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触手


 龍人族の娘、クリームヒルトは空を駆けていた。

 勇者アルフレッドの仲間となり、この世界に龍人族の名を知らしめる。少女が抱くにはあまりにも大きく果てない大望。しかし、魔王討伐という前人未踏の偉業を成し遂げることができれば、それも夢ではないかもしれない。

 空から俯瞰する渓谷は岩肌の露出した大地。尋ね人を探すのはそう難しくないと思っていたが、周囲に人影は見当たらない。どうやら、アルフレッドは思ったよりも素早く移動しているらしい。

 禿げた渓谷を抜け、やや植生の戻ってきた山の中。

 そこに歩くアルフレッドを見つけたのは、探し始めて二十分が経過したころだった。


「アルフレッド殿っ!」

「ん?」

 

 足場の悪い山の中を、しっかりとした足取りで前に進んでいたアルフレッド。

 そんな彼が、声に反応してこちらを向いた。


「お前は……龍人族? あの時いた娘だな」

「あなたの旅に是非あたしをお供させてほしい」

「そのために、追いかけてきたのか?」

「ああ、その通りだっ!」


 この申し出は予想外だったのだろう。アルフレッドは口元で笑みを浮かべている。


「おおっ、勇気ある少女に感謝しようっ!」


 そして、上機嫌にこんなことを言った。


「改めて自己紹介だっ! 俺の名はアルフレッド。人間の間では勇者だの英雄だの、少し身に余る二つ名で呼ばれたりもする。魔王を倒すために旅をしている」

「龍人族族長、フランツが娘クリームヒルトだ。一族の一員として、恥じない強さを持っている。足手まといにはならないだろう」

「ああ、龍人族は最強の亜人だからな。仲間になってくれるって話なら、俺から頭を下げたいくらいだぜ。まっ、これから俺らは仲間になるんだ。堅苦しい上下関係とか気遣いはなしにしようぜ。よろしくな」

「ああ、こちらこそっ!」


 アルフレッドが左手を差し出した。

 クリームヒルトとはその手を掴み、硬く握手を交わす。

 

 ――つもりだった。


「……えっ?」


 瞬間、クリームヒルトは己の身体が引き寄せられるのを感じた。警戒感は全くなかった。むしろ親愛のハグでもされるのではないかと思っていた。

 だが次の瞬間、彼女は己の身体に衝撃を感じた。


 剣だ。

 アルフレッドは己の剣でクリームヒルトを突き刺した。至近距離からの警戒もない一撃。その鋭い刃は完全に脇腹を貫通していた。


「あ……ぐ……」


 だがクリームヒルトは倒れない。直前、無意識のうちに体を反らすことによって重要な臓器の損傷は免れた。痛みこそあるが戦闘に支障はない。

 

「お……お……おのれええええええええええええええええええ! よくもっ!」


 クリームヒルトは空を飛び、その口を開いた。


「――〈凍皇の咆哮〉」


 即座に氷のブレスを放つ。

 〈凍皇の咆哮〉はすべてを凍てつかせ、凍死させる恐るべき技だ。父親であるフランツのそれには及ばないものの、クリームヒルトも龍人族として最強に近い技を習得している。

 ブレスの効果で周囲が凍った。

 まるで、ここだけ氷河か何かのようだった。


「……悪く思うなよ。お前が悪いんだ。あたしを怒らせたお前が……」


 凍り付いたアルフレッドの体を砕き、その首を手土産に村へと戻る。置手紙を残し勇んで出て行った手前、その程度の結果は示さなければならない。

 クリームヒルトはそう思い、高度を下げて彼の体に近づいた。


「嘘っ!」


 しかし突然、足を引っ張られるような感覚とともにクリームヒルトは地面に叩きつけられた。


「ぐ……ぅ……」


 足元を見る。


 触手だ。


 赤黒い、グロテスクな触手が彼女の足に絡みついていた。 

 その触手は地面を覆う赤黒いスライム状の何かから生えている。そして、その起点となっているのは……凍らせたはずのアルフレッドであった。


「あ……ああっああああああああああああっ!」

 

 焼け焦げるような痛み。触手に触れた足と手が、煙を発している。

 どうやら、毒らしい。

 クリームヒルトは即座に逃げようとした。しかし、足に絡まった触手がそれを許さない。


「逃がすかよ」


 突然、氷の塊が割れた。

 アルフレッドだ。

 凍ったはずのアルフレッドは無傷のまま地面に立っていた。いや、立っているという表現は正しくない。今や彼の足は完全に消失し、赤黒いスライムと一体化しているように見えた。


「ううううううううっ!」

 

 足の触手がすさまじい力で体を引っ張った。

 焼け焦げる痛みから集中力を欠いたクリームヒルトは、その力に抗うことができず、アルフレッドの前へと引っ張り出された。

 剣を構えるアルフレッド。

 逃げることは、できない。


「大人しく刺されてりゃそれだけですんだものを……」


 刺突。

 今度こそ、クリームヒルトは完全に腹部を突き刺された。完全に致命傷だ。逃げることも、そして生き残ることもできない。

 まぎれもなく、敗北だった。


「はははははははっ! まさかそっちの方からのこのこやってくるとはなっ! 龍人族ってのはプライドが高いだけの馬鹿っ! 亜人が馬鹿ならその盟主も大馬鹿野郎ってかっ! ははははははははははははははははははっ、初手で倒せなかったのは予想外だったが、それ以外は上手くいきすぎて笑いが止まらねぇよっ!」

「なんで……あたしを……なんの……恨みが……あって……」

「恨みなんてねぇよ」

 

 アルフレッドが剣を抜いた。

 すると、支えを失ったクリームヒルトの身体は重力に従い地面に倒れこんでしまった。

 

「俺はただの人間じゃねぇぜ。あらゆる力を取り込み、魔王すらも打倒し……やがて神に至る最強の男っ!」


 アルフレッドの周囲に黒い霧が立ち込める。


「食わせえろよ龍人っ! お前のその翼、ブレス、そして何より最高の身体能力。全部全部俺のもんだっ!」

「お前は……その……霧は……一体……」

「〈暴食〉。お前の力を食らう俺のスキルだ」


 黒い霧は獣の姿を得て、アルフレッドの背後に控えている。


「俺の〈暴食〉には条件がある。相手がある程度強い場合は……上手くいかねーんだよ。そいつを激しく動揺させ……精神力を弱めるか、あるいは徹底的に痛めつけて肉体を弱らせるか、そのどちらかが必要となる」

「…………」

「ま、これだけ弱らせときゃ失敗することもねぇだろうな。長話は終わりだぜ。死んで俺の糧となれ」


 黒い霧の獣がクリームヒルトに迫る。

 口を広げるその姿は、まさしく捕食する獣そのもの。霧の牙が皮膚を貫き、霧の顎が骨を砕き、霧の喉が生き血を啜る。そんな姿が容易に想像できた。

 クリームヒルトは即座に逃げようとした。だが出血と大けがの影響で思うように体が動かない。そしてもし、たとえ逃げるほどの体力が残っていたとしても、この男が逃亡を許さないだろう。


 万事休す。

 クリームヒルトは己の死を覚悟した。最後に思い出したのは、手紙を置いて逃げてきた父のことだった。


(父上……あたしは……)


 せめて、あんな言葉ではなく、別れのあいさつの一つでも残しておけば……。

 そう、後悔した。

 その、刹那。


「え?」

「……何?」


 クリームヒルトは、体が浮く感覚を覚えた。

 天に上る、などと言った比喩的な死ではない。誰かが体を抱きかかえる、その感触だった。


「あな……たは……?」


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