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勇者アルフレッド


 大河との決着の果てに、俺は……殺された。

 こんな未来を望んではいなかった。

 これが未来を歪めようとした俺への罰なのか? 死という運命から逃れることはできないのか?


 うう……頭が、痛い。

 俺は……死んだのか? 

 アリス……俺は……お前を……。


「おい……」


 なんだ? 

 天国の天使の声か? それとも、地獄の亡者の囁きか?


「おい……大丈夫か? しっかりしろや。声は聞こえてんだよな? なあ?」


 声が……聞こえる。

 誰か、男の声。 

 俺の身体を……揺さぶって……いる?


「クリフ! なあクリフ! 返事をしろっ!」


 覚醒の光が、意識の闇を照らした。

 この時点で、俺は完全に目を覚ました。


 どうやら、ここは死後の世界じゃないらしい。致命傷を負ってこの状態ということは……またしても、俺の魂はどこかに飛んでしまったようだ。

 

 ゆっくりと、眼球を動かして周囲を見渡す。


 どこかの、建物の中の部屋。

 だけどクラス転移で召喚されたあの城の中に比べれば、木質の質素な入口や床は豪華さに欠ける。しかしあばら家というほどでもない。どこかの集会所かなにか、というイメージが適切だろうか。


 絨毯もない、無機質な木質の床。そこに俺は倒れこんでいたようだった。死ぬ前はあれほどの出血だったのに、周囲には血の痕など全くなく、体にもそれらしき傷や痛みは存在しない。


 俺は……また召喚されたのか? 過去に戻った? 転移? 成長した体だから、転生ではなさそうだが……。

 

 周囲を見渡しても顔見知りは誰もない。男が一人と女が二人。どうやら……前回のような集団クラス転移ではないらしい。

 

「おいクリフっ! どーしたんだよお前!」


 そうして目の前で俺に声をかけ続けているのは、長い赤髪の男。鎧を身に着けているから、戦士か何かなのだろうか。

 それにしても、クリフ?


「クリフって? 誰だ?」


 俺は思わずそう呟いた。 

 それは、何の駆け引きも計画もない、まったく心から疑問に思ったゆえの発言だった。

 だがこの言葉は周囲の人たちにとってあまりにも衝撃的な発言だったらしい。目の前の男は焦りといらだちと狼狽と、とにかく感情を乱した様子で俺の肩を激しく揺さぶってきた。


「おいおい、面白くない冗談だぜ。しっかりしろよ。クリフはお前の名前だろ! ふざけてんのかよっ!」

「あ……ああ……」


 どうやらクリフというのは眼前の男の名前ではなく、俺自身の示す名前らしい。しかし言うまでもないことだが俺の名前はクリフではなく来栖だ。一度なら聞き間違いで済むかもしれないが、三度目四度目ともなればはっきりと聞こえる。

 この男は俺のことをクリフと呼んだ。

 と……いうことは、今の俺は……。


 周囲を見渡すと、ガラスのはめ込まれた窓があった。あまり綺麗な表面ではないが、ぼんやりと反射して俺の姿を映しだしている。


 誰だ、こいつ?


 そこに映っていたのは、エルフのクリスでもなければ人間の来栖でもない、完全な第三者だった。

 

 年の頃はクラス転移時の俺と同じ、二十歳前後だろう。

 見た目は俺によく似ている。だが、服が明らかに貧乏人のそれであったり、目の下のクマや頬がこけた様子は、どこか奴隷を思い出させるような様相だった。


 俺に似ていて疲れ切った男、というのが適切な表現だろうか。それがこの男――クリフの第一印象だった。


 どうやら、俺はこのクリフとかいう男の身体に入っている状態らしい。

 憑依? あるいは魂か何かを丸ごと上書きしたのかもしれない。

 

 やれやれ、めんどくさいことになった。

 まず、この赤髪の男に俺の事情を伝えないと。エルフだの異世界人だの伝えたら、前の女王みたいに差別される危険があるから、そのあたりの事情は誤魔化しておかないとな……。


「あの……ですね」

「ああん?」

「その、こんなこと急に言い始めて、信じてもらえないかもしれないけど。俺、なんだか記憶がなくなったみたいで」

「はぁ? クリフ、お前何言って……」

「いや、冗談みたいな話なんですけど、本当に皆さんの顔を覚えてなくて。俺、何か病気だったりとか、事故にあったりとかしたんですかね? とにかく、記憶が全くなくて。俺、ここで何をしてたんですか?」

「あー、まあ、事故と言えば事故か……」


 と、赤髪の男は少し納得した様子だった。

 どうやら、何の前触れもなくこの状態になったわけではなく、何かの出来事があったようだ。誰かが降霊術や召喚魔法でも使ったのか?


「ま、安心しなクリフ! たとえ記憶をなくしても、俺はお前を見捨てたりしねぇよ!」


 陽気な声で、俺の肩を叩く赤髪の男。敵意は存在しない。俺の事情を察したのか、むしろ心配しているようにすら見える。


「はぁ、ありがとうございます」

「お前はさ、この勇者アルフレッドの仲間なんだからなっ!」


挿絵(By みてみん)


「え?」


 勇者、アルフレッド?

 その名前に、俺は聞き覚えがあった。


 そう、俺はエルフの村で聞いたことがある。そしてクラス転移で大河やいろはとともに過ごしていた時も、同じ話を耳にした。 

 勇者アルフレッドの英雄伝を。

 

 数十年前、勇者アルフレッドは仲間たちと一緒に魔王と戦った。

 当時、王都西のモルガ=モリル大森林は魔族の勢力圏であり、そこに住む亜人や王都の住人はしばしば魔物の被害に苦しんでいた。

 しかしアルフレッドは、奴隷や亜人の協力者とともに森林を切り開き、魔族たちを追い払った。

 さらにその先の西の山脈まで魔王を追撃し、瀕死の重傷を負わせることに成功した。


 彼は人類にとっても亜人にとっても有名人。歴史に名を遺すほどの偉人。

 数十年前、この世界に平和をもたらした最強の勇者であり英雄。

 それがアルフレッド。



 これが、俺と勇者アルフレッドの出会いだった。




ここからが『勇者〇〇編』になります。

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