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さよならスーガ村



 天使族ラミエルとの話を終えた俺は、すぐに次の目的地へと移動し始めた。

 ここに来る前、俺が仮の定住地として定めたスーガ村だ。クリフとナターシャの故郷でもある。

 アルフレッドの敵となった今、この地は奴と俺とを結ぶ数少ない村だ。奴はこの地でクリフとナターシャを雇い連れて行ったからだ。

 俺はエルフの姿をしているが、その容姿は少しだけクリフに似ている。奴は俺のことをクリフだと思い込んでいるようなので、何かの行き違いがあればこの村に迷惑をかけてしまうかもしれない。余計な諍いが起こる前に、早くここから立ち去ってしまおう。


 のどかな農村は平穏そのものであり、時が止まっているかのうように何も変わっていない。俺が少しだけ荷物を置いていたクリフの家もそのままだった。

 監視魔法にアルフレッドが引っかかる様子もない。どうやらここには来ていないようだな。

 まあ、奴にとって俺は煩わしい敵だが、優先して倒そうとする相手でもないのかもな。わざわざ田舎村までやってくる労力に合わないのかもしれない。


 俺はゆっくりとクリフの家を片付け始めた。

 といっても大した私物は存在しないから、それほど難しい作業でもない。クリームヒルトに手伝ってもらうほどでもない。


「おお、クリス君じゃないか。帰りが遅かったね」

「村長さん」


 片付けていると、家に村長さんがやってきた。

 やってきた村長さんに特に変わった様子はない。普通に俺が帰ってきたと思っているようだ。どうやらアルフレッドとは会ってないようだな。


「実は、この村から去ろうと思ってまして」

「おお……それは寂しくなるね。行き先は決まっているのかな?」

「少し離れた亜人の村に定住先が見つかったので、引っ越しをしようと思っています。亜人語の件はお世話になりました。急な話になって申し訳ありません。またいつか、必ずお礼に伺いますので」

「いやいや、人として当然のことをしたまでさ。新しい住まいは、龍人族が用意してくれたのかな?」


 驚いた。

 まさかこの村の村長から龍人族の単語が出てくるとは思ってなかった。クリームヒルトを連れてきたからか? それとも……。


「ご存じでしたか?」 

「エルフを一か所に集めているという話を聞いてね。君にも伝えなければならないと思っていたのだが、そうか。知っていたのならばら話は早い。私も詳しい話は聞いていないけど、彼らは亜人の盟主と呼ばれ信用のおける一族だ。悪いようにはならないと思うよ」


 フランツさん、もう動き始めているんだな。

 なんて素早い動きだ。こんな亜人の村でない人間のもとにまで話が伝わっているなんて。

 龍人族は亜人の盟主。どうやら俺が思っていた以上に絶大な影響力を持っているらしい。

この分なら本当にエルフたちをアルフレッドから保護できるかもしれないな。

 

 龍人族は自分自身で警戒。

 天使族はラミエル一人。

 エルフ族は保護。

 

 これでアルフレッドに関わる亜人の対策が完了した。奴がこれで諦めるとは限らないが、無抵抗の犠牲者を出してしまうことにだけは避けれたと思う。


「何か手伝うことはあるかい? 良ければ暇な若者を連れてくるが……」

「御心配には及びません。もともとそれほど荷物もないので。もう少ししたらすべておわりますので、その時には改めて別れの挨拶を伝えに行きます」

「ふむ、そうか。ではまた……」


 そう言って、村長は立ち去って行った。


「今のがクリスの村の村長か? 弱そうなやつだ。なんで村長になれたんだ?」

「人間の世界では強さだけがすべてじゃないんだよクリームヒルト。経験や年齢、人脈や金、いろいろ絡んでくる」

「クリスはこの村で育ったんだよな? こんな村、魔族に襲われたらすぐ滅ぼされてしまうぞ! いままで良く無事だったな。運がいい」


 どうやら、クリームヒルトはこの村が俺の故郷だと思っているらしい。まあ、言わなければそう思うよな。


「そうだ、クリスの親戚がいるなら挨拶をしたい。それに結婚式を開くときに呼びたい! あたしはクリスのことが好きだ! だからクリフの友達や血のつながった人だって好きになれる」

「ここは俺の故郷じゃないんだ」

「そうなのか?」

「俺はこことは違う、すごく遠いところからやってきたんだ。そこには俺の友人がいて、同じエルフの仲間がいて、敵もいて、そして……婚約者がいた」


 いつまでも、クリームヒルトのことを後回しにしておくわけにはいかない。彼女は自分の気持ちを正直にぶつけてきているのだ。なら俺も、未来のことは話せないまでも嘘ではなく限りなく真実に近い話をしておきたい。


「クリームヒルト。君の好意はすごく嬉しいよ。俺、あんまりモテたことなかったからな。でも俺の心は、これまでも……そしてこれからもずっとあの故郷を向いている。今もあそこに帰りたいと……そう思っているんだ」

「クリスは遠くから来たのか? 今は帰れないのか?」

「帰れないんだ。でも俺は何年……いや何十年かけたとしても故郷に帰りたい。クリームヒルト。君はこんな俺でもまだ好きだと言うのか? 俺は遠くの婚約者をずっと思っている。こんな俺を……」

 

 これが……俺に伝えられる精いっぱいの言葉。

 少々突き放す内容になってしまったと思っている。しかし彼女の気持ちをいつまでも無視して過ごすわけにもいかない。


 俺は、前の世界で瑠奈のことを無視し続けた。アリスのことを言い訳にして、ずっと……ずっと過去の関係をなかったことにしていた。あとで元の世界に戻ればすべて帳尻が合うと思っていた。

 けど、瑠奈は大河とともに死んだ。あんな不幸な結末を迎えるなんて思っていなかった。人はいつか死ぬ。過去も未来も関係ない。今、この場にいるのは瑠奈でもアリスでもなくクリームヒルトなんだ。俺には彼女の気持ちに向き合う義務がある。

 たとえアリスを理由に断るとしても。


「問題ないっ!」


 と、クリームヒルトは言った。即答だ。


「問題ないって……」

「問題ないっ! あたしが第二婦人になればいいっ!」

「第二婦人?」

「龍人族は一夫多妻制! 父上も昔は五人の妻がいたっ! だから何も問題ない! クリスがその婚約者と結婚して、そのあとあたしが結婚すれば問題ない! 全然問題ないっ!」

「は……はぁ?」


 これが、亜人と人間の感覚の違いか。

 正直なところ、かなり気合を入れてこの話をしたつもりなんだけどな。悲しまれるかと思っていたのに、こうも明るく返答されてしまうとこっちの調子が狂ってしまうよ。


「ご、ごめん。その返答は予想してなかった。でもあとで結婚っていっても、俺が故郷に戻るまでは数十年かかるかもしれないんだぞ? 本気なのか?」

「良く分からないけど龍人族は数百年生きるぞ! 天使族ほどじゃないけど長生きだ! 数十年は長いけど全然待てる!」

「………」


 次々と外堀を埋められている気がする。

 あとは俺の気持ち次第……てところか。


「とにかくクリス! あたしはお前のことが好きだ! 大好きなんだ! あの日、感じた暖かい手のぬくもりは嘘なんかじゃない! あたしはお前とともに一生を過ごしたい! 絶対に逃がさないぞ! ふんっ!」


 そう言って、クリームヒルトが俺の腕に抱きついてきた。振り払うこともできるだろう。でも、彼女の気持ちを知った今、無理に拒絶しても無駄であるということを悟った。


「分かった、分かったから。逃げたりしないから、とりあえず離れてくれ」

「絶対だぞ! 約束だぞ!」


 クリームヒルトが離れる。

 …………ったく、強引な奴だな。それでいてこんなに美少女なんだから卑怯だ。もしアリスがいなかったら、俺は……。

 ……やめやめ、変なこと考えるな。


「と、とりあえず、作業が終わったらフランツさんのところに帰ろう。簡単な報告と、移住の話。俺からも話をしたいことがあるからな」

「あたしとの婚約の報告?」

「違う、もっとまじめな話だ」


 そう。

 フランツさんに〈災厄〉のことについて尋ねてみたい。亜人の盟主として、その名に心当たりがないだろうか? うまくいけば壁画の内容よりも詳しい話が聞けるかもしれない。


「父上、あたしとクリスが結婚するって言ったら喜ぶと思うんだけどな」

「…………」


 あの人、なんだか俺とクリームヒルトとの関係に好意的だったよな。本当に喜んだりするかもな。


「あたしがいなくなって寂しがってないかな。こんなに長い間離れたのは、たぶん初めてだからなぁ」

「そ……そうだったのか」


 もっと自由に世界各地を飛び回っているものだと思ってたのだが、そうでもなかったのか? むしろ娘を嫁に出すような気持で俺に……なんて、まさかな。

 余計なことを考えるのは止めよう。


 その後すぐに作業を終え、俺はこのスーガ村に別れを告げた。

 もう、戻ることはないだろう。短い間だけど、本当にお世話になった。

 村長、そしてクリフ。

 ありがとう。



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