天使族の歴史
俺たちは移動を開始した。
アルフレッドに見つかるとまずいから、慎重に移動ということになった。クリームヒルトさんの翼や、俺の植物を使って空を滑空するやり方はNG。地道に徒歩での移動という結論になった。
といってもお互いただの人間ではない。身体能力はかなり高く、常人よりは早く移動できる。だが龍人族の住まいから遺跡方面への移動は初めてのことであり、地理に疎く見通しの悪い森の中でやや迷うこともあった。
だが思ったよりも手間取ったものの、なんとかここまでたどり着くことができた。
俺たちは例の遺跡に到着した。
「ふんふんふーん」
クリームヒルトさんは機嫌が良さそうだ。そして体調面も全く問題ないように見える。龍人族の回復力は普通の人間や亜人とは違うんだろうな。
「こんな暗がりに二人っきり。もしかしてあたし、誘われてる?」
「誘ってないぞ。クリームヒルトさん」
「そんな、『さん』だなんて他人行儀にしなくてもいい! あたしはクリスと親しい! 呼び捨てにするべきだっ!」
「ああ、まあ、その程度なら、よろしく、クリームヒルト」
「あっ」
クリームヒルトが足を止めた。
その視線の先に、彼女がいた。
青い髪で翼の生えた少女。未来で俺に古代樹の種をくれた、遺跡の番人。そして――
「あんたが天使の生き残りだったんだな」
こくり、と頷く青髪の彼女。やはりそうだったか。
「アルフレッドがあんたを狙っている。それを警告しに来たんだ」
「……?」
この話だけで理解してもらえるわけもないか。そもそも、ここに引きこもっているならアルフレッドという名前自体知らないかもしれない。
「あ、アルフレッドって言うのはある人間の名前だ。人類の間では勇者だと英雄だのってもてはやされている危険な奴。そいつが天使族のことを探してるんだ」
「危険?」
「〈暴食〉というスキルを持つ恐ろしい人間だ。他人を食い、その能力を自分のものとすることができる。食われた奴は死ぬ。天使族や龍人族の能力を手に入れるために、誰かを殺して吸収しようとしているんだ。警戒して欲しい。ここに来ることはないかもしれないけどな。もし、知り合いの天使族がどこかにいるなら伝えておいて欲しい。あいつは本当に危険なんだ」
「大丈夫。私だけ、天使族」
自分だけ? やはり天使族は滅んでいてこの人だけということなのか? なら天使族に関してはこれで終了だな。
と、いうことで俺の役目は終わった。念のため、という話だ。おそらくあのアルフレッドといえどここに到達することはないだろう。そもそも俺がいた未来の世界で、この人は遺跡にいたのだ。それはあの女王と同じように、この時代で殺されることがないということを示唆している。もっとも、俺の登場によって悪いように未来が変わっていなければ、の前提付きではあるが。
あとはこの場を立ち去るだけであり、そうしてしまってもいい。だけどせっかくここまで来たんだ。少し……気になっていたことを彼女に聞いてみることにしよう。
「あんたは一体、こんな遺跡で何をしてるんだ?」
俺が今日彼女に初めて会ったというならこんな質問はしなかっただろう。
だけど俺は知っている。この数十年後、同じように滅びた遺跡に彼女がいたことを。どう考えても正気ではない。何が彼女をそうさせているのか、そもそも天使族に一体何があったのか。そこが気になって仕方なかったのだ。
「使命」
「使命? 天使族の使命なのか? どんな使命か聞いてもいいか?」
「…………」
少女が指さすその先。遺跡の壁。
いや、暗くて分かりにくかったがただの壁ではない。そこには壮大な絵と文字が刻まれていた。
大きな三つの絵と、説明文のような文字。亜人語だ。おそらくは彼女の使命について書かれているのだろう。
俺はその壁画と説明文を見ることにした。
翼の生えた人間のような集団。おそらくは天使族だろう。何重にも描かれたその天使たちが、一様に槍を構えて何かと敵対しているように見える。
槍の先には一人の女性がいた。この女性には羽が生えておらず、天使族とは異なっていることを示している。粗く写実的でない、エジプト壁画を彷彿とさせる構成。絵から新しい情報を読み取ることは難しい。
――創世歴10000年。
我ら天使族は創世の神に連なる一族として、この世界の平穏を見守ってきた。
しかしある時その平穏は崩れた。突如として現れた一人の女が世界の和を乱し、破壊と混乱をもたらした。我らは神に連なる一族として、この災いを取り除くことを使命とした。
我々はこの女を〈災厄〉と名付けた。
〈災厄〉。
どうやらそいつが天使族の敵であり、彼女の言うところの使命そのものなのだろう。あるいは、滅んだ原因ですらもある?
知らない歴史だ。エルフとしても、人間としても触れられてこなかったこの世界の神話。
続きを読んでみよう。
次の項。
壁画は前の絵とよく似ている。女性と天使族の戦いの様子だ。しかし、前の絵では一列に並んで槍を構えていた天使族が、今度は混乱しているように見える。女性ではなく味方側に槍を向けている者がいるのだ。
――〈災厄〉との戦いは困難を極めた。
運命の翻弄する〈弄神〉、時を超える〈時神〉、そして最も我らを苦しめたあの女の能力――〈狂神〉。広範囲の対象を狂わせ、狂気と殺戮へと傾倒させる恐ろしい能力。この世界の和を乱す元凶。昨日肩を並べ笑いあっていた味方が、今日は歪な笑み浮かべながら味方を殺し、時には自害する。これほど恐ろしい能力が存在するだろうか?
我々は疑心暗鬼に陥り、戦いどころではなくなっていた。
〈狂神〉。
対象を狂わせ、狂気と殺戮へと傾倒させる能力。
これは……もしかして、あの時の。大河や瑠奈を襲った謎の現象。クラスメイトたちが俺の村を滅ぼした……洗脳?
魔王が原因じゃなかったのか? こいつが俺の真の敵?
次の項。おそらくはこれが最後の壁画だろう。
槍を構えた天使族が建物の中に引きこもっている絵だ。〈災厄〉の姿はない。絵から表情は読み取れないものの、座ったり寝ていたりする者が多いところを見るとあまり良い雰囲気とは言えそうにない。
――劣勢を理解した我々は守勢に転じた。
魔王領にほど近い大森林に居を移し、〈災厄〉の目を逃れる。神に連なる一族として無限に近い寿命を持つ天使族と違い、奴は何十何百年後かに寿命を迎え死ぬだろう。
我らは辛抱強くそれを待ち、奴が死んだ新しい世界の安定にすべてを賭けることにした。
だがその計画は破綻した。
確かに奴には寿命が存在したかもしれない。だが、その程度のことは奴にとっては些細な問題だった。
〈災厄〉は時を超える。
過去、現在、未来に等しく存在し世界に災いをもたらし続ける存在。奴は死ななかった。老いもしなかった。いつの世、いつの時代も同じ姿で存在し、人々に災いをもたらし続けた。〈時神〉と呼ばれる彼女の能力を、我々は理解するのが遅すぎた。
どうやら、天使族は〈災厄〉を倒しきれなかったらしい。
〈災厄〉はまだ死んでいないのか。だとすると、やはり俺の真の敵は〈災厄〉なのか?
雲を掴むような話だ。一体そいつはどこにいるんだ?
壁に描かれた絵はそこまでのようだったが、その先には更なる文章が刻まれていた。
――〈災厄〉討滅を諦めた我々は、代替案として〈狂神〉に抗う方法を模索した。
自然界では絶滅した古代樹の種と数種類の材料を用いて、薬を完成させた。気化したこの薬を長時間吸わせることによって、〈狂神〉による精神汚染を完全に除去することができるはずだ。
が、あまりにも遅すぎた。何百、何千年と時を過ごすうちに……無限に近い寿命を持つ我々にもとうとう終わりの時がやってきた。一人、また一人と老いて死んでいく。
もはや私も長くないだろう。薬には課題が多いが、改良する時間も技術者もすでに存在しない。
ラミエルよ。年若き天使族最後の生き残りよ。どうか〈災厄〉を打ち倒し、我らの使命を果たしてくれ。
文章はそこで終わっていた。
使命とはすなわち〈災厄〉を倒すこと。精神汚染〈狂神〉を解除する薬がここには存在する。天使族の彼女はそれをずっと守っていたということか。
「ラミエル、それがあなたの名前か」
こくり、と頷くラミエル。
「ここを、ずっと守っていたのか? 〈災厄〉を倒すために」
「古代樹の種、守る。救う、〈狂神〉」
「俺の敵も……もしかするとその〈災厄〉って奴が関係しているかもしれない。一応聞いておくけど、その〈災厄〉って言う奴は魔王とは関係がないんだよな?」
こくり、と頷くラミエル。
〈災厄〉が真の敵で、魔王がラスボスじゃないのか。だったら魔王を倒しても……意味がない?
いや、問題ない。
どちらにしても、魔王がいなくなれば大河たちは召喚されない。俺の村だって焼かれない。今はそれで十分だ。
「ありがとう。その〈災厄〉についての話はあとでじっくり聞きたい。今は他にもやることがあるから、一旦は帰るけど、近いうちにまたここに来る。その時にいろいろと聞かせて欲しい」
「了解」
真の敵、〈災厄〉。
魔王。
そしてアルフレッド。
敵が多すぎる。俺はこれから、一つ一つ的確に対処していかなければならない。
だけど必ず成し遂げてみせる。そして、アリスや大河、そしてこの世界の亜人たちが皆平和でいられる世界を……。
「良く分からないけどもう終わった? 帰るんだよね?」
「クリームヒルト、一緒に壁画見ただろ? 何も感じなかったのか?」
「難しい文章は読みたくない、頭が痛くなる。そんなものを読まなくても人は成長するっ! 強くなれるっ!」
「…………」
気楽な人だ。
でもその陽気さが、今の俺には必要なのかもしれないな。こんな暗い気分じゃ幸運も逃げてしまいそうだ。
更新でなろうの仕様が変わってて焦った。
なんか投稿できない→作品分類を指定→やっと投稿できた。
新しい仕様にも慣れていかないとなぁ。