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龍人族クリームヒルト

 

 龍人族の里への、アルフレッドの来訪。

 奴の目的は龍人族の力を奪うこと。〈暴食〉の力に晒されれば彼らは死んでしまう。

 

 こんなに、すぐにやってくるなんて。

 しまったな、奴に顔を見られるわけには……。


「クリス殿はここに隠れているとよい。先ほどの話が真実であるとすれば、あの男とあまり良好な仲とは言えまい」

「……感謝します」


 フランツ族長は部屋の外に出て行った。ここにアルフレッドが訪れないよう気を使ってくれたようだ。

 助かった。

 

 出口からそっと顔を覗かせ、外の様子を確認する。アルフレッドの顔を見る必要はない。フランツさんの後姿を追うだけで十分だ。

 フランツさんの動きが止まった。あのあたりにアルフレッドがいるのか?


「アルフレッド殿、と申されたか」

「おおっ、あなたが龍人族の長か。その通り、俺の名はアルフレッド。国王陛下の支援を受け、魔王を討つために働いている」

「ふむ、その名は我らの耳に入っている。人間の間では勇者や英雄と称えられているらしいな」

「俺の名を知っていたかっ! なら話は早いっ!」

「そなたは先ほどこう申したな。魔王を倒すために仲間が欲しいと。力を合わせれば倒せると」

「その通りだっ! 亜人だって魔王の被害を受けているはずだ。だから種族は違えど志は一つ! 一人一人の力が弱くても、皆の力を借りれば……」

「つまり我らだけでは魔王を倒せぬと? 力が足りないと?」

「そ……それは……」


 言葉が通じるということは、それだけ意思疎通ができるということ。

 アルフレッドもまた理解したのだろう。今、彼の申し出が快く思われていないという事実に。

 俺の言葉がどの程度フランツさんに響いたか分からない。だがひとまず、アルフレッドの邪悪なたくらみは最初の一歩で躓いたということだ。


「アルフレッド殿。我はそながたどのような人物か知らぬ。しかし我ら龍人族は身内だけで魔族を撃退し、そして戦わんとする意思がある。この地は魔王領から遠いが、すでに多くの亜人から陳情を預かっている。我ら龍人族は亜人最強であり亜人全体の盟主。そう遠くない将来、我ら自身がこの地を立ち、魔王を討つことになるであろう」


 亜人の盟主?

 初めて聞く話だ。彼らは他の亜人を動かすことができるのだろうか?


「ま……魔王の力は強大なんだっ! 俺とともに魔王を討つっ! それが最善手のはずだっ! どうして理解してくれないんだっ!」

「帰られよ勇者殿。我らは人間の力を借りぬよ。特に王族は亜人に敵意を持っていると聞く。後で難癖を付けられても困る。協力を申し出るのであれば、国王を通して正式に依頼していただきたい。そうすればまだ考える余地があるというもの」

「確かに国王は亜人を嫌っているかもしれない。だが俺と一緒に功績を上げれば、国王陛下だって認めてくださるはずっ!」

「少し……うぬぼれが過ぎるのではないかな? 王族でもない人間が国王の評価を覆すと? そもそもなぜ我らが努力して認められねばならんのだ? 我ら龍人族は凡百の亜人と違い最強を自負している。わざわざ骨を折ってまで仲良くする必要性は……ないっ!」


 無理だ。

 あの王女を見る限り、とてもではないが王族が亜人と対等な交渉をするようには見えない。そしてこの大渓谷には人間の支配が及んでいない。首都に近い亜人の村ならともかく、こんな僻地でわざわざ国王に認められ必要性はないよな。

 もはや交渉の余地もなさそうだ。アルフレッドは次にどんな手を打ってくるのだろうか?


「誰かっ! 誰かいないのかっ! 俺とともに魔王を討たんとする勇者はっ!」


 苦し紛れの最後の足掻きか。いや、一応本人も情熱みたいなものを示しておきたかったのかもしれない。たとえ無駄だとしても、魔王を倒したいというその熱意を示しておけば後で疑われにくいからな。

 だけどなアルフレッド。俺はお前のことをフランツさんに話した。もうお前が信用されることは――


「面白いっ!」


 は? 

 話はほぼ終わった、と安心していた俺の耳に聞こえてきたのは、完全な第三者の声だった。


「我が名はクリームヒルトっ! 龍人種の長、フランツの一人娘っ!」


 背中の翼をはためかせながら、宙に浮かぶ龍人族の少女。見た目の年齢は十代。緑色の髪をツインテールにまとめた、かわいらしい少女だった。


挿絵(By みてみん)


「魔王を倒し英雄になるっ! あたしたちの力を世界に認めさせる、いい機会だっ! 誰もいかないのであればあたしが付いていくっ! 我ら龍人族の偉大な力を、世界に知らしめるためっ!」


 おいおいおいおい……、なんだよこれ。

 せっかくうまい具合に話がまとまってたのに、何考えてるんだあの女の子。


「やめんかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 フランツさんの一括が、この渓谷全域に響き渡った。

 なんて声だよ。部屋に隠れてる俺さえも、ちょっと怖くて震えてしまったじゃないか。

 ここにいる俺でさえそうなのだから、直に食らっているクリームヒルトさんは相当こたえたらしい。地面に降り立った彼女は、半泣きになりながら翼を縮こまらせている。


「これは族長としての命であるっ! クリームヒルトよっ! 父の意に背くとは何事かっ!」

「し、しかし父上。これはあたしたちの力を世の中に広めるチャンスでは?」

「この愚か者、人間とともに力を合わせて何とするっ! 我らが一族であれば、一人で事を成す気概を持て。世の名声など必要ないっ! 一族の名を出すのであれば、まずは族長である我に従うのが筋であろうがっ! 分かったか」

「…………はい」


 うーん。

 なんだかエルガ村の村長に怒鳴られたころの俺を思い出すな。悪いことしてしまった気がする。

 でもアルフレッドは本当に危険なんだ。気持ちを踏みにじられたことはかわいそうだが、彼女自身のためでもあるということを理解して欲しい。


 フランツさんには悪い役を押し付けてしまったな。この件で親子が仲たがいなんてことになったら心が痛むから、あとで俺の方から直接彼女に話をしておこう。なんなら俺が悪役になってもいい。


「……すまなかったな。こんなことになるとは思ってなかった。俺がいても揉め事が増えそうだから、ここから立ち去ることにする」

「……申し訳ないなアルフレッド殿。我らはそなたを嫌っているわけではないのだ。ただ、これは一族の生き方の問題ゆえ……」

「いいさいいさ、こういうこともある。また用があったらここに来るかもしれないが、もう仲間を募るようなことはしない。これでいいよな」

「……感謝する。ここまで長旅であっただろうから、必要なら水や食料を渡そうか?」

「おお、それは助かる」


 こうして、アルフレッドは食料と水を貰ってこの龍人族の里から出て行った。

 仲間を募って龍人族一人を吸収する。その計画は破綻したということだ。

 次はどうするつもりなのだろうか? 近くに潜んで一人だけ狙うつもりなのか、それとも後回しにして別の種族を探すのか、はたまた王女の力を借りておびき出すつもりなのか。

 俺はアルフレッドではないから彼の思考まで理解できない。だけど、フランツさんならきっと上手くやってくれると信じたい。


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