村長の決定
自殺しようとしたアリスを、俺はなんとか押しとどめることに成功した。
「お、落ち着くのじゃアリスよ。何も結婚を認めないとは言っておらぬ」
さすがの村長も、事態の切迫さを理解したらしい。
俺はともかくアレンと、というのはあまりにも突然過ぎるバカみたいな話。アリスの本気が、村長の心を動かしてくれたんだ。
「早い者勝ち、というのは少々アリスやクリスに酷な話じゃのう。明日、広場で観衆の下決闘を行い、勝者をアリスの婿とする」
「は?」
この期に及んでアレンにチャンスを与えるその言葉。
俺はただただ信じられなかった。
アリスは、死ぬって言ったんだぞ? 首にナイフを当てて、俺が止めなかったら……本当に死んでいたかもしれない。
それほどの決意があったはずだ。
それなのに……こいつは……。
「いい加減にしろよ……」
「クリスよ。何か言ったか?」
「アリスは、命を賭けて嫌がってるんだぞ! それを聞いて、まだ俺たちの関係を認めないって言うのかっ! 俺たちは奴隷じゃないんだぞ! あんたの命令は俺たちの命よりも重いのかよっ! だったら――」
「この愚か者めっ!」
村長の怒声が、村の中に響き渡る。
「愚か者はどっちだよっ! あんたのその態度が――」
「クリスよ、お前、誰に向かって口をきいておるのじゃ。わしはこの村の長じゃぞ。わしに逆らってここで暮らしていけると思うのか? あてもなく森をさ迷えばどうなるか、知らぬわけでもあるまい」
「こんな村、今すぐ出て行ってやるっ! アリスと一緒にな」
「くくく……愚か者めが。もしそのような事態になれば、お前のことを王国に報告してやろう。倉庫に火をつけて税を台無しにした犯罪者とな。野獣に食われるのが先か、王国の兵士に殺されるのが先か……、いずれにしても、命は長くないじゃろうな……」
「くそ……お前……」
こんな森に何の準備もなく放逐されてしまったら、生きていくことは難しいだろう。
俺一人なら自由のために賭けてみてもいい。でもアリスは? もし、何かの拍子に殺されてしまったら? 追っ手の兵士を撃退できるのか?
……できるわけがない。
「じゃがわしはこの村の村長であり、公正に物事を判断せねばならぬ。クリスよ、おまえにもチャンスを与えようと言うのじゃ。この慈悲がなぜわからぬかっ!」
「…………」
「よいなクリス、アレン、それにアリスよっ! 明日の朝、広場での決闘をもってアリスの婿を決することとするっ!」
妥協とも言えない妥協案を示した村長。アリスの死でこの程度だというなら、もう、俺が何を言っても無駄なのかもしれない。
「へへへっ、村長さん。分かってるじゃねーか」
アレンが笑う。
筋骨隆々のアレンは、この村で一番の力持ちだ。その剛腕は一撃で大熊を葬り、巨木を打ち倒す。
対する俺は漁網に手こずるほどの腕力だ。単純な力比べであれば、一瞬でアレンに負けてしまうだろう。
だからアレンも、そして村長もまた俺が勝てるなどとは思っていない。こちら側を少しでもなだめようと、0パーセントに近い希望を与えたに過ぎない。
話は終わった。
だが、アレンはこの部屋から出ていくこともせず、よりにもよって無気力に座りこんでいるアリスのもとへと近寄った。
「ああ……アリス。待っててくれ。お前は俺の嫁だ。この瞳も、白い肌も、綺麗な髪も……全部、全部俺のもんだ」
美しく輝くアリスの髪を手で拾ったアレンは、それを愛おしそうに撫で、匂いを嗅いで、口づけをして嘗め回した。
「ひぃっ!」
吐き気を催すほどに気持ち悪いその光景に、アリスの血の気が引いている。
近づくアレンと嫌がるアリス。その姿は、まるで暴漢にでも襲われているかのようだった。
「止めろアレンっ!」
「へいへいっと、まだ俺の嫁じゃねーからな。ま、明日までは辛抱してやるよ。はっはっはっ」
そう言って、アレンは家を出て行った。
くそっ、なんなんだあいつは? 少しは好かれようって気持ちもないのか? アリスのことを綺麗な人形か何かと勘違いしてるとしか思えない。
「さて、村の皆にもこの話を伝えぬとのぅ」
村長もその後ろに続く。
残されたのは、俺とアリスの二人。
「…………」
アリス。
俺は一体、なんて声をかけたらいいんだろうか?
「アリス……」
「ひどいわ……こんなの。村長さん、あたしに全然アレンのこと話してくれなかったし。やっとクリスと一緒になれたと思ったのに、こんなのって……」
一度は自殺を考えたアリスだ。今、ここで家に帰してしまったらまた同じことをしようとするかもしれない。
朝、家に迎えに行ったら首を吊ってたなんて、絶対にあってはならないこと。
俺はアリスを抱きしめた。
「クリス?」
「俺だってアリスと一緒に暮らしたい。でもまさか村長やアレンがこんなにも否定してくるなんて思ってなかったんだ。許してくれ。簡単に話を進めようとした俺が……浅はかだった」
「クリス、ねえ、あたし、どうすればいいと思う? クリスは明日、アレンと戦って大丈夫なの? 怪我とかしたりするのよね? 殺されたりしたらどうしよう。……もし、ね、クリスがどうしても嫌だって言うなら、あたし……」
「信じてくれアリス。俺は必ずこの戦いに勝ってお前を救ってみせる。勝算はある。だから早まったことは絶対にするな。少なくとも、俺がアレンと決闘を終えるその時まで」
「……信じて、いいんだよね」
「任せろっ! 俺たち、夢を叶えてこの村を救うんだろ?」
「うん……任せる」
縋りつくアリスの頭を撫でながら、俺は考える。
そう、勝算はある。
アリスは、そして村長やアレンも勘違いしている。
俺の〈森羅操々〉は、ただ便利な籠や服を生み出すための家事魔法じゃない。
見せてやるよアレン、それに村長。
お前たちは間違いを犯した。
俺を甘く見過ぎたこと、そしてアリスを泣かせたこと、必ず後悔させてやる。