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寄生樹の治療法


 しばらく、俺は森の中を駆け抜けた。

 アルフレッドから逃げるためにはそれが必要だと思った。あの巨体で森を抜けることは不可能だが、人間形態に戻れば十分に追跡可能だ。もし奴に見つかり戦闘となってしまったら、俺にとって命の危機。それだけは避けたい。


 ほどよく森林や岩に囲まれた地点で、俺は足を止めた。そのまま〈草々結界〉を起動し、周囲に人の気配がないか確認する。

 無人。

 この索敵魔法を張っておけば、とりあえずアルフレッドは大丈夫だろう。駆みたいな広範囲索敵魔法を奴が持っていないことを祈ろう。

 

 そして、次の問題だ。

 俺はこれまでずっと抱えていたクリームヒルトさんを岩へと下し、改めてその姿を確認した。

 それにしても……疲れたな。息が辛い。緊張と激しい運動。両方によって心身ともに相当の負担だったからな。本当ならここでゆっくり休みたいのだが……。


「…………クリームヒルトさん」


 こ……これは。

 あまりにもひどい、その状況。

 触手による足のやけどはともかくとして、腹部の刺し傷があまりにも致命傷だ。完全に中心を貫通しており、腸か何かを傷つけていることは想像に難くない。

 止血して包帯を巻いて、というレベルを超えている。元の世界であれば病院に、この世界であれば数人の治療魔法でなんとかする、といったところだろうか。

 

 俺の植物魔法は治癒専門ではない。だが今から移動したとしても、そして俺自身が適当な対処療法をしたとしてもクリームヒルトさんは死ぬ。素人の俺でも分かるレベルの大けがだ。

 つまり、俺が対処しなければならない。


「上手くいかないかもしれないけど、許してくれよ」


 俺は〈森羅操々〉を起動し、とある植物の苗を生み出した。

 寄生樹、と呼ばれるこの植物はヤドリギの一種で人体に寄生する。その時植物の根は俺たちの体の一体化し、栄養を吸うことによって人体をミイラ化して殺す。

 毒はない。そして、寄生してすぐに体を一体化させるため、傷口を修復する機能がある。つまりこいつの栄養吸収機能さえ阻害してやれば、自然な形で傷口を塞ぐにはもってこいということだ。

 魔力に汚染された植物を研究する過程で身に着けた、俺オリジナルの治療法だ。


 だがあくまでこれは研究過程の技。動物に試したことはあるが……人や亜人ではこれが初めてとなる。

 できるか?

 いや、悩んでる暇なんてない。時間がたてばクリームヒルトさんは死ぬ。

 もう、俺の前で誰も死なせたくはない。

 だから……やるんだ。


 俺は寄生樹の苗をクリームヒルトさんの傷口に置いた。

 その血に反応し、寄生樹は即座に動き始めた。まるで嘗め回すように根が傷口へと這っている。

 寄生樹はクリームヒルトさんの腹部を侵食し、血管が脈打つようにうごめいている。まさしく、寄生されているのだ。 


「う……うう」


 呻くクリームヒルトさん。痛がっているのだろうが、意識を失っているよりはまし。

 見た目は、思い通りに応急処置できているように見える。変な副作用がなければよいのだが……。

 

 そしてゆっくりと、彼女の目が開いた。


「うう……」

「クリームヒルトさん、分かるか? 俺は村長の知り合いだ。今、アルフレッドの奴から受けた傷を治療している。傷口が開くから、あまり動かないで欲しい」

「あなたが……あたしを……助けてくれた……のか?」

「ああ、そうだ」

「うう……あたしは……」

「動かないで」


 体を起こそうとしたクリームヒルトさんを、俺は止めた、彼女の手を握り、そっと岩の上へと誘導する。


「大丈夫、俺の魔法で治してみせるから、落ち着いてくれ。あとでどこかもっとゆっくり休めるところにも連れていく。だから焦らなくていいんだ。力を抜いてくれ」

「暖かい……手、父上……みたいな……」

「無理して喋らなくてもいい。俺に任せて、さあ」

「ごめん……なさい。あなたに……任せて……」


 クリームヒルトさんは気を失ったようだ。

 傷口は塞がった。だが、出血がひどかったせいもあり彼女の顔色は悪いままだ。

 血を増やす栄養剤みたいなものを作り出すことは可能だ。だが、今の彼女にそれが飲めるとは思えない。やはり本格的な治療が必要だろうな。

 それにこのままここで治療していても仕方ない。いつアルフレッドがやってくるかもわからないからな。


 やはり一度龍人族の里に戻るべきだ。少し遠回りして、アルフレッドと出会わないように帰ろう。向こうならクリームヒルトさんを落ち着かせて、上手くいけば魔法か何かで治療できるかもしれない。


「クリームヒルトさん。あなたが本格的に治療をできるよう、里に戻ることにするよ。少し辛いかもしれないけど、俺が背負って連れていく。耐えてくれよ」

「…………」

「聞こえてない、かな」


 おそらくは、聞こえていないとは思う。だけど念のため、目的を説明しておくこととしよう。


 こうして、俺は秘密裏に龍人族の里へと戻ることとなった。

 最初に通った経路の反対側。王国首都から里への道と全くの正反対。距離は多くなったものの、危険な獣や魔物に遭遇することもなく安全に進むことができた。

 途中でアルフレッドと遭遇することはなかった。森の中で俺を探しているのか、それとも諦めて人里へと帰っていったのか。詳しくは分からないが、とりあえず奴の脅威から逃れることに成功したようだ。

 

 そして、俺は龍人族の里へクリームヒルトさんを運ぶのに成功したのだった。

 即席の治療をしたとはいえ、未だ危険な状況だ。俺とフランツさん、それから治癒魔法に優れた龍人とともに本格的な治療を行うこととなった。

 ああ見えてやはり親子の絆は深く、フランツさんはひどく娘のことを心配していた。彼の祈りが報われ、クリームヒルトさんが全快してくれると良いのだが……。


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