聞こえるし、遠くからは別部隊の戦いの音が聞こえる。しかしあれほどやかましかったバロンの炎撃は全くなくなってしまった。

 

 そろそろか。 

 俺はツタの一部を緩ませ、バロンを封じ込めていた檻の中に侵入した。


 そこには、バロンが片膝をついていた。

 

 服のように身にまとっていた炎を一切消失させ、苦しそうに冷汗をかいている。 

 人間なら死んでたんだろうけどな。やはり、魔族というのは普通の動物とは体のつくりが異なるらしい。

 

「炎は酸素を使って生まれる。そして今、光の通らない魔王城で光合成は行われず、俺の生み出した植物はさらに酸素を消耗して呼吸を行った」

「な……何っ!」

「もう燃焼に必要な酸素はない。お前の負けだ、バロンっ!」


 俺は〈緑神〉とともに突撃した。

 対するバロンはまるで格闘家のようにポーズをとって俺を出迎えた。もちろん、その手に炎は宿っていない。


「ば、馬鹿なあああああああああああああああああっ! この俺が、十二魔族の一柱……炎帝のバロンが、こんな……こんなただのエルフに……ぐ、ぐぅ……」


 炎を纏わぬ炎帝はあまりにも無力だった。俺の〈緑神〉は見事に奴の脇腹へと食らいつき、その体を引き裂いた。


「あ……あ……」


 バロンの身体は灰のようになって周囲に霧散していく。魔族としての死。まさしく、この地が彼の墓標となったのだった。


「クリス殿っ! ご無事ですか?」


 すでに〈氷蔦草〉は解除してある。クリームヒルトの氷壁も溶かしたのだろうか、背後から続々と亜人の兵士たちがやってきた。


 俺は灰となるバロンを見せながら、こう叫んだ。 


「炎帝バロンっ! 討伐完了だっ!」


 兵士たちの歓声が、周囲に木霊した。


 こんな奴に構っている暇はない。俺たちの最終目標は魔王だ。奴さえ倒してしまえば……すべてが終わる。


 俺たちは、さらに城の中へと進んでいった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ