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歪な化け物


 俺は必死にクリームヒルトさんを探した。

 フランツさんにその気がない以上、俺の手でどうにかするしかない。

 ……もしかすると杞憂であるかもしれない。クリームヒルトさんがアルフレッドを倒さないまでも上手く逃げ出している可能性もある。

 だが敗北して危険な目にあっているかもしれない。そうならないために、今、俺がこうして駆けているのだ。


 もちろん、そのままアルフレッドと対峙してしまってはまずい。俺はエルフの容姿をしているとはいえ、顔はとてもクリフに似ていておまけに植物使いだ。奴がもし俺をクリフだと認識すれば、おそらく相当の敵意を買うことになるだろう。雑魚だと思っていた気に入らない無能に邪魔をされたのだ。別れた時には見殺しに近い状況だったが、恨みを買えば間違いなく殺されてしまう。


 邪魔をする以上敵意を買うことは避けられない。だがリスクを避けるため、俺の正体を隠した方がいい。

 そこで思いついたのが、この仮面だった。

 ツタを編んだような構造のこの仮面は、俺が〈森羅操々〉によって生み出したものだ。

 こいつを身に着けることによって顔が隠れる。顔さえ隠れれば耳だけ見えてただの亜人であることが分かる。そうすれば少なくともクリフとの関係性を察知されることはない。アルフレッドの知るクリフは人間だからだ。


 荒い方法だが手間をかけている時間はない。クリームヒルトさんはアルフレッドのとって格好の生贄。彼女を見つけたのが人目に付かない場所であったら、すぐにでも殺してしまうだろう。

 

 禿げた岩肌を抜けた俺は、緩やかな森林地帯に突入した。王国の首都と龍人族の里との位置関係なら、おそらくこのあたりにアルフレッドがいるはずなのだが……。

 いたっ!


 即座に足を止め、木陰に隠れ様子をうかがう。


 俺の懸念は、完全に的中してしまった。

 かつてナターシャがそうであったように、クリームヒルトさんもまた腹部を刺されて瀕死の重傷だった。おまけにアルフレッドが生やしたスライム状の触手によって掴まれている。

 あの触手はアルフレッドの力か? 亜人の力を吸収? いや、あの見た目は人間でもなければ亜人でもない、魔物の姿で……。

 アルフレッドの奴、魔物も吸収しているのか。なんて奴だ。亜人や人間とは比べ物にならないほど身体構造が違う魔物の特殊な体つきを自身の力にできるなんて。奴は……俺が思っている以上に千差万別の力を持っているに違いない。

 やはり、アルフレッドは恐ろしい男だ。その力、確かに魔王に届くかもしれない。奴にそれにふさわしいだけの正義の心があれば……。


 アルフレッドの背後には、いつか見たように黒い霧の獣が出現している。ナターシャを捕食したときと同じものだ。つまり今、奴の計画は最終段階に入ったということ。

 もはや一刻の猶予もない。触手を構え、クリームヒルトさんが奪われたこの状態。勝つ必要はなく、彼女を抱えて逃げればそれだけでいいのだが……。それでも難度は高い。

 だが今更逃げ出すという選択肢は、ない。


 ――〈緑神〉っ!


 かつて大河との戦いで出現させた、緑の獣。幾多の植物を絡めて獣状にし、植物の精霊を宿した自立型の決戦兵器。

 最速で介入し最速で離脱する。何の捻りもないが最も単純で効果的な戦術。

 俺は〈緑神〉に跨り、すべての準備を完了させた。


 参るっ!


 意思を伝え、〈緑神〉を動かす。

 〈緑神〉はすさまじい速度で動いた。地面に敷かれたアルフレッドのスライムを避けるように、勢いよくジャンプして10メートル以上地面を離れての動きだ。


「え?」

「……何っ?」


 二人がこちらに気が付いた。

 だが、俺の方が速い。


 ――〈枝剣〉。


 枝を合成して生み出した、植物の剣。〈緑神〉の速度と合わさった斬撃をもって、クリームヒルトさんに絡みついた触手を切断する。


「て、てめぇっ!」


 焦るアルフレッド。

 だが、遅い。

 一瞬、無防備となったクリームヒルトさんを抱きかかえる俺。そのまま、〈緑神〉の速度をもって離脱を試みる。

 

「あな……たは……」


 その言葉を最後に、クリームヒルトさんが気絶する。

 もう……手遅れかもしれない。でも早く治療をすれば……あるいは。

 どこか落ち着ける場所……そうだな、まずは森の中を駆けよう。竜人族の里へ向かう道はあまりにも見渡しが良すぎて、あいつを撒くことができない。反対方向にはなるがいったん森の中を突き抜けて、しかる後に里へ戻ろう。

 その考えに従い、俺は〈緑神〉の移動に身を委ねていた。

 

 思案をしていた、その一瞬。

 微かな油断が、すべてを決していた。

 速度を出しながらも、クリームヒルトさんを両手で抱えているこの状況。視線はアルフレッドへと向けていた。だが、予想だにしない方法で反撃を食らってしまう。

 地面に薄く伸びていたアルフレッドのスライム。その一部が小さな触手となり、俺の向かってきたのだった。


「うっ……」


 〈緑神〉が高速で移動しているとはいえ、俺自身は両手両足を完全に固定されて身動きが取れない状態だ。必死になって体を反らしたが、完全に避けきることができなかった。

 

 仮面が、割れる。


 触手は俺自身の身体には当たらなかったものの、被っていた仮面を真っ二つに割ってしまった。

 露わとなる俺の素顔。

 し、しまった、仮面がっ!


「お前……まさか……クリフ?」


 一瞬の去り際に、そんな声が聞こえた。

 俺は今、エルフの姿をしている。常識であれば、俺だと気づかれる可能性は低いはずだ。

 だが〈暴食〉のスキルを持つアルフレッドは、過去に食した種族に変身することができる。自分の姿を変えられる奴であるから、エルフに変わったクリフの正体もすぐに察してしまったということか。

 

 俺はクリフじゃない。違う。魂が上書きされた。

 そんな言い訳をしている暇はない。話合いできる雰囲気なんかじゃない。

 俺自身も〈緑神〉も五体満足。だがアルフレッドの戦闘力は高い。そしてクリームヒルトさんを抱えての戦闘はあまりにも無謀。

 今はただ、逃げることに集中するだけ。


「待てやあああああああああああああああああああああっ! クリフううううううううううううううううううううっ!」


 叫び声を上げるアルフレッド。だがその姿は徐々に遠ざかっていく。

 よし、このまま逃げ切れそうだ。

 そう安堵していた俺だったが、次の瞬間、驚愕に震えることになった。


 あれは……なんだ?


 怒りに震えるアルフレッドの身体が、唐突に膨れ上がり変化した。〈暴食〉のスキルを使用した変身だ。

 だがその姿は、一言で言えば化け物だった。


 頭部には鬼族の角。

 獣の牙に、コウモリ状の耳。

 スライム状の両腕。

 背中には龍人族の翼。

 下半身は魚、馬、タコ、鳥、様々な動物の足やしっぽのようなものが乱雑に配置され、とてもではないが真っ当な生き物のようには見えない。

 おまけに、体の大きさも人間の3~4倍ほどある。


 歪な……神の冒涜するその姿。俺の生理的嫌悪感を呼び起こすには十分な姿だった。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオゥ! ク……クリフウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ! 殺殺殺殺殺殺殺ゥッッッ!」


 まさかここまでなのか?


「こ……こいつ……化け物か?」


 落ち着け、距離は開く一方だ。追い付かれなければ、なんてことは……。


 怒涛の勢いで動くアルフレッド。何足歩行か分からないその動きは、もはや這っているのか走っているのか分からないレベルだった。だがどんな筋肉をしているのだろうか、素早そうに見える。


 化け物の口が開き、何かの光が見えた。

 あれは……ブレス?


「死ネエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」


 ブレス放射。

 龍人族のブレスに劣るが、俺一人を葬るには十分な一撃。その轟音は大気を鳴らし、衝撃が俺たちの身体を激しく揺さぶった。 

 だが、アルフレッドの歪な体が悪い意味で作用してしまったようだ。うまく狙いを定めることができなかったようで、ブレスは遥か空の果てへと消えていってしまった。


「くそっ、なんなんだよあいつ……、このままじゃあ……」


 あまりにも、規格外のその力。

 俺は自らの死を覚悟した。

 が……。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 運は、俺に味方したようだった。


 その巨体で森をなぎ倒し、迫っていたアルフレッド。

 だがその大きく歪な体は至る所で木々や岩に接触し、そのたびに減速という結果になっていた。平地であればその速度で俺を抜かすことが可能だったかもしれないが、今、この障害物の多い場所では完全に逆効果だった。

 おまけに、奴は背中に翼を持っているものの、飛ぶような気配がない。おそらく、あのアンバランスな体では上手く羽ばたけないのだろう。


 もし、俺があのとき即座に龍人族の里を目指していたとしたら、あの障害物のない渓谷で奴に追い抜かれて……殺されていたかもしれない。

 あいつから逃れることを第一に考えた俺の戦術が、生存戦略へと繋がったのだった。


 背後の怒声に恐怖を覚えながら、俺はクリームヒルトさんとともに山の奥深くへと逃げて行ったのだった。


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