疑似雷
駆の出立を追うようにして、俺もまた動き始めた。
といっても、すぐに襲い掛かったりはしない。強化された監視術によって遠くから動向を監視するだけ。
王都近くで駆を襲撃してしまうと、万が一の時に面倒だ。王都に逃げられる可能性があるうえ、援軍でも呼ばれてしまったら大事。あくまで小規模の戦いとしてこの件を終わらせるのがベストだろう。
したがって、俺は注意深く慎重に奴を監視しながら尾行することにした。兵士たちを連れた駆たちの動きは徒歩に近い速度であり、体力的にも問題なさそうだ。
そして、二日後。モルガ=モリル大森林の中。
王都から二日のこの地点であれば、他の援軍が現れることもないだろう。
すでに亜人の領域に深々と侵入している。しかし周囲に亜人の集落はなく、誰に助けを求めることもできない場所だ。
襲い掛かるにはちょうど良い。
俺は一気に駆との距離を詰めた。
びくん、と駆の身体が反応する。どうやら大気の結界で野獣たちを警戒していたらしい。その監視網に俺が引っかかってしまったわけだ。
「全員止まれっ!」
緊迫した駆の声が周囲に響く。
野獣などではない、警戒すべき相手であると理解したのだろう。
やはり隠れて一太刀、というわけにはいかないか。
俺はゆっくりと駆たちの近くへと歩み寄って行った。
「何者だっ!」
「…………」
フードを取り、顔を出す。
「…………エルフ? いやその顔は……まさか……」
「俺だよ、来栖だ」
「……来栖……だと、お前が? なぜ?」
「お前の悪だくみを止めに来た。亜人は人だ、俺たちと同じように生きている。お前のくだらない計画のために村一つ滅ぼすなんて、絶対に許されることじゃない。あの時のドワーフの村みたいにはならない。俺がお前を止めて、エルフも……そして大河たちも守ってみせるっ!」
駆は、俺のことを睨みつけていた。
メガネのブリッジに触れる手が、怒りのあまりプルプルと震えているようだ。
俺が今、奴の邪悪な計画を打ち破ろうとしているからだ。
「……私はこれでも君のことを同じ人間だと思って扱っていたのだよ? それがまさか……わざわざ劣等種の亜人に落ちぶれてしまうとは、なんと情けない。愚かで、恥ずべき行いだ。 それとも病気か何かでそうなったのか? だとすれば同情するが」
「望んでこの姿になったわけじゃない。だけど俺は、エルフとしての自分を受け入れている。お前みたいに差別したりしない」
「ははははははっ、心まで亜人に落ちたか我が学友よっ!」
何が学友だ。
俺のことを敵としか思ってないくせに。
「……本当に煩わしい限りだよ。私の計画を邪魔することも、奴隷にも等しい亜人たちを庇うところも、なによりまだ生きていたというその事実が許せない。許されるわけがないっ!」
「お前に許してもらうつもりはない」
「くくくっ……なるほど、よほど死にたいようだね。この間上手く逃げられたおかげで、天狗になっているのかね? やれやれ、困ったものだよ。私のスキルと君のスキル、格の違いというものを見せつけてやろうっ!」
そう言って、駆は天にその手をかざした。
すると、突然周囲が薄暗くなった。
夜になったわけではない。分厚く、そしてゴロゴロと鳴る雷雲が……突如として空の上に出現したのだ。
これが、駆の疑似雷?
大河に罪を着せようとして生み出した、奴の新たな力か?
「さあ受けるがいいっ! これが私の最終兵器――〈白雷〉だっ!」
大河のスキルと同じ名前の、必殺技。
見る人が見れば、〈白雷〉とは微妙に異なるただの雷。
だが何も知らない者が見れば、雷光の勇者が持つ力と勘違いしてもおかしくない。
魔法の力を完全に凌駕した、スキルによる力。
その瞬間、世界が光に包まれた。
駆の落とした雷は、すさまじい光と鼓膜が潰れてしまいそうなほどの轟音を周囲にまき散らした。子供なら、否、気の弱い大人だとしても泣いてしまいそうなほどに……本能的な恐怖を抱かせる破壊力だった。
もちろん、生身でそれをくらってしまえば俺とて無事ではすまなかっただろう。
くらったら、の話だが。
「な……に……」
おそらくは勝利を疑っていなかったのだろう。驚愕に染まる駆の表情。
「この木は……?」
「――避雷針だ」
巨大な――木。
俺の目の前には、巨大な木がそびえ立っている。雷を受けて焦げてしまっているが、こいつが避雷針替わりとなり俺の守ったのだった。
〈森羅操々〉を使い俺が生み出した、雷を防ぐための方法。
「馬鹿な……こ、こんな巨大な木を一瞬で。来栖、お前は……どこまで強く」
「俺の命を奪おうとしたお前だ。覚悟はできてるんだろうな? 甘いことは言わない。俺は自分のためにお前を……殺す」
ツタを足に絡め、脚力を外側から強化する。
俺はその力を使って強くジャンプし、目の前にあった巨木を蹴りつけた。
雷の力によってもろくなっている部分もあったのだろうが、俺の力によって大木は根元から折れて……倒れ落ちていく。
俺の反対側……すなわち駆の方へと。
「な……にっ!」
巨大な木が、駆に向かって倒れこむ。
まるで巨人か何かがそのまま体重を預けてくるかのようなその光景に、駆は唖然としたままだった。
だがそのまま突っ立っていれば死んでしまう。
すぐに正気を取り戻した駆は、スキルを使いその危機を回避する。
駆が、空を飛んだ。
おそらくは周囲の大気を操作したのだろう。
「たいしたものだよ来栖っ! ここまで、まさかここまでやるとはね。だが君のスキルは植物に依存している。何もない空中で、果たしてこれまでと同じように戦えるかな?」
「くそっ!」
「無駄だ」
即座に枝の針を放つが、空気の壁によって阻まれる。遠距離攻撃では倒せそうにない。
だが向こうが逃げる様子もない。
戦いは続けられる。
俺は足元に木を生やした。
その巨大な葉に乗った俺の身体は、木の成長とともに即座に上へと向って行く。
まずは駆のところまで到達し、この手を介して〈森羅操々〉の力を発動させ、近距離戦に持ち込む……はずだった。
だが、俺の目論見はもろくも崩れさってしまう。
「ぐ……」
突如、植物の成長が止まった。
それどころか、俺の身体も地面へと落下してしまう。
幸いそれほど上昇していなかったため、無傷で着地することはできた。しかし今度は……立ち上がろうとしても立ち上がれない。
まるで、巨大な重りか何かでも背負わされたかのように……。
なんだ、これは?
重力操作?
いや、大気の圧力?
体が……重……。
「――〈帝空圧〉。私の奥義だよ、来栖」
空にとどまる駆の声が、遠く……響いて聞こえた。