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里への帰還、そして……


 スーガ村を出発した俺たちは、龍人族の里を目指した。

 道中、特に障害になるものはなかった。クリームヒルトと漫才みたいなやり取りをしながら、少し落ち着いた気分で旅行しているような感覚だった。

 そして、俺たちは龍人族の里に到着した。


「え?」


 第一声が……それだった。

 目の前の光景が、信じられなかったのだ。

 森を抜け、岩肌だらけの渓谷に到達した俺たち。しかしこの目に映ったその光景は、記憶とは全く違う現実だった。


 岩が、赤い。

 極度の高温に熱せられた岩石が、液体となって溶け始めている。いわゆる溶岩というやつだ。

 すさまじい熱気を放つ溶岩は、この地を変えてしまったのかもしれない。地形の形も、岩を掘って作ってあった龍人族の家も、何もかもがなくなり、どこにあるのか分からない有様だった。


「なんだ……これ……」

 

 灼熱の大地は広く広がっていた。

 所々に巨大な岩や地面の段差を残しているものの、それ以外は全くのノーヒント。これでは何もできない、何も探しようがない。


「父上? みんなは?」


 クリームヒルトも途方に暮れている。一体、俺たちがいない間に……何が起こったんだ?


「よぉ、クリフ」


 その声。

 やや頭上から聞こえたその声に、俺は目線を上げた。

 溶岩まみれの岩の上には、一人の男が立っていた。背中に翼を生やし、鋭い牙と角、そして獣のような耳と体毛。亜人の複数の特徴を持った人影。だが。かろうじて保たれたその人相と声だけが、俺に奴の正体を告げてくれる。


「アルフ……レッド……」


 勇者アルフレッド。

 亜人でも魔族でも人でもない、そんな歪んだ姿を持つ謎の男は、ナターシャとクリームヒルトを襲った……あのアルフレッドだった。

 おそらく、戦闘の途中だったのだろう。奴の着ている鎧はボロボロで、返り血にまみれている。おまけにその片手には、ちぎれた翼を握られていた。

 あれは龍人の翼だ。つまり……奴は……ここで……。


「…………」


 なんて……奴だ。

 この龍人族の里を襲撃したのか? 百人とは言わないまでも、五十人以上の龍人がいたはずだ。それも集団でなら魔族を撃退できるほどに強く、そして逞しい一族だった。それを……たった一人でここまで。


 俺は……アルフレッドを舐めていた。村単位なら、集団でなら対処できると思っていた。だからここにエルフを集めようと思った。クリームヒルトみたいに一人で襲われることはあっても、まさか集団……しかも村単位で襲われるという発想まではなかったのだ。

 アルフレッドが危険であることは理解していた。しかしそんな俺の危機感すらも上回るほどに……奴はまさしく『英雄』規模の凶行をやってのけたのだった。

 

 以前クリームヒルトを襲った時とは違う、完全に調和のとれた姿。おそらくこれが奴の本気なのだろう。複数の亜人や魔物の能力を同時に発動させ、相互に補い最強の力を導く。その力で……この村を。


「お前が……この村を滅ぼしたのか? ここに住んでた龍人族を……殺したのか?」

「エルフを探してたんだがな、どういうわけかこの場所に集められててよぉ。話を聞いてみりゃ、お前が助言したっていうじゃねーか!」


 翼を溶岩に叩きつけ、激高した様子で蹴り上げるアルフレッド。どうやら相当に怒っているようだ。


「クリフよおおおおおおおおっ! こりゃどういうことだ? てめぇ、マジで俺に恨みでもあるのか? 殺されなきゃわかんねーのかおい! 俺は人類の、いや、世界を救う英雄だぞ! 魔王を倒す勇者だぞ! その俺様を邪魔するってことは、お前何か? 魔王以上の悪人になりたいのか? なあ、答えろやクリフっ!」

「お、俺はクリフじゃない! ただのエルフだ!」

「俺の邪魔をして俺の名前を呼んでおいてそれか? 俺の〈暴食〉みたいに姿を変えるスキルか何かを持ってんだろ? お前の言葉なんて関係ねーんだよ! 俺にとってお前はクリフでくそ野郎、それだけで十分だぜ」


 言い訳しても無駄だ。俺も、そしてこいつにとってももはやクリフなんて名前は意味のないものだ。ただ、お互いを邪魔し合う不快な関係、倒さなければならない敵なのだから。


「お前が……あたしの村をこんな風にしたのか? 村のみんなを……」


 やっと、クリームヒルトが声を上げた。おそらくショックで声が出なかったのだろう。怒りを孕んだその声。拳を握りしめ、歯を食いしばって現実を受け入れようとしている。


「黙れ小娘っ! 俺は魔王を討つ者! 人類の勇者にして英雄。俺の邪魔する奴はみんな魔王の協力者で敵だ! 俺は世界のためにお前たちを殺した。エルフを庇おうとしたお前らの罪だっ! 恥を知れっ!」

「身勝手なことを言うなっ! あたしも、村の皆も……ここで生きてたんだ! 人間に迷惑をかけたこともなかったっ! それなのにお前はあたしの仲間を殺して、人生を終わらせた。お前がしていることは魔王と変わりないっ! 人々を殺すだけの災厄だっ!」

「亜人のくせに人間気取りか? くくくっ、本当に愚かな奴だ。まあいいぜ、好きなだけほざいてろ。俺の邪魔をした龍人、そしてクリフ。お前らも他の龍人みてぇにぶち殺してやるよ」

 

 やはり、アルフレッドはやる気か?


「ここで俺たちが争ってどうなる! 俺もお前も、魔王を倒すために戦ってるんだろ? だったら二人で喧嘩する必要なんかない。龍人族だって魔族と戦っていた! どうして無駄なら争いをするんだ?」

「黙れこのくそ野郎っ! せっかく見逃してやったのに、まさか……あのクリフが俺に逆らうなんてよぉ。こいつは、とんだ屈辱だぜっ! ああっ、もう話すのも煩わしい。死ねよ……死ね死ね死ねさっさと死ね……」


 そう言って、アルフレッドは口を大きく変えた。

 その口からは、バチバチと静電気のような何かが迸っている。まるで大河の〈白雷〉みたいに……これは……。


「――〈迅雷の憤怒〉」


 雷の、ブレス。


 かつて雷使いと戦った経験が生きた。

 俺は即座に側面へと回避した。

 クリームヒルトは俺より判断が速かったようで、空に逃げた。

 

 俺たち二人はアルフレッドと距離が近かったため、簡単に回避することができた。だがこのブレスは奴から離れれば離れるほどその範囲を広め、小さな村であれば丸ごと飲み込んでしまうほどの効果を持っていた。

 

「これは……龍人の力!」

「はははははっ! これが目的だったからなっ! すでに二体ほど俺のスキルで取り込んでやったぜっ! この地域一帯を焼き尽くしても余るほどの広域ブレスだ! クリフよぉ、お前……もう逃げられると思うなよ! この辺の亜人もろとも皆殺しにしてやるからよぉっ!」

「……」


 やるしかないっ!

 今、ここで奴を殺す。魔王とか〈災厄〉とか考えてる余裕なんかない。ここで俺が死ねばすべてが終わってしまう……だからっ!


「死ねえええええええええええええええええええええええっ!」

「アルフレッドおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 俺は〈森羅操々〉を起動した。

 アルフレッドは翼を広げてこちらに迫ってきた。

 クリームヒルトは迎撃のためにブレスを貯めている。

 

 その、瞬間。


 不意に、アルフレッドの姿が消えた。


「ごぶばっ!」


 アルフレッドは俺たちの左側に吹き飛んでいた。本人の意図しない、完全な不意打ち。突然現れた第三者に、蹴られたのだった。

 現れたのは、フランツさんだった。


「族長っ!」

「父上っ!」


 ボロボロの翼。全身に血を浴び、左足は完全に焼け焦げてしまっている。

 俺がここに戻る間、必死に戦っていたのだろう。生きているだけでも奇跡だった。


「ここは我が引き受けるっ! そなたは娘を連れて……逃げてくれっ!」

「ですがフランツさんっ! そいつは危険ですっ! たとえ敵わなかったとしても、俺たち三人で協力して立ち向かった方が……まだ勝機が――」

「我ら龍人族は亜人の盟主。その存在が亜人を束ね、人間や魔族に対抗する希望となるっ! 我らが消えれば亜人は滅ぶ。一族の血を絶やすことがあってはならぬっ! 我はもう長くない……だから……頼むっ!」

「フランツさん……」


 足を失いボロボロのフランツさんは、確かに死んでいてもおかしくない様子だ。この前死にかけていたクリームヒルト以上。もう……治療しても助かりそうもない。


「父上っ! でもあたしはっ!」

「邪魔すんな老害がっ!」


 アルフレッドが復活した。フランツさんの蹴りなど全く効いておらず、怒りで頭に血が上った状態。左腕が触手へと変化し、フランツさんに迫っている。

 フランツさんはそれを回避しながら、小さなブレスを放ち挑発している。俺たちを逃がそうとしてくれているんだ。


「父上っ! でもあたしは、皆の仇を……」

「行けっ! 敵が取りたければ逃げよっ! そしてすべてを整え、万全を期して敵討ちをすれば良いっ! 今はただ生きよっ! それが我の、最後の言葉だ」


 悩んでる暇はない。

 ここで奴を倒せるかどうかは分からない。そしてこいつを倒しても魔王や〈災厄〉の問題が残っている。アルフレッドは準備万端な様子だ。以前逃げたときは比べ物にならないほど強いだろう。

 ……逃げるしか、ない。

 逃げて、逃げて逃げて逃げて、せめてフランツさんの願いを叶えよう。せっかく救ったクリームヒルトの命。こんなことでなくなってしまうのは、あまりにも惜しい。


「フランツさん、すいませんっ! 必ず、クリームヒルトだけは逃がしてみせます。どうか……どうかご武運を」

「娘を……頼んだぞ」

「父上……あたしは……」


 そこから先は、すさまじい死闘だった。

 俺を追いかけようとするアルフレッドと、全力でそれを止めるフランツさん。二人の争いは大地を割り、空を割き空気を震わせた。

 命の炎を燃やし尽くしたフランツさんは、あのアルフレッドを一人で圧倒していた。だが、あの体でいつまでそれが持つだろうか。 


 結局、俺たちが完全に森の中に入るまで、戦いの音はいつまでも鳴り続けていた。どっちが勝ってどっちが負けたのか? フランツさんは死んだのか? 俺はその結果を見届けることができなかった。

 

 そして、そんなフランツさんの死力が功を奏し、俺たちは再びアルフレッドから逃げることに成功したのだった。


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