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ナターシャの怪我


 〈鬼紋〉。

 

 ナターシャの放ったその魔法。

 おそらくは身体強化系。彼女の褐色の肌に紋様が浮かび上がり、筋力が強化されているように見える。


 ナターシャが動く。

 目標は、もちろん結界を破り侵入してきた魔物だ。

 ナターシャの速度はツタで補助した俺の動きをはるかに上回っていた。俺の〈緑神〉にすら迫るものがあるかもしれない。

 

 攻速のまま魔物に近づいたナターシャは、そのままの勢いで奴に拳を叩きつけた。何の捻りもないただの打撃技。それなのに、犬型の魔物は腹部をごっそりと抉られ……倒されてしまった。


 強い。

 魔物は相当な強さのはずだ。それを魔法込みとはいえ素手で倒してしまうなんて……。


 俺が身構える必要もなかったな。

 俺は何もしなくてよかった。


「驚かせてしまったかもしれませんねクリフ。ですがこれが私の力……。あなたを守る……この……」

「ナターシャっ! 後ろだっ!」

「え?」


 突如ナターシャの背後に現れた、新たな魔物。

 その数、五体。


 最初の一体は囮だったのか? 俺たちが油断したその隙をついて、本体が現れたということなのか?

  

 完全な、油断。

 しかしそれでも〈鬼紋〉を発動させたナターシャは強者だった。振り向きざまにその拳で一体を屠り、同時に足蹴りもう一体を激しく損傷させて吹き飛ばした。

 しかし――


「うっ!」


 魔物の一体が、ナターシャの肩に噛みついた。痛々しいその光景に、俺は思わず目をそらしたくなってしまった。

 しかしそれでもナターシャは戦い続ける。残る二体が俺のもとへとたどり着かないように、必死に追い払う。

 だが手負いの攻撃はあまりにも杜撰で弱体化したものだった。魔物たちを追い払えてはいるが、最初のように一撃で粉砕といった様子ではない。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 未だ魔物の牙は抜かれず、ナターシャを苦しめる。まだ大けが程度の話ですんでいるが、もし、肺や心臓を傷つけられるようなことがあれば致命傷になりかねない。


「ナターシャっ!」


 俺はすでに駆けだしていた。もちろん、魔物を倒し彼女を助けるためだった。


 だが、距離が遠い。


 古代樹の種によって強化されていたなら、この距離でも対応できただろう。そもそも索敵魔法で敵の存在を察知できもしただろう。だが、今の俺はただの非力な魔法使い。


 俺も、そしてナターシャも死を覚悟した……。


 その瞬間。

 

「どけ」


 ナターシャの肩に噛みついていた魔物が、吹っ飛んだ。

 完全に予想外の展開。


「俺の仲間に手を出すたぁ、いい度胸だ。覚悟できてんだろうな、この糞犬ども」

「アルフレッドさんっ!」


 勇者アルフレッド、帰還。

 鎧に返り血を浴びたアルフレッドが、剣を構えてナターシャの背後に回った。


「悪ぃなナターシャ、クリフ。俺が一人で殲滅するつもりだったが、どうにも数が多くてな。完全に俺の判断ミスだっ! 許してくれっ!」


 残る魔物たちと戦いながら、大声で叫ぶアルフレッド。どうやら魔物たちを取り逃した自分が悪いと言いたいらしい。


「お前らあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ! 俺の仲間に手を出して、どうなるか知らなかったとは言わせねぇぜええええええええええええええっ! 地獄を見ろやああああああああああああああああああああああああああああああああっ! オラぁああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 そして、アルフレッドはすぐに残りの魔物たちを屠った。

 魔法を使ったナターシャと同等か、それ以上の身体能力。魔法かスキルで強化しているのかもしれないが、それでも強者であるということは十分に理解できた。


 アルフレッドは十分に働いた。

 けど……俺は……。


「俺、こんなところで記憶がなくなって、何もできずにただ突っ立てただけだ……。アルフレッドさんに文句を言う資格なんかないよ。自分が……恥ずかしいくらいだ」


 アルフレッドを前に、俺はそう漏らさずにはいられなかった。


 まさか、ここまで無力を噛みしめることになるなんて……。

 俺は……この世界でもまた……無能を晒して失敗を重ねるのか?

 そう思うと、惨めで……悲しくて……泣いてしまいそうだった。


「クリフ……」


 俺の心情を察したのだろうか、アルフレッドが優しく微笑んできた。

 そして、その両手で俺を抱きしめた。


「クリフ、お前は俺の仲間だ。何も恥じる必要なんてねぇよ。記憶がなくなったとしてもな」

「アルフレッド……」

「遠慮なんかいらねぇさ。見返りとか利益とか、仲間ってそういうんじゃねーだろ?」


 大きく、そして暖かい体。

 まるで父親の腕の中にいるかのような、安心感。

 魔物は強く、恐ろしい世界かもしれない。でもこの人がいれば、俺は無事に森を抜けることができると思う。


「ナターシャもすまねぇな」


 俺から離れたアルフレッドは、次にナターシャと向き合った。

 噛まれた肩が痛々しい。ヴィクトリア王女は回復魔法を使えるのだろうか? 


「ありがとうございます、アルフレッド様。私も油断がなければ、こんなけがをせずに済んだかもしれません。ですから……あなただけが心を痛める必要はないと思います」

「ナターシャ、お前は俺の大切な……」


 さっき俺にそうしたように、アルフレッドがナターシャに近づきそして――


「――イケニエだ」


 アルフレッドの握る剣が――


 ナターシャの腹部に突き刺さった。


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