盟主の挨拶
遺跡を出た俺たちは、オーク族の村へと向かうことになった。
一日中南へと歩き、魔界のような毒々しい植物たちの勢力圏から抜けていく。ちょうど紫色の植物が見当たらなくなったころ、一つの村が見えてきた。
オルドバーク村。オークの村だ。
亜人の村にしてはかなりでかい。人口は一万人を超えているかもしれない。
着いたその日はそのまま宿を取り、一日休む。
翌日。
俺たちは広場へと案内された。
そこには多くの住民が集まっていた。そしてこの村の者たちだけではなく、おそらく近隣の村からやってきた様々な種族も目に付いた。
「我はドワーフの長だ。よろしく頼む」
「私はゴブリン族族長、お見知りおきを」
「鬼族族長。盟主殿にご挨拶を申し上げる」
「魚人族族長でございます。いやはや、お会いできて光栄です」
「ケンタウロス族族長である。初めまして」
様々な亜人たちが、クリームヒルトに挨拶をしてきた。
一言、クリームヒルトがみんなに挨拶をするという集まりだったはずだ。そしてその政治家の所信表明のような集まりは、まだ本格的に始まってすらない。それにも関わらずこのように挨拶が続いているというのは、いかに龍人族が亜人にとって盟主と呼ばれるほど影響力のある存在なのかを最も良く示している。
しばらくして、重要人物がみな集まったのだろう。全員が席に座り、クリームヒルトの声を待っている状況だった。
「みんな、今回はあたしのために集まってくれたこと、本当に感謝している」
正面に用意された小さな台。その上に立ち、言葉を放つクリームヒルト。声は良く通っている。
そして俺は後ろに控えている。彼女をいつでもサポートできるように。特にアルフレッドのことに関してなら、俺の言葉が必要なこともあるだろう。
「あたしの名はクリームヒルト。今は亡き龍人族の長、フランツが娘っ! 龍人族最後の生き残りとして、亜人を導き世界を救う義務があるっ! したがってまず、我が故郷を滅ぼして亜人を蔑ろにする人間、勇者アルフレッドの討伐を提案したいっ! 皆、力を貸して欲しいっ。あの男はあたしだけじゃない、亜人すべての災厄だっ! あんなことが、絶対に許されるわけがないっ!」
必死に叫ぶクリームヒルト。単なる復讐という枠組みでなく、亜人の未来を考えての行動でもあるのだろう。
「お、お待ちくださいっ!」
と、クリームヒルトの演説を遮るように前に出たのは、先ほど挨拶をしていた魚人族の族長だった。
「い、今の話は事実ですか? アルフレッド殿が敵? 討伐? 私の息子は? 彼に従い魔族と戦っていた私の息子は?」
やはり、こういう人が出てきたか。
答えは分かり切っている。それを説明するのは、かつて奴とともにいたこともある俺が一番適切だろう。
俺はゆっくりと前に出て、魚人族族長に語り掛けた。
「俺はアルフレッドと一緒に旅をしていた」
「あなたは……」
「その時一緒にいたのが、王女ヴィクトリア、鬼族のナターシャ、そして俺とアルフレッドの四人だ。それ以外は見かけてない。誰も……いなかった」
アルフレッドから離れてしばらく監視していた時期もあったが、やはり亜人を見ることはなかった。奴の性格を考えれば当然だ。いつまでも亜人をそばに置いておくことなど、目的でもなければありえないのだから。
「奴のスキル――〈暴食〉は相手を吸収しその能力を我が物とするスキル。吸収した相手は死んでしまいます。おそらく、あなたのご子息はもう――」
「そんな……」
魚人族の族長が項垂れた。
これは悲劇だ。
もう、すべて終わってしまった話。アルフレッドは相当数の亜人や魔物を吸収しているから、もう天使族以外に興味はないのかもしれない。
だがアルフレッドの亜人蔑視はあの王女に並ぶ危険なものだ。もし奴がこのまま活躍を続け、英雄として揺ぎ無い地位を得ることがあれば……必ず亜人にとって災厄となるだろう。
「もうこんな悲劇を起こしてはならないっ! あたしはあの男を止めたいっ! だから皆、あたしに力を……。一人では勝てなかったけど、皆の力があれば……。あの男を討つためにっ!」
奴を止めなければならない。
そう、クリームヒルトの気持ちは分かる。
俺だって奴を何とかしたい。あれほどの巨悪なら、殺すことだって文句は言わない。
しかし、それだけではダメなんだ。亜人としての視点だけでは、奴を支える強さ……その本質が見えてこない。
「盟主殿、発言宜しいかな?」
声を出したのは、ゴブリン族の族長だった。
別に会議というわけではないのだが、さすがに思うところがあったらしい。反論は大いに許されるところだと思う。
「何か?」
「私は勇者アルフレッドのことを知っています。人間族との交流もありますので、彼の評判を理解しているつもりです。彼は……まぎれもなく人類にとって希望の星。魔王を打ち破る可能性のある唯一の存在。そんな彼をもし亜人総出で殺害すればどうなるか?」
「そ……それは……」
「もちろん、盟主たる龍人族の導きとあれば奴と戦いましょう。しかしもしそうなれば、人間族との戦いは避けられないでしょう」
「…………」
「そしてアルフレッドは確かに粗暴なところもありますが、魔物を屠り、魔族を倒していることも事実。もしあの男が死んでしまえば、魔族が勢いづくことは間違いないでしょう。そうなれば我らの被害も……決して無視できるものではないかと」
だろうな。
今、俺たちがアルフレッドを殺したら、ただでさえ対立しがちな亜人と人との間に油を注ぐようなものだ。奴を慕う王女だっている。英雄の敵討ちなんてことになれば、それこそ亜人が根こそぎ滅ぼされてしまいかねない。
だが、これを解決する方法がある。アルフレッドを潰し、そして俺の願いを叶えるための最良の策。それは……。
「俺に提案がある」
ここで、俺が前に出た。
それほど発言権がないのは分かっている。しかし今、言わねばならないことがあるのだ。
だがゴブリン族の族長は、俺のことが気に入らなかったようだ。
「先ほどから気になってはいたのだが、そなたは一体何者だ? クリームヒルト殿は盟主、我らは族長。事は亜人全体の方針に関わる問題。年若いエルフが軽々しく口を挟んでよい問題ではないのだ。控えよ」
「ぐ……」
分かってはいたが、俺が亜人に命令できるわけではない。そして発言すらも許されていない。先ほどはアルフレッドの関係者ということで助言を許されたが、提案ともなればそうはいかない。
しかし今、この場で俺が発言すれば……。
などと考えていたら、クリームヒルトが前に出てくれた。
「こ、この者は我が夫となる男。ひいては龍人族族長の夫として、盟主の一族として扱ってもらいたい」
お、夫……って。
「め、盟主殿の伴侶でしたか。それは失礼申し上げました」
どうやら、龍人族の家族というのは思った以上に権利があるらしい。みんな俺の話を聞いてくれそうだ。
ま……まあ、仕方ないな。ここはそういうことにしておいた方が話も進むと思う。きっとクリームヒルトもそういう風に機転を利かせてくれたんだ。
俺の逃げ場を封じようとしてるんじゃないよな? 夫婦として周りの評判を固めて……なんて……。
…………。
とにかく、クリームヒルトがくれたチャンスだ。存分に生かすこととしよう。
「あ、アルフレッドは亜人のことを劣った種族だとしか思ってない。奴に他種族を思いやる心なんてないんだ。だけど奴には人間族の支援がある。だから……俺は奴の代わりに魔王を討つことを提案する」
「は?」
「俺たち亜人の力を一つとして、魔王を討つんだ。そうすれば魔族の侵攻に心配する必要はない。すべてが解決する」
ざわざわと、亜人の騒ぐ声が聞こえる。俺の発言をどう扱うべきか、戸惑っているのだろう。
突飛な発言だ。アルフレッドの話をしていたのに魔王討伐など。だが俺も考え合ってこの提案をしている。
やがて、オーク族の族長が前に出た。
「我ら森の住人にとって、魔族は不倶戴天の敵。もちろん単純に戦うと言うこと自体は大いに賛成と言って良い。フランツ殿はご自分の力だけで事を成そうとしてが、もし、亜人全体でという話であれば魔王討伐も現実的ではあるだろう」
……?
そういえば、と俺は思う。
彼らの魔王に対する姿勢に、少しだけ違和感を覚えた。
この時代の魔王は、そういう存在なのか。
大河と一緒にいた時代では、魔王は亜人を懐柔して支配しようとしている感じだったよな。搾取はせず、殺しもせず、人間にのみ害をなす存在だったような印象だ。駆が滅ぼした村も、魔王の協力者として罰せられていた。
しかしこの時代はそうじゃない。現に魔族がこの龍人族に攻め入っていた。この違いはなんだ? 魔王の心境に変化があったのか?
封印されて弱気になったのか? それとも亜人は悪くないとでも考えなおしたのか?
とにかく、亜人全体として魔王と戦うことに躊躇がなく、むしろ進んでやってくれる様子だ。これなら俺も説得しやすい。
「そんなにも魔族が嫌われてるって言うなら話は早い。俺の提案に協力していただけないだろうか?」
「確かに魔族の問題は解決するかもしれぬ。しかし勇者アルフレッドの件はどうするのだ? 魔王を倒せば彼はこれまでのように森まで出て来なくなるかもしれぬぞ。そうすれば我々は奴と戦えない。殺すために人間族の都市に侵入すれば、それこそ全面戦争になってしまうであろう」
そうだな。確かに魔王が倒れればアルフレッドを殺しにくくなるかもしれない。
だが、それで問題ない。
「アルフレッドは魔王を討つ勇者として期待され、その名声を高めている。そして国王からも莫大な援助を受けている。だがもし先回りして俺たちが魔王を倒せば……どうなると思う?」
「どう……なるのだ?」
「アルフレッドは口だけで何もしなかった馬鹿になる。その上で奴の悪行を糾弾し、援助を惜しまなかったパステラ王国の国王に訴えかければ……」
亜人たちに対する悪行。
魔王を倒せなかった罪。
そして、王女に手を出した不敬。
三つ揃えば、アルフレッドを失脚させることができるかもしれない。そのうえで俺たちに復讐しようとするなら、今度こそ本当に……倒してやればいい。
「し、しかし、国王は本当に我らの話を聞くのか? 我らは特別迫害されているわけではないが、これまでまともな交渉をしたこともないぞ」
「確かに、国王が亜人を蔑視している可能性はある。だが俺たちは魔王を殺した英雄であり、そしてそれだけの強さを持つ集団なんだ。これは単純に話し合いというだけでなく、脅しの材料にもなる。少なくともこれまでよりも遥かに交渉の余地が生じると思うんだが、俺は何か間違ったことを言っているだろうか? 反論があれば聞かせて欲しい」
勇者アルフレッドは魔王を倒してこその勇者。俺たちが魔王を倒せば、確実に奴の名声に傷がつくだろう。
そして俺たちの武勇は確実に亜人の地位を向上させる。上手くいけば……おそらくすべてが良い方向に転がるはず。
「俺たちの力で、魔王を倒す! そして名声を失ったアルフレッドを殺すもよし、奴隷に落すもよし惨めに余生を過ごさせるのもよし。これが俺の計画だっ! 我ら亜人の連合軍で、魔王を叩き潰すっ! これは歴史に残る戦いだっ! 我が計画に賛同する一族は、ぜひ名乗りを上げてほしい」
「龍人族は彼の策に賛同するっ!」
いち早く賛成を示したのはクリームヒルト。
「我らオーク族も連合軍の末席にっ!」
俺が話していたオーク族の族長も声を上げた。
そしてその後、堰を切ったように次々と亜人たちが名乗りを上げた。もはや誰も反対するものはいなかった。
かつて龍人族は、己の力ですべてを解決し……自らを最強と自負していた。だが生き残りのクリームヒルトがその役目をすべて背負うことは不可能だ。何か大きなことを成すには、亜人全体の協力がいる。
この状況が、俺の計画を可能にした。
こうして、亜人連合軍が結成された。
クリームヒルトを総大将とし、彼女の旗の下に集う亜人たち。集まり次第、魔王の本拠地である西の山脈へと攻め入ることになるだろう。
亜人と魔族。アルフレッドを無視し、史上最大の決戦が始まろうとしていた。