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災厄の助言


 しばらくして、亜人連合軍が結集した。

 族長の声掛けによって数多くの亜人たちがオルドバーク村に集結した。彼らはただの人間よりはるかに強く、特殊能力を有した亜人たちだ。数はおおよそ一万。この数なら、人間族を相手にしても負けないかもしれない。


「盟主殿のお声掛けに、皆が集まりました。主要な種族は揃っております。これ以上待つ必要はないでしょう」

「ありがとう」


 オーク族の族長がそう報告した。いよいよ出陣ということだ。


 突然、クリームヒルトは翼をはためかせ空を飛んだ。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 すさまじい声だった。

 稲妻のようなその叫びは、まるで突風か何かのように周囲に衝撃を与えた。気の弱い人間であれば、それだけで失神してしまうかもしれないほどだった。


「すごい声だな。戦前の雄叫び……みたいなものか?」

「龍人族は戦の前、こうやって遠吠えをする。仲間に戦いの始まりを告げるためだ」


 そう……か。

 もう、仲間はいないのにな。でもここに集まってる亜人たちと、そして俺自身も気合が入ったよ。


「父上にも、届いたかな」


 そう言って、空を見上げるクリームヒルト。


「きっと、届いてるさ。天国にいるフランツさんにも……」


 クリームヒルトは背後を振り返った。

 そこには万に近い亜人の兵士たちが整列している。彼女を盟主と崇め、そして魔族の討伐に力を貸してくれる若者たちだ。


「これより、魔王領に侵攻するっ! 辛く苦しい戦いになるだろう。だが恐れるなっ! すべては、我ら亜人の未来をこの手で掴むため。死んでいった盟主龍人族の墓に、勝利を捧げるっ!」


 クリームヒルトが手を振った。


「出陣っ!」

 

 整列した亜人たちが、クリームヒルトの声に従い足を動かし始めた。


 こうして、クリームヒルトを盟主とした亜人の連合軍は西の山脈へと侵攻した。

 魔王を、倒す。

 この世界の亜人を、そして未来の亜人とアリスと俺と大河と瑠奈を……すべてを救う……そのために。




 ******************


 王国首都、王城にて。

 ここは城の最上階。王族の住まう私室である。

 勇者アルフレッドはベッドに座っていた。


「アルフレッド様……好き……愛してる」


 隣には王女が寝ている。シーツの下は全裸だ。アルフレッドも下着は身に着けているが、上半身は裸だった。


「…………ちっ」


 アルフレッドは舌打ちした。

 

 今日、昼間から王女と抱き合っていた。

 本意ではない。

 だが、これは必要なことだ。力を得て、富と名声を得て、英雄となりやがてこの国の王となる。すべてを得るために、王の血が必要だった。 

 そして何より必要なのは、王からの金銭的な援助であった。王女を介して支払われる莫大な富は、魔王討伐のためのもの。半分は装備や宿代など正当な代金として使用されるが、もう半分は知り合いと酒を飲んだり高価な食事をしたり王女に貢いだりと、本来の目的とは関係のないところに使われている。


 しかしそれでもアルフレッドが許されているのは、その華々しい戦果と強さゆえだろう。〈暴食〉の力は最強だ。亜人や人間を食って力を得ているとは国王に伝えていないが、実力さえ示せばそれで十分だ。

 魔王討伐は急がずともよい。むしろ早く倒してしまえばこの生活が終わってしまう。苦労して苦労してやっと敵を倒す。そういった物語の方が英雄らしく、何よりアルフレッドの戦果も強調されるだろう。


 ゆえに、今はこれでいい。

 そう……これまでは思っていた。


「誰だっ!」


 不意に、アルフレッドはそう叫んだ。窓の外、バルコニーから不審な気配を感じたのだ。

 

 ここは、王女の私室。

 一般人が来ることはない。そして今、王女が人払いをしているため、たとえ身分の高いものでもこの領域に入ってくることはないはずだった。


 アルフレッドは近くに立てかけてあった剣を手に取った。気配で分かるが敵は相当の手練れだ。のんきに服を着ている暇などない。

 一呼吸で窓へ近づき、カーテンを開いた。

 

 そこには、女がいた。


挿絵(By みてみん)

 

 白く長い髪を持つ女だ。

 城の石壁に腰かけ、こちらを見下ろしている。亜人ではなさそうだがただの人間とも思えない。妖艶な、そしてどこか底の見えない恐ろしさを秘めた……そんな女だった。


「くすくすくす、馬鹿な男」


 女は笑った。構図的にもこちらを見下ろしているのだから、アルフレッドはまさしく見下され馬鹿にされているようだ。

 プライドの高いアルフレッドではあるが、不思議と怒りは湧いてこなかった。美しく、そして蠱惑的な彼女の表情に呑まれてしまったのかもしれない。


「馬鹿? 俺のことか? どういうつもりだお前? 一体ここに何をしに来た? 魔族……じゃねーよな?」

「あなたがその王女と喘ぎ合ってる間に、亜人たちが魔王を討伐しに向かったわ」

「なん……だと……」

「お笑いよね、勇者様。あなたが女を抱いてる間に……魔王は倒されるの。龍人クリームヒルトと亜人たちの連合軍。あなたの大好きなクリフも一緒よ」


 全身から血の気が引いていくのを感じた。

 まずい、とてもまずいのだ。

 この女の話が事実であれば、とても恐ろしいことが起きてしまうかもしれない。


「おい、今の話……嘘じゃねーだろうな?」

「信じるも信じないもあなたの自由。けれどもし、あの人たちが勝って……魔王の首をここに持ってきたらどうなるか、考えてみることね」

「そいつは……」


 すでに国王からは莫大な援助を受けている。〈暴食〉のスキルを才能と努力だと偽り、力を認められて期待された結果だ。

 国王は結果を確信している。だからこそ、アルフレッドは貴族でないにも関わらず王城へと上がることを許されているのだ。ヴィクトリアとの付き合いが見て見ぬふりをされているのも、すべては魔王を倒せる実力のため。


 正直なところ倒すまでいかなくても良いのだ。亜人と協力して倒したというなら、まだ言い訳も効く。努力を認められる程度にはなるだろう。

 だが今、魔王城には数人の魔族と魔王が控えている。彼が全員、亜人によって倒されてしまったとしたら? アルフレッドが城や町でのんきに過ごしている間に、すべてが決着してしまったとしたら?

 とてもではないが言い訳ができない。それどころか、魔族はそれほど強くなかったのではないかと疑われてしまうかもしれない。そうなればアルフレッドは英雄でも勇者でもない。ただ多少努力しただけの冒険者だ。


 卑賎の身で王女との結婚は許されない。王の血も、富も名声も手に入らない。アルフレッドはただの強い男として……一生を終えてしまうかもしれない。


 夢が、潰える。

 亜人と……そしてクリフの手によって。


「クリフうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううっ! てめぇは……本当に俺を破滅させるつもりなのかっ! 俺に何の恨みがあるんだ? 大人しくどこかの田舎村で暮らしてりゃいいものを……しゃしゃり出てきやがってっ! 破滅すんのは俺じゃなくてお前だっ! すぐに……それを思い知らせてやるぜっ!」

「くすくす、行ってらっしゃい勇者様。あなたが魔王を倒さなきゃ、ね。亜人を押しのけてでも」

「女っ! どういうつもりかは知らねぇが、ひとまずお前の言葉を信用してやるっ! 嘘ならあとでぶち殺してやるからなっ!」 

「この〈災厄〉の名にかけて、真実であると宣言するわ」 


 服を着たアルフレッドは、すぐさま城を飛び出した。


 勇者アルフレッドが魔王を倒す。

 この英雄譚に、余計な登場人物が加わってはならないのだ。


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[一言] そろそろクライマックスかな?
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