女王と駆の密談
それから、俺は情報収集に徹した。
強化された〈森羅操々〉を駆使し、あらゆるところに監視網を張り巡らせた。いつ、どこに重要な情報があるか分からないから。
大河と瑠奈たちは王国の命令に従いつつ、冒険者パーティーの〈タイガ団〉として公私ともに縦横無尽の働きをした。
何人もの亜人や人間たちが救われ、魔物たちも狩られていった。小さな村を救った、なんてエピソードもある。大河たちはもはやこの国の英雄だった。
そして、あの村の件で女王の権力を知った大河は、少し冷静さを取り戻したようだ。亜人に対する陳情や要求は控え、女王にとって扱いにくいが使える駒になるよう徹しているように見える。
そして女王は駆とともに暗躍を続けている。亜人たちへの統制を強め、中でも魔族に協力するものは駆と兵士たちを駆使して徹底的に叩き潰している。
大河と女王。
光と闇。
とどまることなく名声を高めていく大河。彼を領主に、あるいは王にという声もちらほら聞こえ始めた。
いくら大河が従順で、女王が支配者だといっても……対立は、時間の問題だった。
――その日、俺はいつものように盗聴をしていた。
城の奥、女王の私室で駆と女王が密談をしている。しかしたとえ地上三階の部屋であっても、地面から小さな蔦を這わせて壁に接触させることは容易だ。
あとは、俺の〈森羅操々〉でこの蔦を介し――音の振動を言語として解析する。
古代樹の種によって強化された、俺の新たな力。この都市に張り巡らされた巨大な監視網の一端だ。
いつもの胸糞悪い会話が始まる。
そんな適当なことを考えながら、俺はこの会話を盗み聞きしようとしていた。
「あの男、どうにかならないのか?」
そう、女王が不機嫌に呟いた。
「あの男……というのは、私の同級生であり巷で英雄だの王だのともてはやされている、あの無礼千万な大河のことですかな?」
「それ以外に誰がいると?」
どうやら、大河の話らしい。
いくら女王に協力的とはいえ、大河は目立ち過ぎた。この分だと排除されるのも時間の問題かもしれない。
それとなく、大河に警告をしておかなければ……。
「良い方法があります」
と、駆が言った。
「雷光の勇者、と名声を持つあの男です。このまま死刑にしてしまえば、民は快く思ないでしょう。殺すのは下策。まずは、その素晴らしい評判を削ぐ必要があるかと」
「ふむ……それはわらわも理解している。しかしあの正義感が強く従順な男をどうやって?」
「女王陛下、あなた様に我が故郷の知識――すなわち科学を授けましょう」
バチバチ、と何かが弾けるような音が聞こえた。
「これが、雷です」
俺は盗聴しているが盗撮しているわけじゃない。今、二人が何の話をしているかは分かっても、どんな動きをしているのかまでは見えていない。
だけど、予想はできる。
おそらく、駆はスキルを使って雷を生み出したのだ。
大気を操るのが駆のスキル。なら、大気の循環によって生み出される雷雲を疑似的に作り上げることもまた……可能なのではないか?
「私のスキルは大気を操るスキル。今、この手の中の雷を生み出しました。大河のものには及びませんが……範囲を広げればもっと強力にできるでしょう。それこそ、普通の魔法では及ばないほどに強く……」
「おお……おおお……」
感嘆の声を漏らす女王。
駆のスキルは、恐ろしいほどに出来が良かったらしい。
「ですからこれをさらに強化した――疑似雷を、ここより少し離れたエルフの村に落としてやりましょう」
エルフの村に雷?
それって……まさか……。
「その衝撃で多くの建物が吹き飛び、副次的な火災で村は壊滅的な打撃を受けます。そこで、兵士が村を襲ってエルフの村を滅ぼしてしまうのです」
「わらわ好みの良い発案だとは思うが……それと例の勇者と何の関係が? 村の滅亡をあやつのせいにすると?」
「その通りです女王陛下。兵士たちには〈タイガ団〉の旗を持たせ偽装させます。俺の疑似雷と相まって、大河のせいであるという信ぴょう性がさらに増すでしょう」
見つからなかったパズルのピースが、一つ、また一つと埋まっていく。
事件の全貌が、完全に露わとなっていく。
薄々、女王のせいなのではと思ってはいた。
だけど駆……まさか、お前が主犯だったなんて……。
前世の俺は……同郷のクラスメイトに殺されたのか?
「さらに男は皆殺しに、女子供は奴隷として連れて帰ります。そして都市で奴隷たちを解放すれば、彼らは貧困街にまぎれてこう噂するでしょう。『雷光の勇者率いる〈タイガ団〉に村を焼かれた』と」
だから、男の俺は殺されて……女のアリスは……。
「同時に我らもこう噂を流しましょう。雷光の勇者は色欲狂いであり、特に亜人の性奴隷が好みだと。だから彼は亜人に優しいのです。好んで亜人の奴隷を解放するのです。すべては、自らの邪な欲望を満たすためっ!」
俺たちの村だけじゃなくて……大河まで。
これじゃあ、大河が亜人のことをどう思っていようが関係ない。村を知ってても知らなくても、駆のせいですべてが完結してしまう。
「女王陛下、あなた様は亜人に対しては厳格な態度であることはよく存じあげております。私はあなた様の理念に賛同いたします。我々は人間なのです。人間だけを納得させれば良いのです。無実であるエルフの村を犠牲にしてはしまいますが、これ以上の良策はないでしょう。どうか、我が献策にご理解を」
と、駆は言い切った。
しばらく、沈黙が続いた。
女王はこの策をどう考えているのだろうか?
いや、疑問に思うまでもない。
俺の知っている未来が正しいのであれば……女王はここで……。
「ほほほほほほほ」
突然、女王の笑い声が響いた。
「おほほほほほほほっ! 素晴らしい、素晴らしいな異世界人よっ! そなたは本当にわらわの期待によく応えてくれる。すべてをそなたに任せようっ! 将軍も、貴族も、金も必要であれば自由に使って構わないっ! 何もかもをそなたに委ねようっ!」
「作戦成功の暁には、ぜひ、私に褒美を……。くくく……」
耳障りな二人の笑い声が、いつまでもいつまでも部屋の中に響いていた。
…………。
…………。
…………。
そして、しばらくして俺の心に到来したのは……怒りと……そして復讐を成せる喜びだった。
そうか……。
そうだったのか。
こいつらが俺の村をっ! 俺をっ! アリスをっ! 村の人たちを……殺したんだっ!
やっと、やっと見つけた。
俺の本当の敵っ!