雷光神
大河と俺の戦いが始まった。
まずは小手調べ。
〈森羅操々〉によって植物を操り、中距離からの攻撃。
地面の草、周囲の木の葉。縦横無尽に繰り出される植物の棘は、大河の死角を捕らえて狩る凶器となる。
いつも敵を倒すときに使う方法だ。普通の魔物程度であれば防ぐことはできないのだが……。
大河へと迫る植物の棘たち。
だがそれは一瞬にして霧散してしまう。
「…………」
狂った様子の大河だったが、戦闘に関わるその頭脳は正常なままのようだ。俺の攻撃に対処している。
今のは?
確かめるため、次なる攻撃に出る。
ツタをしならせ、大河へと向かわせる。
が……。
バチッ、と放電するような音が響くとともに、俺のツタは焦げて消えてしまった。
雷の、結界。
今は見えていないが、雷の結界が張ってあるようだ。雷による攻撃だけでなくこういった防御も充実しているからこそ、大河は強いのだ。
「――〈白落雷〉」
と、大河が声を上げたその瞬間、即座に俺の周囲へと雷が降り注ぐ。
「ちっ!」
落雷というのは避ければいいというものではない。近くにいればそれだけで感電してしまう危険性がある。
避雷針となる背の高い木は用意したが、それだけでは不十分だ。距離を取り、防御力の高い樹皮によってこの体を守り、さらには正面からの大河の攻撃に対処する。
二回、三回と〈白雷〉が放たれる。
すさまじい光と音に身を震わせながら、必死になって避けている。
「…………」
昨日、俺は駆を打ち破った。
奴が放った大河の物真似〈白雷〉。
見知らぬ亜人程度であれば誤魔化せたかもしれないが、今、こうして本物の大河と対面している俺だからこそわかる。
駆の模倣など――児戯に等しい。
大気を操り、雨雲を発生さえ、さらに周囲の大気を誘導して指定の場所に雷を起こす。
それが駆のやり方だった。科学の知識によって落雷という現象をよく理解し、その理論に沿って忠実に再現したただの放電現象。それが駆の技だった。
だが、大河の〈白雷〉はこれとは完全に異なる。
すべてが、一瞬だ。
駆がいちいち準備していたステップを、すべてすっ飛ばして放つことができる。駆がノロマというわけではないが、喋ったり動作をしたりと、いろいろと時間稼ぎの前振りみたいなものが必要だった。
これが、大河。
〈白雷〉の勇者と恐れられる、この国の英雄。
しばらく、技の応酬が続いた。
大河の落雷。
そして俺の植物。
二つが交差し、生まれては消えていく。
余裕など全くない。しかし、少しだけ周囲を見渡す時間ができた。
周囲のクラスメイトたちが俺を襲ってる気配はない。
亜人殺しに精を出しているらしい。胸糞悪い話だが、これで多少勝機が上がると考えれば無視できる話だ。
それに、大河と瑠奈以外のスキルはたかが知れている。確かに強力な力ではあるが、〈古代樹の種〉によって強化された俺の力であれば、十分に出し抜けるはずだ。
つまり、今、ここにいる大河さえ倒してしまえばあとはどうにでもなるんだ。
「…………」
不意に、大河が落雷を止めた。
力尽きたのか? スキルに回数制限があるとは聞いたことがないが……。
瞬間、大河が光った。
落雷に匹敵するほどに輝く大河は、まるで恒星か何かのようだった。この光自体が攻撃だったとしたら、俺の命はなかったかもしれない。
だが、この光に害はないようだ。体が焼けたりといった様子もない。
なら一体、今の力は……?
徐々に収まるその光。そして、周囲の様子が露わとなっている。
目の前には大河が立っていた。そしてその隣には――
「――奥義、〈雷光神〉」
それは、雷の塊だった。
形状としては、大型のイヌ。全長約3~4m。高さは俺や大河の背丈とほぼ同等の大型獣。
一つ一つの毛並みがまるで落雷のように光り輝き、そしてバチバチと放電している。
まさしく、雷の化身。その神々しくも荒々しい姿は、英雄の使い魔としてふさわしい威厳と貫録を備えている。
どうやら、〈雷光神〉というのは一種の召喚魔法らしい。雷の化身であるのあの犬が大河のスキルの集大成といったところか。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
放電と咆哮は、まさしく落雷そのもの。ただそれだけで激しく周囲を震わせ、光とともに恐怖を与える。
俺ですら見たことのない、大河の技。
思えば、ここ最近大河と一緒に戦うことなんてなかった。あいつが多くの敵を倒して名声を獲得する間、俺はただ隠れ家に籠って監視をしていただけだ。
遠くの戦場で経験を積むたびに、大河もまた成長していったということか。俺が一緒に戦っていた頃のあいつとは違う、さらに進化した……実力。
本当に、俺はこいつに勝てるのか?
大河は〈雷光神〉と呼んだその召喚獣に跨った。戦場の騎兵を彷彿とさせるその姿は、雷光と相まって神話の英雄か何かのようだった。
「〈雷槍〉」
雷の槍――〈雷槍〉。光り輝くその槍が、大河の右手に現れる。
槍を構え、こちらに突撃していた大河。
その速さ、まさしく雷光。
「…………」
寸前で、回避した。
もちろん、見えていたわけじゃない。目に映るレベルの速度じゃない。いつ突っ込んでくるか分からなかったから、適当なタイミングで横に飛びのいただけだ。
全くの……偶然。
閃光をまき散らしながら、大河は周囲の木々をなぎ倒していった。まるで竜巻が通り過ぎたような跡が、周囲に残されている。
怖いほどに……かっこいい奴だ。
汚いツタや木をブンブン振り回してる俺が、馬鹿みたいに見えてくる。まったく、自分自身が情けなくなってくる。
だけど、ここで負けるわけにはいかない。
俺は必ず、アリスを……そしてお前を……。