再びエルガ村へ
う……。
俺……は……。
駆との戦いに勝って、気を失って……。
どれだけ、休んでいた?
二時間? 三時間? いや、この感覚は数時間眠っていたかもしれないな。
だけどまあ、いいよな?
思えば、緊張の連続だった。
この時代に転移して、若かったころのクラスメイトたちと再会して、今日までずっとアリスを守るために戦い続けてきた。
俺に休む暇なんてなかった。誰も休ませてくれなかった。
だからいいよな? 少しだけ……ゆっくり休ませてくれたって。
じんわりと、体中が温まっていく。体が目を覚ましているのだ。
どうやら、過去と矛盾して消えてしまうなんて馬鹿げたことは起こらなかったようだ。
だからこそ、俺はこれから考えなければならない。
村にいるアリス、この世界の俺、そして今ここにいる俺。三人が共存するこの世界で……はたしてどうエンディングを迎えればいいのか? その答えを……。
ゆっくりと体を起こし、空を見上げた俺は……。
「え……」
俺は見た。
見てしまった。
森の遥か遠くに上る……小さな白煙を。そしてその下にある赤く燃えた木々を。
いつか、どこかで……俺は……これを。
そう……あの時。
エルフの俺が……死んだとき。
「なん……で……」
焼けた森。
あの方角。
そしてなにより、今、このタイミング。
すべてが、ただ一つの答えを示している。
村が、滅ぼされた。
俺がのんきに寝てる間に……すべてが……終わって……しまった……?
「こ……こんなの……おかしいだろっ!」
俺は地面を強く叩いた。
近くに誰かがいるわけではない。駆も、そして彼と一緒に来ていた兵士もまた全員死体となっている。しかしそれでもなお、俺は神か何かに抗議の声を上げなければ気が済まなかった。
「俺は駆を倒したっ! 女王の野望を打ち砕いたんだっ! もう誰も村を襲わないっ! 村にいる俺だってアリスだって、必ず救われるはずだったっ! こんなことはありえないっ! これは夢だっ! そうに決まっているううううううううううううううううううううっ!」
俺は激しく頭を揺さぶり、夢から覚めようとした。
だけど、ただただ、心臓の音が増していくばかりだった。
夢から覚めるどころか、意識が覚醒していくばかり。
俺は……今、この現実で……生きているんだ。
夢なんかじゃ……ない。
「あ……ありえない……ありえない……」
言葉とは裏腹に、俺は徐々に……現実を受け入れ始めていた。
俺は……失敗した?
「嘘だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
俺は駆けだした。
何かの勘違いかもしれない。
近くの別の村が襲われているのかもしれない。ただ火事があっただけで村人全員避難してるかもしれない。そもそもただの山火事で村とは何も関係ないのかもしれない。旅人の焚き木とか、魔物が悪さしてるとか、そんな……そんな些細な行き違い。
この目で見るまでは、信じない。
俺たちの村、エルガ村。
この世界に来て二度目の訪問であるから、道を間違えることもなかった。
何かの勘違いであってくれと、心の底から祈っていた。
だが眼前に現れたこの光景は、すべての希望を打ち消す無情な現実だった。
赤。
赤。
赤。
血と炎に彩られた、俺の故郷。
あの日絶望の中で見た、地獄の光景。
刻まれた記憶と何一つ変らない、まるで録画したかのような光景がそこにあった。
嘘……だろ。
なんで……こんなことになったんだ?
襲撃は駆が計画して実行したんじゃないのか? 別動隊がいたのか?
いや、俺は監視魔法を使って王都から出発した軍の様子を監視していたはずだ。他の軍団が村へと向かっている様子はなかった。そしてこんな深い森の中に関係ない人間の集団がいるとは考えにくい。
そう……。
答えはひどく単純だった。
王都から森へ向かった集団は二つ。そのうちの一つ……すなわち駆は俺が殺し、率いていた兵士たちは駆自身の手によって殺されてしまった。
ならば導かれる結論は……一つ。
村を焼き、女を連れ去り、そして生き残りを殺している謎の集団は――俺の、クラスメイトたちだった。
この集団は……俺のクラスメイトと兵士たちによって構成される。
凶悪な表情の兵士たちは建物を漁り、生き埋めのエルフたちに止めを刺していた。
そして〈白雷〉のスキルを逃れたエルフの男たちを、クラスメイトたちが仕留める。スキルを持つ強力な異世界人と、お付きの兵士たちとでは実力が違うわけだから、この配置は理に適っている。
そう……効率よくこの村を滅亡させるための。
エルフたちは男だけだ。
アリスはいない。
くそっ、もう連れ去られたあとなのか? それともまさか……殺されて……。
周囲を見渡して――
そして、俺は……『奴』を見つけた。
奴、は剣を地面に突き刺していた。その近くには血に染まった村人が倒れこんでいる。
血塗られたその剣先を見れば、誰がやったのかは明らかだ……。
そう……こいつが……この人を……俺の村を……。
「大河ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
そこに立っていたのは、クラスメイトであり俺の親友、亜人を思いやりずっと助けてきたはずの……大河だった。
「…………」
大河のスキル、〈白雷〉を大気のスキルによって模倣する。
それが駆の計画だった。その話を聞いた俺は、あの事件が駆の引き起こしたものだと確信した。
だが、少し考えれば……分かることだ。
模倣などしなくても、『本人』であれば同じスキルを扱えるのだ。
つまり俺の村が滅びたのは駆の計画などではなく……大河の……大河自身の……。