出発
敵は定まった。
あとはどう動くかだ。
正直なところ、今すぐにでも駆に襲い掛かって倒してしまいたい。
だが、今の俺にそれは難しい。
まず、駆の状況。
駆は城にいることが多く、女王の寵愛もあってかもはや大貴族と変わらないような扱いを受けている。将軍のように兵士に命令をすることもしばしばだ。
今奴に襲い掛かるということは、女王含め王国そのものを敵に回すということ。あまりにもリスクが高く、その上……俺の行動がもし露見してしまったら、大河やいろはも無事では済まないだろう。
二つ目は、瑠奈だ。
瑠奈は俺が無茶をしないように魔法を使って監視している。この監視魔法は俺がこの建物を離れると発動し、すぐに彼女が駆け付けるようになっている。
遠出をしているときはこの魔法が解除されるため、遠隔自動で続くタイプのものではない。近くにいる瑠奈の魔力を消費し、可能な限り監視を継続する魔法だった。
もし俺のやろうとしていることを理解したら、瑠奈は全力で止めてくるだろう。彼女の涙を振り払い……はたしておれは本懐を遂げることができるだろうか? それに彼女と余計な争いを起こせば駆に感付かれてしまうかもしれない。
できれば、リスクは避けたい。
瑠奈がここから遠ざかれば、監視魔法は解除される。
駆が城を離れ、瑠奈が遠出する都合のいい日。
それはすなわち、エルフの村を襲うために駆がこの地を旅立つ日だった。
駆はもちろん、大河たちも同日に旅立つことになってる。大河がこの地にとどまっているのに村が焼かれてしまうと、村を焼いたのが大河であるというストーリーに矛盾するからだ。
運命のXデーより四日前、大河は女王からの命令を受け西へと旅立つ。この目的は『従順な亜人の村へ褒章を届ける』ものであり、平和的で当たり障りのない内容だ。大河が断る理由もないだろう。
そして大河に遅れて半日後、駆もまた西へと旅立つ。同じ西ではあるが、大河とは微妙に方向が異なっており、両者が同じ道をすれ違うことはない。
行く村々で接待を受ける大河と違い、駆は全力でエルフの村を目指す。半日程度の遅れは十分に取り返すことができるだろう。
そして、〈タイガ団〉の旗を持った兵士たちは村を襲い……滅ぼしてしまう。
何も知らず王都へと帰還した大河を待ち受けるのは……身に覚えのない中傷。その名声は失墜し、王都に居場所がなくってしまうかもしれない。
この日。
もちろん、瑠奈を含めクラスメイトたちほぼ全員が出発することになっている。
つまり、俺の監視が解けるということだ。
俺はしばらく隠れ家で休みながら、その運命の時を待ち続けた。
そして今日。
大河たちがこの地を旅立った。女王の命令によりいないことになってる俺といろは以外全員だ。もちろん瑠奈も含まれている。
そしてしばらく後に駆が兵士を連れて移動を始めた。例の盗聴した計画が……いよいよ始動しようとしている。
駆、お前の思い通りにはさせない。
今日が……お前の命日だ。
「…………」
俺は考えを止め、ゆっくりと立ち上がった。
あとは……成すべきことを成すだけだ。
「来栖君? どうしたのそんな服装で」
と、隠れ家の玄関でいろはに声をかけられる。
フードで顔を隠すこの姿は、室内で過ごすには明らかに不自然。この反応は当然だ。
……さて。
気が付かれないよう黙って出ていくことはできたかもしれない。でも、一時間二時間で終わるような用事じゃないからな。
もし下手に騒がれたら面倒だ。ここはある程度事情を話しておく必要がある。
「いろは、悪いんだけど少し見逃してくれないかな?」
「え?」
「今、大河たちが近くにいないだろ? 言い方は悪いけど、監視が解けて外に出れるチャンスなんだ。今のうちにやれることをやっておきたい。しばらくここには戻ってこない。だから……俺がここにいたってことにして、あとで口裏を合わせて欲しい」
「……あの、だったら私も一緒に行きたい」
「……どうして?」
そう、俺は努めて冷たく言い放った。
「どうして俺についてくるんだいろは? 俺はもしかしたら悪事を働こうとしてるのかもしれないんだぞ?」
「来栖君がそんなことするわけないよっ!」
「……そうだな、俺はそんなことをしないかもしれない。でもだからといっていろはが付いてくる必要はない。ついて行っていろはに何のメリットがあるんだ? この間にみたいに少し遠くまで行くから危ないかもしれないんだぞ。軽い散歩の気持ちで言ってるんだったらやめてくれ。俺は……」
「私、来栖君のことが好きなのっ!」
「は?」
冷徹に復讐を遂げようとしていたはずの俺の感情が、激しく揺らいだ。
今……このタイミングで?
何言ってんだ? いろは。
「えっと、ごめん。聞き間違いか何かだよな? 俺のこと好きって……その……、恋愛的な気味で?」
「そうだよっ! 私、来栖君のことが好きなの。だから一緒についてきたいの!」
「いろは……」
「この世界に来て、ずっと不安だった。動物や魔物に殺されたらどうしようって、不安で不安で仕方なかった。でも来栖君が話しかけてくれて、守ってくれて優しくしてくれて、すごく嬉しかった。だから私は一緒に行きたいの。来栖君のそばにいるだけでいいの」
ああ……駄目だ。
誤魔化せない。
薄々気が付いてはいたんだけど、まさか……こんな時に……告白されるなんてな。
だけど返事に悩んでる時間なんてないぞ? あまり駆が遠ざかってしまうと目的を達成できなくなってしまう。
だから……。
「ごめん、俺は瑠奈と付き合ってるんだ。いろはとは……いい、友達でいたい。俺のそばにはいてほしくない」
「うっ……」
悲しそうに顔を歪めたいろはが、家の中に戻ってしまった。
最低だ、俺。
瑠奈のことなんとも思っていないはずなのに。こんな時にいいように言い訳に使って……。
時間があれば他にもっといい言い訳を思いついたかもしれないけど、今の俺にはこれが精いっぱい。
いろは。
瑠奈。
それに大河。
お前たちのためでもある、なんて言い訳をするつもりはない。俺は最低な奴だ。みんなの好意を踏みにじって、本当はエルフであることを隠している裏切り者だ。
だけど……。
だけど……今を逃すわけにはいかないっ!
俺はアリスを救ってみせる!
そのために、ここまで来た!