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置手紙


 しばらくして、アルフレッドは立ち去った。

 軽いお土産を貰って、すぐにいなくなったようだ。正直、ここに泊まるなんて言い出したらかなり困ったことになったのだが、そうならなくて良かった。まあ、俺は亜人であいつは人間だから、そんな申し出をしても受け入れられないと思うのだが。

 アルフレッドがいなくなるとすぐに、フランツさんがこの部屋に戻ってきた。

 

 俺はすぐに立ち上がり、彼に頭を下げた。


「あいつを追い返してくれてありがとうございます族長。俺の拙い言葉を信じてくれて、本当に感謝しています」

「正直なことを申せば、クリス殿と話をした時点ではほとんど信じていなかった。もちろんわざわざ仲間を差し出すつもりなど初めからなかったが、娘のわがまま程度であれば……聞いていたかもしれないな」

「でも断ってくれた。あれだけ強い口調で。何かあったんですか?」

「あの男の、目。亜人を見下し、馬鹿にしている者の目だ。言葉では取り繕っていたが、我の目は誤魔化せぬよ」

 

 ふふっ、と静かに笑うフランツ族長。老練な観察眼。ただ強いだけではなく、こうした騙し合いにも強く見える。

 龍人族の族長として、アルフレッドの底にある邪悪さを感じ取ったということか。

 俺と年季が違うとはいえ、見抜けるなんてすごいな。俺も出会ったときに気が付いていたら、ナターシャは死なずにすんだかもしれないのに……。


「ご息女との言い争いの件は本当に残念でした。辛い役目を押し付けてしまったこと、申し訳なく思っています」

「ははっ、よいよい気にするな。族長である我の言葉を聞かぬあれが悪いのだ」

「よければ俺と話をさせてもらえませんか? 俺の方から彼の脅威を伝えれば、族長への誤解が解けると思います」

「そこまで気に掛ける必要はないと思うのだが、まあ、そうだな。確かに旅人からの話を聞けば少しは納得するというもの。あ奴にも少しは疑う心を持ってもらいたい。誰か、誰かっ!」


 フランツさんの言葉に応じ、部屋の外から二人の龍人が現れた。

 若い男たちだ。魔族との戦いでも見た気がする。


「クリームヒルトをここまで連れて来い。先ほどの件で話がある」

「「はっ」」


 二人がすぐに空へ飛び立った。

 その様子を見終えたフランツさんは、すぐにこちらへと向き直った。

 

「さて、クリス殿。これからどうするおつもりかな? あの人間ならともかく亜人であるそなたならこの村は歓迎しよう。何もないところではあるが、泊まりたければ宿代わりの部屋は用意するが。今後の予定は決まっているのか?」

「ああ……俺もすぐにここを去ろうと思います」


 用事はない。それにアルフレッドの様子が気になるからな。

 

「ですがここからいなくなる前に、少し伺いたいことがあるんです」

「ほう、話を聞こう」

「俺も盗み聞きした話なので、詳しくは知らないのですが。アルフレッドは龍人族以外の種族も狙っています。エルフ族と天使族。この二種族の情報を教えていただきたいのです」


 ここでフランツさんに話をして、龍人族と同じように対策を取ってもらおう。わざわざ俺が探し出すよりその方が効率的だ。


「エルフ? エルフとな? エルフの話であればクリス殿がご存じではないのか? わざわざ我らに質問する意味は?」


 まあ、この容姿を見たらそうなるよな。

 俺が本当の意味でエルフとして過ごしていたのはここより遥か先の未来。そのうえ、村の外に出ることは全くなかった。外のエルフがどうなっているかなんて知らないし、仮に知っていたとしてもこの過去でもそうなのかは分からない。

 ただ、未来や人間としての話をして信じてもらえるとは思えない。ここは当たり障りのない話を……。


「俺は人間と一緒に暮らしてきたので、その、亜人の情勢について詳しく知らないのです。龍人族の話もアルフレッドを調べるうちに知ることができました。ですから俺には情報が必要なのです。先ほど龍人族は亜人の盟主と聞きました。であれば他の種族についても詳しいかと思ったのです」

「なるほど、理解した。我ら龍人族は亜人の盟主。王国の周辺に住むすべての亜人族の集落は把握している」

「本当ですが? それなら……」

「だがクリス殿。そなたの質問に対する答えは難しい」

「え?」


 どういうことだ?

 居場所を知ってるんじゃないのか? フランツさんの表情を見る限り、冗談でも悪意があるわけでもなさそうだが。


「まず、エルフ族についてか」

「はい」

「この周辺でエルフ族は集落を持っていない。どこか別の亜人の村に住んでたり、定住していなかったりと、そもそも人数が少ないゆえにこのような状態なのだよ」

「そう……なんですか?」


 まさか、村まで存在しないなんてな。だからアルフレッドの奴もどこにいるか見つけられなかったってことか。


「まあ、よくある話だ。近頃は魔族のせいで村が滅ぼされることも多いからな。何人かの居場所は我も把握している。あとでその場所に――」

「族長っ!」


 突然、龍人が部屋の中に入ってきた。

 さきほどフランツさんが命令していた龍人の一人だ。娘さんを連れてくるように命令されていたはずだが……近くに彼女の姿はない。


「何事か?」

「族長、大変ですっ! クリームヒルト様がっ!」


 そう言って、龍人の男が紙を差し出してきた。

 白紙、に見えたその紙。しかし反対側には何かの文字が書いてあるように見えた。


「…………」


 俺はフランツさんの隣でその文字を覗いた。


 父上のばーか!


 と書かれていた。

 こ……これは……クリームヒルトさんの置手紙? 父親に叱られたことへの反発? 

 これ以上のことは書かれていない。だがしばらく探しても彼女が見つからなかったところを見ると……。

 あの子、まさか一人でアルフレッドの下へ向かったのか?


「やれやれ、我が娘ながら仕方のない奴だな。もうよい、娘は好きにさせる。探すのは止めであると、もう一人にも伝えておけ」

「はっ」


 クリームヒルトを探していた龍人は、フランツさんの命に従い再び部屋から出て行った。


「ご息女を連れ戻さないのですか?」

「旅人よ、そなたの言葉が真実であろうと何も問題はない。娘、クリームヒルトは我が力を受け継ぐ強者。邪な人間であれば必ず返り討ちにあうであろう。あの男が亜人を見下し馬鹿にしているのであれば、自業自得というもの」

「ですが族長、不意打ちか何かで彼女が負けてしまうという危険性も……」

「はははっ、よしてくれクリス殿。そなたまで我らの力を疑うつもりか?」


 駄目だ。

 一族に対する妙な自信。たとえ不意打ちであるとしても勝てるという確信。だからこそアルフレッドが悪だと見抜いても……手を打つつもりがない。


 あの力は……武力でどうにかできるものじゃないと思うんだけどな。俺の思い過ごしじゃない。間近で奴の実力を見た俺だからこそ……確信できることがある。


 だけどそれをこの人に伝えるのは難しい。奴の力を実際に見たわけではないし、何よりこれ以上負けるかもという話題を聞いてくれそうにもない。

 つまり……。


「…………」


 悩む必要なんて、ないよな。


 俺が……行くしかないっ!

 

 ずっと、アリスのことばかり考えていた。彼女を助けるためにいろいろと骨を折ってきた。

 だけど、その結果どうなった?

 前回の人生、大河や瑠奈の悲劇的な結末を思い出す。あれは俺にとって悲しい結末だった。たとえ万が一あの後アリスが救えたとしても、一生を後悔して過ごすことになっただろう。

 ああなっては……駄目なんだ。


 そう、この世界のナターシャみたいなことになっちゃいけないんだ。

 俺は彼女の末路を見て気分が悪かった。こんなことがあってはならないと思った。 

 確かに、アルフレッドと俺は直接敵対していない。奴が魔王を倒してくれるというのであれば、それに乗っておくのが一番だ。奴が強くなるのは俺にとってプラスとなる。

 冷静に俯瞰すれば、そう考えることもできる。


 だけど俺は、今度こそ後悔のない人生を送りたい。アリスを、大河を瑠奈を、そして今目の前にいる罪のない人々を救うために動きたいっ!

 俺はクリームヒルトを助けるっ! たとえおせっかいと言われたとしても、アルフレッドが弱体化して魔王を倒せなくなったとしてもっ!


 この龍人族の里に来た時とは、決心の度合いが違う。俺は今、明確に奴を敵と定めた。そのために動こうと心を決めた。

 

 こうして、俺とアルフレッドの争いが始まった。


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