アルフレッドの野望
村への滞在は、二週間に及んだ。
もともと亜人語を勉強していた俺だ。村長という教師を得た今となっては上達が目覚ましく、この分であればすぐに会話が可能なレベルまで到達するだろう。
そして勉強以外の時間は状況の理解に努めた。まずは王都の位置を把握、そして遠くからアルフレッドの家、生活パターン、などを監視。
今日は少し遠出して、アルフレッドの様子を見に来ていた。
奴は強い。
もし面と向かって戦うことになれば、俺は殺されてしまうかもしれない。奴にとって亜人はその程度の存在だ。俺がクリフであること、〈古代樹の種〉で強化されたこと、どちらがばれても死につながる危険がある。
アルフレッドは気に入らない奴だが、死闘を繰り広げるほどに憎しみ合ってるわけでもない。出会わないならそれがベストだ。
俺は今、とある建物の近くに立っていた。
ここは酒場であり、中ではアルフレッドが仲間や知り合いと宴会のようなものを催している。窓から覗き込むのは危険だが、ツタを這わせて声を盗聴することは容易い。
かつて女王と駆の話を盗聴したように、安全に奴の動向を探ることができる。
少し離れて、窓からぼんやりと様子を見るだけなら大丈夫だろう。もちろん、近くで凝視するのは危険であるが。
「「「勇者アルフレッドっ! 英雄アルフレッド! 俺たちの英雄、俺たちの王っ!」」」
彼にとってはよくある、魔物退治の祝杯。
奴の知り合いが喝采の声を上げている。
俺には信じられない話なのだが、アルフレッドはかなり人望と名声を得ているらしい。まあ、あれだけのスキルと力を持った戦士だ。おそらく相当の魔物を屠ってきたのだろう。たとえどれだけ非情であろうと、人間にとってその戦果は事実となる。
「祝え祝えっ! 我こそは英雄っ! 非凡な努力と不屈の闘志が生み出した。人類の至宝っ! いずれ魔王を倒す者、それが俺だっ!」
このように、アルフレッドは自分の努力で力を身に着けたということにしたいらしい。相手の能力を奪う〈暴食〉はあまりにも危険でそして恐ろしい。もし奴が亜人だけなく『人間』をもまたその手にかけていたとしたら……とてもではないが周りに話せないだろうな。
ありえない話ではない。奴は……どこまで自分の力で戦っているのだろうか?
そしてそんな群衆たちとは違い、ヴィクトリア王女はある程度事情を知っているはずだ。彼女は今、アルフレッドの隣に座りながら淑女然として優雅に飲み物を飲んでいる。こんな酒場にはふさわしくない、まさしく王族といった感じだ。
しかしそんな彼女へアルフレッドは強引に抱きつき、キスをした。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」
ヒートアップするアルフレッドの知り合いたち。
「俺は姫さんと結婚してこの国の王になるっ! 魔王を倒して、この国に帰ったら盛大に結婚式だっ! 祝いの宴だっ! 待ってろよみんなっ! 陛下に頼んで浴びるほどの酒をふるまってやるからよっ! がっははははははっ!」
「素敵……なんて素敵なのアルフレッド様」
王女もまんざらでもない様子だ。
……なるほど。
民にも、そして王女にも信頼の厚い勇者。非の打ちどころのない英雄。それがアルフレッド。
確かに、俺が人間であったなら彼の英雄譚を称えただろう。後世に物語に残っていたように憧れの存在だったかもしれない。
だが今となっては、吐き気を催すほどの嫌悪感しかない。
しばらく、意味のない雑言とともに宴会が続いた。
そして体が火照って風にでも当たりたくなったのだろうか、アルフレッドが外に出てきた。入口はこの窓側から反対。直接顔を合わせる心配はないだろう。
後ろにヴィクトリア王女も続く。
「とうとう鬼族を吸収できたな」
そう、風にあたりながら呟くアルフレッド。ヴィクトリアしかいない今、余計な隠し事とは不要ということだろう。
奴も相当酒を飲んでたはずなんだがな、全然酔ってるようには見えない。何らかの解毒能力を保持してるのか?
「この数年、俺は多くの強者を〈暴食〉で食らってきた。だが、足りねぇ。足りねぇよ。俺は魔王を倒し、すべてを超越する至高の存在に……そう、例えるなら『神』のようになりたい。富も権力も名声も……すべてを手に入れるその時まで、俺の〈暴食〉は収まらねぇよ」
「夢に向かって突き進むあなたが好き。わらわはどこまでもついていくわ」
…………なんて奴だ。
どこまでも強く、どこまでも欲望のままに。
俺は初めてこのアルフレッドという男の中身に触れたような気がした。ナターシャを食ったこともまた、奴の壮大な野望の一環に過ぎなかったということだ。
「何が欲しいのアルフレッド様。わらわはあなたのために……どんなことでも……」
「最強の亜人として名高い――龍人種。天からの使い――天使族。美しくそして長寿である――エルフ」
……?
竜人種? 天使族?
聞いたことのない種族だな。それに突然なんでこんな話を……?
「この三種を食らい、俺は神へと至るっ! 喜べよヴィクトリア! お前は神の妻としてこの世界で永遠に称えられる存在となる」
なるほど。
アルフレッドが言う至高へと至るためのパズルのピース。それがこの三種の亜人ということか。
「表向きは……魔王を倒すための仲間として誘い出す。そして後から〈暴食〉で食らう」
「あの鬼族みたいに? また仲間ごっこでだまし討ちかしら?」
「おいおい、何言ってんだ。ナターシャは魔族との戦いで死んだ。クリフを庇ったせいでな。お前も見てただろ? くくく……」
「ほほほほほっ、そうだったわね」
こいつら、他の人にはそうやって言い訳をしていたのか?
反吐が出る。
「ま、冗談はさておきあんな長ったらしい演技はもう必要ねぇな。あれはあの女が人間と親しくしていたせいだ。ばれたときに言い訳できねぇと詰むからな、ある程度仲間だった実績が欲しかったってわけだ。その点、亜人だけならあとでウソがばれても構わねぇ。だから今回、ヴィクトリアは何もしなくていい。俺一人で片を付けてくる」
「それならいいわ。亜人と仲がいいなんて、アルフレッド様の頼みじゃなきゃ絶対にやらないわよ」
「それより、今言った三種の亜人の捜索を頼むぜ。俺の人脈じゃあ限度がある。王族の知識が必要なんだ」
「……もう、都合のいい時だけ頼み事? わらわのこと……便利な道具か何かと勘違いしてないかしら?」
「……すまねぇな、愛してるぜヴィクトリア! お前は俺の最高の女だ! 魔王を倒したら結婚しよう。そしてあの城で……二人で暮らすんだ」
「もう、またそうやって口だけで……」
しかし、言葉とは裏腹にまんざらでもない様子だ。
しばらく、二人の愛し合う声が聞こえた。こちらからは死角となっているため、音しか拾えないが。
まあ、わざわざ覗き見る必要もないだろう。
「頼んだぜ」
そして、ヴィクトリアは酒場に戻ることなく、城へと戻っていった。どうやらアルフレッドの頼みで亜人について調べに行くらしい。
一人、アルフレッドがこの場に残る。
どうやら、今日の監視はここまでで十分だろうな。むしろ王女の方を調べてみるべきか? アルフレッドより先にその亜人たちとコンタクトを取ることができれば……奴のたくらみを阻止して……。
いや、でも阻止したらまずいんじゃないのか? アルフレッドが強くならないと魔王を倒せなくなるぞ。
でも、ナターシャみたいな犠牲は……。しかし……それでも……俺は……。
そうやって悩んでいる俺のもとに、ふと、アルフレッドの囁き声が響いた。
「へへへっ、都合のいい女だ。せいぜい夢を見てろや」
こ……こいつ。
王女と……相思相愛じゃないのか?
なんて野郎だ。あのクズな女王すら騙して……自分の野望のために利用して……いるのか?
アルフレッドへの嫌悪感は増していくばかりだった。
本当に、俺はこのままでいいのか?
奴が亜人を……そして人間すらも裏切って勇者と称えられる英雄譚。俺は……本当にそれを黙って見ているだけでいいのか? 魔王さえ倒さればそれでいいのか?
…………。
…………。
…………。
止めよう。
こんなところで考え事していたら、不審者扱いされてしまう。いったん村に戻ってから考えることにしょう。