スーガ村
俺は力を取り戻した。
魂の影響か、やはり前世であるエルフの姿に戻った。その顔はクリフよりもかなり若々しい。だが同系統の魔法を使う似た顔の男、というわけだから知り合いに会ったら正体がばれてしまうかもしれない。このままアルフレッドに会うのは危険だと思う。
再びエルフの姿と巨大な力を取り戻した俺は、まず真っ先に村へと向かった。クリスとしてアリスとともに過ごしてきた、森の中にあるエルガ村だ。
拡張された〈森羅操々〉により、俺はこの周囲を捜索。数十年前の村の様子を探るためだ。
エルフは長寿種として有名。この時代にアリスはいなくても村長やアレンはいるはずだ。今のうちに何か伝えておけば、後の世で有利に働くかもしれないと思っての行動だった。
それに今、俺はエルフの姿をしている。同じ種族であれば情報を聞きやすいからな。
だけど、その目論見はすぐに破綻してしまった。
村がなかったのだ。
エルフが長寿種でも村が最近のものとは限らない。魔王を倒した後、村長がこのあたりに流れ着いて開拓したのかもしれない。冷静に考えてみれば、こんな毒々しい森の中に村があるはずもなかった。
ここはこの前とは比べ物にならないほどの過去だ。魔王のこと以外はいったん忘れることにしよう。
次に、俺はクリフの村を探すことにした。
ナターシャから亜人に寛容な村だと聞いている。つまりエルフの姿である俺を受け入れてくれる可能性が高い。このまま拠点もなく野宿で過ごすわけにもいかないからな。
村の場所はすぐにわかった。
亜人語ではなく人間の言葉を話す鬼族のナターシャ。彼女はあまりにも有名であり、王都近郊の村で出身地を聞けばあっさりと教えてもらえた。
そして俺は、ここにたどり着いた。
王都西、亜人の集落や大森林に近いこの村。
スーガ村。
「おお……クリフ! いやクリフ……じゃない?」
俺の姿を見た村人たちは、クリフのことを知っているようだが、俺の髪の色や耳の形を見て困惑している様子だった。
さて、どうするか……。
前世やアルフレッドの件を正直に話すわけにもいかない。ここは適当に誤魔化しておくのがベストか。
「すいません、俺はクリフではなくクリスという名前です。この村のことをクリフから聞きましたが」
「君は……クリフの知り合いなのか?」
「彼とは遠い親戚でして。ここは亜人に寛容な村だと聞いたので、しばらく住まわせていただきたいのです。俺の村は魔王に滅ぼされてしまって……」
「それは……お気の毒に。待ってなさい、今村長を呼んでくるよ」
村長と話すことになった。ここからが本番だ。
どうやらここから見える大き目の建物が、村長の家だったらしい。中から杖をついた初老の男性が出てきた。
「君がクリフの親戚かね」
「はい」
「しばらく住まわせて欲しい、とのことだが移住ではないのかね? いずれは出ていくということで?」
「少し拠点となる場所を用意したいのです。俺みたいに村の生き残りがいないか探したいので……、いないことも多いと思います」
「……ふむ、君もなかなかに大変そうだね。お気の毒に。ここは辺鄙な田舎村、土地は余っているから好きに使うといい。知り合いというならクリフの家を使っても構わない」
「……ありがとうございます」
村長の対応は極めて良好だった。
『クリフは農夫で奴隷のような人生』とアルフレッドが言っていたから若干の不安はあった。だけどナターシャの話を聞く限り悪い扱いは受けていないようだから、どっちに転ぶか心配だったのだが。
まあ、あいつは俺というよりも農民自体を馬鹿にしてる感じだったからな。
「衣類や食料が必要ならこちらで提供しよう。ただ、長く滞在するというなら多少農作業を手伝ってもらいたい」
「俺も少し用事があってこの村にいない時がありますが、空いてるときは必ず手伝います」
「申し訳ないね。村の者は問題ないのだが、王都の人間は亜人に厳しい者が多くてね。『奴隷にしろ』とか『亜人の村に帰れ』などと心無い暴言を吐かれることもある。もし不快なら、同じ亜人の村に行った方がいいかもしれない」
俺を拒絶しているわけではなく、純粋に心配している様子だった。
まあ、アルフレッドや王女の反応を知っているから納得のいく話ではあるが。
「俺は人間と一緒に暮らしてました。ですから『人間語』は話せますが『亜人語』を上手く話すことができません。それに亜人といってもドワーフや鬼族など様々な所属が存在します。言葉も違い別種族の俺では、どうにも馴染めそうにないんです」
「……いやはや、難儀な話だね。そこまで苦労されているとは……。そうだ、私で良ければ『亜人語』を教えようか?」
「本当ですか?」
「ここは亜人の村とも交流があるからね、覚えていた方が何かと便利だったのさ。日常会話程度なら問題なく話せるようになるだろうね」
「ありがとうございます、ぜひ、お願いします」
まさかこんなにうまい具合に話が進んでくれるなんてな。良い村そうで助かった。
お世話になってばかりじゃまずいな。俺も何か手伝えないだろうか?
そうだ……。
俺は〈森羅操々〉を起動した。
「な、なんだ! 地面から急に植物が……」
「俺は植物の魔法が得意なんです。よろしければどうぞ」
ツタの根には食用のイモ。
そして農作業用の簡単な防虫剤と栄養剤。
それらを魔法によって生み出したのだった。
本音を言うと、このあたり一帯を一生困らないレベルで援助することもできる。だがあまり派手にやりすぎて有名になっても困る。恩返し程度、ほどほどが一番だ。
とはいえ田舎村でその効果は絶大。
村人は興奮した様子で作物を見ている。
「クリフも植物の魔法を使えたが、こいつはけた違いにすごいっ! な、なああんた! 短期間なんて言わずこの村の住人にならないか? あんたがいれば一生食い物に困らない生活を送れるっ!」
「これこれ、止めなさいみっともない。彼には彼の人生があるのだから……」
村長が自制してくれる程度には抑えたつもりだ。
これで、ここでの生活は問題ない。
ひとまず、ゆっくり休むことにしよう。