決闘
翌日。
広場にはこの村のすべての住人が集まっていた。
決闘。
娯楽の少ないこの村における、数少ない見世物の一つだ。喧嘩であったり、何かを賭けて戦うときに誰かが武器と防具を身に着け戦う。
勝敗の結果は絶対であり、二度と覆すことはできない。ここでもし俺が負けてしまったら、もはや夜逃げする以外に道がなくなってしまう。
周囲を囲む住人。
そして中心にいるのが、俺と……アレンだった。
アレンはわざとらしくバキバキと関節を鳴らしながら、俺の前に仁王立ちする。
「首の骨をへし折って殺すのは簡単だが……正式な決闘だ。殺さないでおいてやる。だがそれ以外は……覚悟しておけよ。へへへっ」
自分が負けるとは微塵も思っていないらしい。
油断している。
「ではこれより、アレンとクリスの決闘を始める。両者、一歩前へ」
俺と、アレンが一歩前へ出る。
「へへへっ」
アレンがニヤニヤしている。礼も何もあったものじゃない。
もはや何も話すことはない。
「――始めっ!」
村長のその言葉を合図に。
俺たちの戦いが始まった。
「うらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
まず初めに動いたのはアレンだった。迫りくるその巨体はまるでトラックか何かのように圧迫感がある。
拳にはめ込まれた金属は、指を保護しながらパンチを強化する武器――ナックルだ。自らの剛腕が最大の攻撃力であるアレンにとって、これ以上の武器はないという判断だろう。
俺は左に避けてそれを躱す。
「よしっ」
「……ま、上手く避けたよお前は。ここが森の中なら、引き分けに持ち込めたかもしれねぇな」
両手のナックルを叩いて鳴らすアレンが、徐々に俺との距離を詰めてくる。
対する俺は、もう逃げれない。
単純にこの決闘の構造的な問題だ。周囲を取り囲むようにして観客が見守るこの広場では、一方向に進むとどうしても彼らとぶつかってしまう。
明確な場外という概念は存在しないものの、観客を振り切って逃げだしたらそれはつまり敗北だ。背を向け逃げ出したものには村長も村人も勝利を認めないだろう。
なら正面からアレンの攻撃を受けるか?
多少村の中で労働していると言っても、基本的に俺はそれほど筋肉のない細身の身体だ。身体能力はアレンに比べてあらゆる面で劣っている。肉弾戦になって勝てるわけがない。
普通ならば。
だが、それを覆すだけの力が……俺にはあった。
アレンが再び拳を繰り出した。背後に観客が迫るこの場所で、もはや俺に回避場所などない……ように見える。
しかし、俺は……アレンの攻撃を回避した。
「ば……馬鹿な、お前、なんだよその足はっ!」
アレンの声が……足元から聞こえた。
そう。
俺は、空を飛んでいた。
翼を羽ばたかせているわけではない。脚でジャンプして飛んだのだ。
だが、俺の筋肉では……というより普通の力ではアレンの身長を飛び越えるほどに高く飛ぶことは不可能だ。
これは俺の魔法――〈森羅操々〉の力だ。
ツタを複雑に足に絡ませ、ばねのような構造を生み出す。こうして筋肉以上の力を生み出すことができる、魔法の応用だった。
「き、聞いてねぇぞ! 魔法でそんなことができるなんてっ!」
「お前、俺の何を知ってるって言うんだ? 大して仲も良くないのに、切り札をペラペラ喋るか普通……」
「ちっ、減らず口を……」
正直なところ、最初の時点でアレンを負かすことはできた。
たとえば、両足をツタで縛ったり、植物の壁で囲んで無効化することもできた。
だけど、それでは駄目だ。
アレンは今のところ手加減をしている。そしてそんな状態で負けたら、変な言い訳をしてくるかもしれない。その言い訳が通るとは思えないが、俺のことを嫌っている村長がもし奴の言葉に耳を傾けたとしたら? 何かにつけて難癖付けてきたとしたら?
ここにいる村人が、誰しも完全に勝敗を理解するほどの決定的な勝利が必要だ。罠にはめて勝利、では賛成を得られないかもしれない。
これはただの喧嘩ではない。
村人に俺の勝利を認めさせ、アリスを救うための儀式なのだ。
そして俺の予想通り、アレンはいまだ自分の勝利を疑っていなかった。
「だがジャンプができるからどうした? この狭い広場じゃあ十分に生かしきれねぇだろうよっ! お前にできるのは、この広場で兎みてぇにピョンピョン飛んで俺から逃げるだけ! それだけじゃ俺に勝てねぇっ!」
アレンが再び俺に迫ってきた。
同じように俺へ拳を当てようとしている。無駄だ。回避すればどうということはない。
こうやって牛若丸のように何度もアレンを翻弄していれば、周りのみんなも俺の勝利を疑いなく信じてくれる……。
「馬鹿がっ! お見通しだああっ!」
アレンは足元に落ちていた石を俺に投げつけた。
上手い。
こちらは空中。回避行動をとりにくいこの状態で、石の投擲はかなり俺にとって厄介な攻撃だった。アレンの力と石の大きさを考慮すると、当たり所が悪ければ骨折してしまうかもしれない。
俺は再び〈森羅操々〉を起動した。
回避できないのだから、防ぐしかない。しかし網のような緩い構造でこの石を防げるかどうかは微妙なところだ。
この手に集う、木の塊。
絡み合う枝が、凝縮し、結合し、そして一本の……剣へと成る。
「――〈枝剣〉」
「け……剣が……」
ただの枝ではない。魔法によって限界までに凝縮された、炭素の塊。硬く、そして鋭いその刀身は……金属の刃物すらも凌駕するほどの殺傷力を生み出す。
俺はアレンが投げてきた石を一刀両断し、地面に降り立った。
「く、くそっ!」
「おらよっ!」
地面に着地した俺は素早く剣を構え、アレンへと突撃した。
「がぶぁああああああああああっ!」
アレンが吹っ飛んだ。
強化されたジャンプ力は、水平方向への跳躍においてもその力を十二分に発揮していた。剣の柄でアレンの腹を思いっきり突いた。
アレンは広場の中央に倒れこみ、苦しそうにもがいている。
相当に痛かったのだろうか。まるでナメクジかなにかのようにうねうねと体をひねらせたアレンだったが、しばらくしてゆっくりと起き上がった。
隙だらけだ。今のこいつであれば、俺じゃなくてアリスでも倒せてしまうほどに。
「う……ううう……ご、がほっ、ま、待て、待てよクリス。腹が……腹が痛てぇ。少し休ませてくれ……」
「アリスは、死ぬって言ったんだぞ。それなのに、そこまで言ったのに許されなかった……」
「うう……クリスぅ、落ち着け。落ち着いて……くれぇ」
「それなのにお前は、自分の要求が通ると思ってるのかっ! 休む? 待ってくれ? お前は俺たちに少しでも優しさを見せたか? 薄汚い欲望をぶつけてきただけだろっ!」
「ま、待てクリス。お、俺は村長に認められてるんだぜ。お、お前にも時々アリスを貸してやるよ。だ、だから――」
「アリスはものじゃないって言ってるだろっ!」
「ぎゃああああああああああああああああああっ!」
全力を出せば足を切断したり首を切ったりすることも可能だった。しかしアレンはこれでも村の仲間であり、殺してしまうのは忍びない。
だから俺は別の手段を取った。
村の仲間たちに俺の勝利を示し、かつアレンを辱めるその方法。
俺は、アレンの服を切った。
「くっ、糞がっ! てめぇ、よくも、よくもやってくれたなっ!」
素っ裸になったアレンは両手で股間を隠しながら、たどたどしい足取り場外へと逃げてしまった。あんなに恥ずかしがるなんて、ああ見えて繊細な奴だったのかもしれない。
でもあの恥ずかしい姿じゃあ、もう結婚がどうとか言えないだろうな。
アレンの情けない姿は効果てきめんだった。村の仲間たちは俺の勝利を祝う言葉を口々に叫び、まるで戦勝の歌を聞いているかのようだった。