魔族クルトの襲撃
アルフレッドは悪だ。
〈暴食〉のスキルを活かすため、多くの種族やレアスキルを持つ有能な者を食らっている。彼の足元には多くの屍が積み上げられているはずだ。
俺は……どうすればいいんだろう?
アルフレッドを止めるか? でも奴の〈暴食〉を封じるということは、魔王との戦いに敗北するということだ。
もしこの世界で魔王が殺せなかったら? 俺の故郷は魔王の恐怖に怯え、大河たちはもっと絶望的な状況で召喚されてしまうかもしれない。
アルフレッドの行いには……目を、背けるしかないのか?
いや、待て。
そもそもアルフレッドが勇者を倒さなくてもいいんじゃないのか?
要は魔王さえ倒せばいいんだ。アルフレッドが他人の力に頼っているように、俺も自分で仲間を募って……そいつらと一緒に魔王を倒せばいい。
俺はアルフレッドのことが嫌いだ。他人とはいえ仲間のナターシャを躊躇なく殺し……自分の糧としてしまったその横暴さ。あまりにも目に余る悪行だ。
できれば奴を止めたい。
それが、俺の考えた結論だった。
しばらく、俺はヴィクトリア王女を監視した。
彼女が集めた亜人の情報。それを盗み見て先回りするためだ。
アルフレッドより先にその亜人に会い、警告を与える。奴は危険であると、騙すつもりであると。
あれだけ歩き回っているアルフレッドが得られない情報だ。王女の方でも調べるのに苦労している様子だった。
しかし三週間後、とうとう決定的な情報を得ることができた。
亜人、龍人種は北西の渓谷にいる。
大森林から外れた、荒れた大山脈。ここから遥か遠くに見える、緑のない岩肌の山々。そこに彼らは住んでいるらしい。
王女がそう報告を受けているのを盗聴した。このあと彼女はアルフレッドにそれを伝える。そして準備をした奴はこの地を旅立ち、龍人種の里へと向かうのだろう。
先回りするには、十分な時間だった。
――王都北西、ルーラ大渓谷にて。
魔王の勢力圏からやや外れているこの場所。道中、敵となる魔物たちとの遭遇は少なくて助かった。
だが、道を歩いているというよりは荒地を歩いているような状態で、魔法の力がなければ報告感覚を失うところだったかもしれない。
標高が高いため、気温が低く空気も薄い。動植物も極端に少なくなっているため、生活するのには不向きな場所だとは思うが……。こんな辺鄙な場所に住んでいるから、アルフレッドも位置を把握するのに苦労したんだろうな。
さて、そろそろ龍人族の集落に着くはずなのだが。
ん?
妙に、騒がしいな。
植物の監視魔法が、俺に遠くの音を伝えてくれる。
これは……魔物?
魔物が、この先に群がっている。
平時であれば逃げるところだが、魔物が集まる場所こそ俺の目的地。逃げるわけにはいかない。
さらに慎重に進んでいくと、魔物の群れを視認できるほどの距離となった。岩陰に隠れているため、こちらの姿が見つかる心配ないだろう。
毒々しい体色、赤い目をした異形の獣たち。
この魔物の群れ。
もしかして、龍人族の里が襲われている……のか? 何のために?
魔物って、こんなに集団行動をとるものだったのか? 群れで襲ってくることはあっても、こんな軍隊みたいな規模で仕掛けてくることはなかったと思うが。
……なるほど、俺の軍隊という表現は的確だったらしい。
夥しい数の魔物の中央に、指揮官とも呼べる一人の男が立っていた。
「我が名はクルト。魔王様に仕えし十二魔族の一柱。漆黒の牙、クルト!」
黒い翼、黒い角を持つ禍々しい姿は人のそれではない。服を着ているから当然魔物でもない。かといって俺の知識にある亜人とも異なる。
そう、これが魔族。
魔族、か。
以前の時代では魔王を除きすべて滅んだはずの魔族。魔王の仲間であり、魔物たちを操ることのできる存在。こうして目の前で見るのは……初めてだった。
「愚かな龍人族よっ! 魔王様に逆らったことを後悔するがいいっ! 皆殺しだっ!」
どうやら、魔王に従わない龍人族と魔族の争いらしい。
「愚か者はどちらか、知らしめてやろうぞっ!」
あれが、龍人族か。
緑色の羽を生やした、亜人の老人。おそらくは龍人族の村長か何かなのだろう。彼の号令の下に、多くの龍人族の人たちが戦闘態勢へと入った。
そして、戦いが始まった。
魔物は2000を超えるのに対し、龍人族の数は100を超えるか超えないかといったところ。
多勢に無勢、というのが戦いの常識ではあるが、この龍人族というのはその常識すらも覆してしまうらしい。魔族側が押されているようにも見える。
さて、思いがけないこの戦場に、俺は……。
「加勢するっ!」
別に俺は魔族の仲間というわけではない。わざわざぼんやりと試合を観戦している意味はない。
むしろ最終的には魔王を倒さなければならないんだ。ここで奴らの勢力を削っておくのがベスト。
俺はツタの力を使って跳躍し、そのままの勢いで龍人族の老人の近くへと着地した。
「――〈枝剣〉」
即座に一体、枝の剣で魔物を突き刺しておく。これで味方だという意思表示はできたはずだ。
「そなたは何者だ? なぜ我々を助けた?」
「俺は魔王と敵対する者。あなたたちの味方だ。助けに来たっ!」
「ふむ、とりあえずは……助太刀感謝する。詳しい話は後程に。今は奴らを……」
「はい」
こうして、俺たちと魔族の戦いが始まった。
もっとも、俺が手を貸さなくても龍人族側が勝利しそうな勢いではあったが……。この数に手を焼いているのは事実だ。悪いことではないだろう。
ただでさえ押していた龍人族だ。俺の助力を得たことによって、さらにその勢いは増していった。
「魔に呑まれろ。――〈魔界樹の蟲毒〉」
魔王の影響によって闇に染まった魔界の植物たち。
その力を参考に新たに開発した、俺の新しい力。
魔物たちの足元に生えたその植物は、すぐさま毒を生み出し拡散する。その毒は相手を侵し、溶かし、苦しめそして死に至らせる劇薬。通常の植物よりもはるかに危険で……そして恐ろしい代物だった。
「グ……ギギ……ギ……ギ……」
十匹以上の魔物たちが、俺の力によって地面へと倒れた。
魔王領の植物を参考にして組み上げた俺の魔法。どうやら実用性は十分なようだ。さらに戦術の幅が広がったな。
「ほう、見事のものだなっ! 我も負けてられぬというものよっ!」
龍人族の老人が空へと飛びあがった。
そして口を開き、呼吸を整えるしぐさをしている。
口元から漏れる煙。これは……ブレスか何かか?
「滅びよ、〈地獄の業火〉」
咆哮と衝撃、そして熱。
言葉で形容しがたい、強力なブレスが放たれた。
強い。
高火力、広範囲のそのブレスは、このような集団戦において最も威力を発揮する。炎に焼かれた魔物たちは、消し炭となってその命すらも燃えてしまったようだ。
やれやれ、これはすごいな。どうやら本当に、俺が助力するまでもなかったようだ。むしろたかが1000程度の魔物を引き連れてきた魔族に、同情を禁じえない。
「お、おのれエエエエエエエエエエエええっ! 龍人族、それにエルフまでもがっ! 我が魔王様の覇業を邪魔だてするかああああああああああっ!」
魔物はほぼ一掃されたが、このクルトとかいう魔族はしぶとく生き残っていた。とはいえもはや余裕もなく、ブレスをその身に受けた体は所々が焼けただれ……放っておいても死んでしまいそうだ。
一応、止めだけでも刺しておくか。
「――〈枝槍〉」
「ごっ!」
〈枝槍〉。
近くに生やした植物の枝を、そのままの勢いで突き刺す技。避けられればそれまでなのだが、このクルトとかいう魔族にはその力すら残っていなかったようだ。
「ま、魔王様……」
がくり、と倒れた魔族はブレスの余熱によって燃え上がり、骨も残らず消えてしまった。
倒した。
こいつ、自称では魔王の大幹部って話だったよな? だったらかなりの大戦果じゃないのか? これで歴史は変わったか?
いや、今の様子じゃ俺がいてもいなくてもこいつは死んでた。これで魔王陣営が弱体化したとは思えない。俺の知る歴史から考察するとすれば、やはり魔王は規格外の強さなのだろう。周りを削ってもさほど影響がないほどに……まさしくラスボスといった立ち位置なのか?
「負けるつもりはなかったのだがな。しかし手間が省けたのは事実。助力、感謝しよう」
「いえ、当然のことをしただけです。魔族は人類の……そして亜人の敵です」
龍人族の老人は、俺に感謝の言葉を述べている。
友好的に話ができそうだ。
「我ら龍人の隠れ里に、まさかエルフが訪れようとはな。それで、何用か? それとも先ほどの魔族が要件か?」
「話を聞いて欲しいんです。俺の知る悪……ある一人の人間の話を。あなた方に脅威が迫っています」
「ふむ、それは穏やかではないな。詳しく話を聞きたい。とりあえず、客人として里まで案内しよう。ついてこい」
こうして、俺は龍人族の里に招かれることとなった。