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天使族の行方

 クリームヒルトさんを救い出してから、二日がたった。

 治療したクリームヒルトさんはいまだ眠ったまま。だが龍人族の優れた治療魔法と自然治癒力が功を奏し、いつ目覚めてもおかしくない状態だ。

 昨日まではあわただしい感じではあった。そして自然と俺も手伝うことが多かった。だが一息つける今なら立ち去ることもできるし、フランツさんにいろいろ話を聞くこともできる。

 

 ここはフランツさんの家。

 岩のベッドの上にはクリームヒルトさんが、そして近くの椅子には俺とフランツさんが座り、テーブルを挟んで向かい合っている。

 

「まさか、娘が負けるなどとはな」


 彼にとって龍人族は最強であり、だからこそこの光景が信じられないのだろう。


「己惚れていた、言ってしまえばそれまでだ。だが我らは先日魔族さえも退けることができた……まぎれもなく強者であった。仲間とともに魔王を倒す、と言っている程度の人間に……まさかこうも無残に破れてしまうとは」

「あいつはただの人間じゃない。アルフレッドは恐ろしい男です。俺もそれを理解してここまでやってきたはずなのに、まだ……想像が足りなかった」

「クリス殿、一体何があったのだ? 奴はどのようにして、我が娘を」


 これまで、ずっと落ち着けず聞けなかったこと。俺に話があったのと同様に、フランツさんにも聞きたいことがあったようだ。


「あいつは自分が取り込んだ亜人や人間の力を利用できる。しかもそれだけじゃない。俺の見る限り……魔物の力まで取り込んでいた」

「な……なんと」

「クリームヒルトさんは騙し打ちにあったんだと思う。しかしだとしても逃げ切ることができなかったのは、あの……スライムの触手の力。それに……」

「…………」

「あいつはその気になれば複数の力を同時に出現させることができる。亜人や魔族の様々な特徴を持つ、いびつな形をした化け物。ただの人間や亜人が、たった一人で立ち向かえるような相手じゃない」


 あれは、まさしく化け物だった。

 だが奇襲をしかけてあの状況だ。もし、時間さえあれば無秩序な〈暴食〉の力をしっかりと配置し、空を飛び森を駆ける完璧な姿になれるのかもしれない。


「う……うう……」


 突然、ベッドからそんな声が聞こえた。

 クリームヒルトさんだ。

 これまで、ずっと眠っていたクリームヒルトさん。しかし俺たちの治療が功を奏し、とうとう目を覚ましたようだ。


「おお……クリームヒルトよ。無事であったかっ!」

「ち、父上っ! ご、ごめんなさい、あたしは」

「良いのだ……」


 フランツさんはクリームヒルトさんを優しく抱きしめ、祈るように両目を瞑った。涙こそ流していないものの、そこには深い感動と慈愛の心が表れている。


「良いのだ、クリームヒルトよ。すべてはこの族長の驕りゆえ。あのような邪悪な敵の存在を見下し、見逃してしまったことが罪。善人でないことは察していた。あの時、この村総出で殺しておけば……」


 無理、だろうな。

 あの時点でアルフレッドはただのスキル持ち人間だった。いくらフランツさんが老練な族長とはいえ、殺すレベルまで敵意を持つことは難しい。

 とはいえあの時点で判断を誤ったのは事実。誇り高い族長としては、やはり己の失点を許せないんだろうな。


「クリス殿はそなたを助けるために奔走してくれた。お前からも感謝しておくように」

「クリームヒルトさん、俺のことを覚えているか?」

「覚えている、あなたがあたしを助けてくれたんだな。あの時手を握ってくれた」

「ああ、その通りだ」

「本当に感謝している! あなたは命の恩人だっ! あなたがいなければあたしは死んでいた! あの時、あたしを助けてくれたあなたはこの村のどんな男たちによりもかっこよくて逞しくて、とてもすごい奴だと思ったっ!」

「大袈裟だよ。今回はたまたま奇襲が成功しただけ」


 あの時点でアルフレッドは俺のことを認識していなかった。自分を邪魔する存在がいるとは夢にも思っていなかったはずだ。

 だが今は違う。奴はクリフという妨害者の存在を認識した。次に何かを仕掛けることがあれば、今回のようには上手くいかないだろうな。


「父上っ! おりいってお願いがあるっ!」


 そう言って、クリームヒルトさんが俺の手を握った。

 何で俺? フランツさんに話があるんじゃないの?

 

「あたしはこの方と結婚したいっ! それを許可して欲しいっ!」

「え?」


 結婚?

 突然、何言ってんだこの子は? アルフレッドとの戦いで頭をやられた……ってわけっじゃないよな?


「け、結婚って、俺たちまだろくに自己紹介もしてないだろ? どうしていきなりそんな結論になった?」

「知ってる! あなたの名前はクリスっ! 強いっ! 以上!」

「いや以上って……それだけなのかっ!」

「強い男が好きだ! 大好きだ! 結婚しよう! 子供を産んで幸せになろうっ!」

「は、はぁ?」


 鼻息荒いクリームヒルトさんが俺に迫ってきた。頬が赤く興奮したその姿は、どこか発情した獣を思い出す。 


「く、クリームヒルトさん。少し落ち着いて欲しい。今はきっとアルフレッドに襲われたせいで疲れているんだ。冷静になって俺という人間を見つめなおせば、考えが変わるかもしれない」

「そんなことはないっ! あたしはクリスのことを愛している! 結婚しよう!」

「と……とにかく少し時間をおこう! 絶対にその方がいい」

「クリームヒルトよ。クリス殿が時間をくれと言っているのだ。ならばこの件はしばらく後回しにするべきということ」


 父親からの声に、クリームヒルトさんは興奮を抑え一歩引いた。しかし俺を見つめるその瞳は、明らかに恋する乙女のそれだ。


「しかしクリス殿、これだけは伝えておく。我は娘とそなたとの結婚を許可する。我が一族総出で歓迎しよう。クリス殿にその気があれば、の話だが」

「父上っ! ありがとうっ!」


 おいおい……本気か? かわいい娘はやれん、って言ってくるかと思ったんだが。ここに来てからの働きで、俺が良い意味で認められてしまったってことか?

 落ち着け、俺。今はやるべきことをやろう。時間はもらったんだ。クリームヒルトさんだって時間がたてば俺のことを忘れるかもしれないしな。所詮はぽっと出て助けただけのヒーローだ。その恋は勘違いである可能性も否定できない。

 そして実際のところ、今の俺にはやるべきことが多すぎる。


「さてクリス殿。そういえばあの時、話の途中で邪魔が入ってしまったな」

「あの時……?」

 

 言われて、思い出す。

 クリームヒルトさんの件で流れてしまった話だ。アルフレッドが狙うエルフ族と天使族について聞こうとしていた。

 エルフの話は聞いた。で、確か天使族の話を聞こうとしたときに邪魔が入って聞けなかったんだ。


「そうでしたね、天使族の話を。それで、天使族はどこにいるんですか?」

「天使族は滅んだと聞いている」

「え?」


 滅んだ?

 滅んだ亜人ならアルフレッドに捕まる心配もないか。もっとも、どこかに生き残りがいる可能性もあるが……。


「本当に種族として滅んだんですか? 村がなくてもどこかに生き残りがいる可能性は?」

「この百年、天使族を見ることもなくなった。今は遺跡が残るのみだ。少なくとも龍人族としては天使族を見かけたことはない」

「遺跡、ですか?」

「ここより南に位置する、大森林の中にある遺跡だ。正確な位置は……」


 フランツさんがその遺跡の場所を説明した。地図はない。川や地形の位置を説明しての回りくどい方法。本人としても直接訪問したことがないらしいので、詳しく話ができないのだろう。


「そこは……」

「心当たりがおありかクリス殿?」


 村長が示した場所。

 遺跡と言われてなんとなくは想像していたのだが、そこはまさに俺がつい先日〈古代樹の種〉を手に入れた場所だった。

 そこにいた、翼の生えた亜人の少女を思い出す。ひょっとして、あの人が天使族なのか? ありえない話ではないな。

 あの場所に一人で暮らしてるなら、まずアルフレッドに捕捉されることはないと思うが、一応……話だけでも伝えておいた方がいいよな。あんな風に来訪者に顔を出していたら、あいつに捕まってしまう危険がある。警戒心だけは持ってもらいたい。


「族長。天使族に心あたりがあるので、俺はその遺跡に向かってみようと思います」

「エルフの件はこちらに任せておけ。盟主たる龍人族の長として、すべての亜人に警告を発しよう。アルフレッドという男について、そしてエルフはこの村に集めて保護することとする」

「そこまで……骨を折ってくれるのですか?」

「もはやそなただけの問題ではないのだよクリス殿。我々にとってあの男――アルフレッドは許しがたき大罪人。奴の邪な野望を打ち砕くことは……龍人族にとっての使命とも言える」

「ありがとうございます」


 これでエルフの件は解決だな。

 そしてもう一つ、問題がある。

 俺の存在はすでにアルフレッドにばれてしまった。奴は全力で俺を殺そうとするだろう。そして奴は俺やナターシャが暮らしていた村を知っている。

 幸いなことに、俺は自分のことを『クリフ』ではなく『クリス』と名乗っている。クリフがいないあの村を、アルフレッドがどうこうするとは思えないが……。

 拠点は、移した方がいいだろうな。今はあいつに顔が割れてしまっている。あの村にこれ以上住んでたら迷惑が掛かってしまうかもしれない。

 とすると……。


「族長、もう一つ頼みたいことがあるのですが良いでしょうか?」」

「断りを入れる必要などないクリス殿。我らにとってそなたは大切な恩人。応えられるかどうかはさておき、気兼ねなく声をかけてもらって構わぬさ」

「俺はアルフレッドに顔がばれてしまいました。あいつは人類の英雄で、王国でかなりの影響力を持っています。もう、俺が人の村に住むことは難しいかもしれません。よろしければここに住まわせてもらえませんか? もちろん、必要な食料や水は自分で調達しますので」

「はははっ、何も遠慮することはないさクリス殿。そなたは娘を救った恩人。ここに住みたいと申すなら、丁重にお迎えしよう」

「あたしの家に来るといい! 一緒のベッドで寝れるっ!」 


 うーん、そうなるよな。でもそんなつもりはないんだよなぁ。

 でもここ以外に安心できそうな拠点が……。


「と……とりあえず先に遺跡へ向かいます。それから俺が今まで住んでいた仮住まいの引き払いも。移住の詳しい話はそのあとに」

「うむ、それもそうであろうな。ではしばらくの別れた。健闘を祈るぞ」

「あたしもっ! あたしもクリスと一緒に遺跡に行きたいっ!」


 突然、クリームヒルトさんが手を挙げてそう主張し始めた。やれやれ、この前勝手なこと言って族長に怒られたばかりなのに。また同じ目にあうぞ……。


「許可する」

「え? よろしいのですか族長? 彼女は病み上がりで……」

「我ら龍人族の回復力を舐めないでいただきたい。それに、クリス殿のそばなら安心であろう。なにも問題は起きぬよ。いや、むしろ起きてほしいと言うべきか……」

「父上っ! それってっ!」

「ははは、よしてくださいよ」


 冗談……だよな?

 死にかけたせいで、娘に対して優しくなったのかもしれないな。まあ、俺も一人より二人の方が心強い。無理に断る必要はないか。


 こうして、俺はクリームヒルトさんと二人で遺跡へと向かうことになった。



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