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夜、大木の枝にて

 夜。

 コンビニも街灯もないこの地において、夜というのは明らかに異質だ。人の声はなくなり、獣の声と満月の光によって彩られた、自然の森。


 ここはエルガ村の近くにある、ひときわ高くそびえ立つ木の上。

 大きな枝に腰かけながら、俺は景色を眺めていた。


 遥か遠くには、篝火に照らされた城壁と町が見える。あそこがこの国の首都なのだろうか、それともどこかの地方都市なのだろうか。いずれにしても地球のようなビルや道路なんてものは全く存在しない。


 順当にいけば、俺はあんな都会に縁なくこの田舎の村で一生を過ごすこととなるだろう。

 だがそれも絶対というわけではない。


 俺はこの世界で十六歳になった。

 この年齢は日本だったら高校に行くか就職しているかという時期だ。同じ進学するにしても、文系・理系の選択か就職するかそうでないかとか、少しだけ将来のことを考えることも多いだろう。

 だから俺も考える。この二度目の人生をどうするか?

 あそこに、とまでは言わないけど、この村を出てもっと別の町や都市に行ってみようかな……。


 村長さんは王国の徴税官と交流があり、時々、村の外に出ている。話を聞ければいいのだが、俺はあの人のことがあまり好きじゃない。会話をすれば仕事を押し付けられるばっかりだ。

 でもあの人以外に外の人たちと交流を持つエルフはいない。やはり一度、しっかりと話をする必要があるな……。


 などとぼんやりと考え事をしていたら、ふと、足元の異変に気が付いた。

 ロープが揺れていた。

  

「アリスっ!」


 足元には、ロープにつかまりながら大木を登っているアリスの姿があった。

 俺が魔法で作ったロープを垂らしたままだ。それを使って登って来たんだろうな。

 だが不慣れで俺より力もないアリスは、かなり苦戦しているらしい。体を揺らすその姿は、見ていてとても危なっかしかった。


「く……クリスぅ~。手、手……」

「分かった分かった。引き上げるぞ。せーのー」

「きゃっ」


 上ってアリスは体勢を崩さないよう、手と足で無理やり木の枝にしがみついている。

 情けない格好だ。


「ど、どこ見てるのよ馬鹿っ!」

「馬鹿とはなんだっ! 俺が引き上げなきゃ落ちてたたんだぞ!」

「それはそうだけど……」


 落ちたら大変なんだから、おとなしくしてほしい。 


「それよりさ、こんなところで一人で寂しくない~? 誘ってくれればよかったのに」

「男には、一人で黄昏たいときがあるんだ。邪魔すんな」

「ほらほら、変なこと言ってないで横につめてよ。座れないでしょ」


 当然のように隣によってくるアリス。

 まあ、いいか。


「何見てんの?」

「あっちのでっかい町」

「人間の町? あたしたちの村と全然違うわよね。どうやって暮らしてるのかしら。人がいっぱい住んでそうなのに、畑が少なすぎるわ」


 森に囲まれた俺たちの村とは違い、ここから見えるのはまさに大都市といった様相の拠点だった。

 前世で日本に住んでいた俺はある程度想像できるが、この村しか知らないアリスにとって理解できないのも当然だ。貨幣とか食物とかとは無縁の場所だからな。


「東の方にでかい街道があるだろ? あそこから馬車を使って遠くの作物を持ってきてるんだ。あと西からは俺たちが治める税もな」

「なにそれひどいっ! 周りから搾取して生活してるのっ!」

「まあ、俺たちは搾取されてるけど、中には金を払ったり労働を対価としてる奴らもいるかもな。あれだけでかい都市だ。美術品や工芸品を売ってるのかもしれない」

「へー、やけに詳しいわねクリス」

「俺もさ、あんなでっかい都市で暮らしてみたいって思うときがあってな。あそこは人間の都市だから難しいかもしれないけど、いろいろ調べてるんだよ」


 といっても、村の奴らはほぼ全員外に出たことなんてない。唯一村長はそうでないものの、俺は奴とそこまで仲良くないから気軽に話もできない。

 俺の知識は、村長が発信源の又聞きや数少ない書物からの知識に過ぎない。この村でこんなことを気に留めているのは俺ぐらいだと思う。外は危険で、人間を含め他の亜人たちの集落も多い。


「クリスはすごいよね。村の人は誰も興味を持ってないのに、魔法を勉強して外の世界も勉強して。本当に普通のエルフなの? 遠い空の上からやってきた天使か何かなんじゃない?」

「なんだよそれ。俺はただの好奇心旺盛なエルフだよ。みんなと変わりないさ」


 嘘。


 俺には異世界の知識がある。

 食べ物も、服も、建物の何もかもが洗練された現代都市。


 俺には過去の記憶がある。たとえ細かい仕組みを理解していなかったとしても、何かを再現しようとしたりあの時の暮らしを取り戻してみようと思ったり、そんな衝動に駆られることがある。

 魔法を学び始めたのもそんな欲求からだった。


 じっと、アリスが俺のことを見ている。

 いけないな。前世のことを思い出すとどうしても物思いに耽ってしまう。会話が止まるのは良くないことだ。


「……そういえば、今日の昼着てたあの服、今は着てないんだな」

「森で歩いてたら汚れちゃうでしょ? あれで木登りなんて無理よ」

「せっかく作ったのにもったいないな」


 まあ、日本にいた頃みたいに服が量産できるわけでもなく、クリーニングも洗剤もあるわけでもない。一度服が駄目になったらどうしようもないからな。慎重になる気持ちは分かる。

 でも向こうに見える人間の都市なら仕立て屋みたいなのがいるんじゃないのかな?


「アリスはセンスあると思うよ。ここって、毛皮そのまま身につけてるやつもいるもんな。もっとまともな服が広まればいいと思うんだけどな」 

「そうよねクリス、あたしもそれを考えてたの。いい、よく聞いて」

「ん? 何の話だ?」

「あのね、クリスが魔法で繊維を用意して、あたしがそれを織って服を作るの」

「それはこの前やったことだろ? もっといっぱいファッション楽しみたいってことか?」

「そうだけど……そうじゃなくて。あたしだけじゃなくて、他の子も、クリスも、みんなで」

「俺たち以外?」


 みんな?


「つまり俺やアリス以外の村のみんなにも良質の服を用意したいってことか?」 

「そーいうこと」

「それはきっと喜ばれるだろうな。アリスの着てた服、結構うまくできてたからな。俺たちだけじゃなくて、きっとあっちの都市にいる人間だって同じように喜ぶレベルだと思うぞ」

 

 元人間の俺が言ってるんだから間違いない。まあ、向こうの人間が俺の知らない変な服を着ていなければの話だけど。


「そう言ってくれると嬉しいわクリス。じゃあね、たとえばこの服を……あたしたちだけじゃなくて……この国の人間にも渡すとしたら?」

「村の外の人間? それって……つまり、売るってことか?」

「そう」


 そこまでは考えてもなかったな。

 なんだか随分と壮大な話になってきた。


「食べ物だけじゃなくて服も売れるようになれば、今の生活はもっと良くなる。そもそも税だって服を納めれば、楽……じゃないかもしれないけど今よりずっと軽い作業で済むわよね。そうすればあたしたち、もう、今日みたいに籠いっぱいに魚や木の実を入れて運ばなくて済むことになるかもしれない」

「…………」

「ねえ、クリス? あたしの言ってること理解してる? それとも、こんな服大したことないって馬鹿にしてる?」

「……いや……その……」

 

 正直に言おう、俺は日本人の転生者としてこの村の住民を見下していた。

 馬鹿にして、下に見て、こいつらじゃあどうにもならないと思っていた。だから村の外に出ようと思っていたし、自分はこんなエルフとは違うんだと、心の中では思っていたのかもしれない。

 日本のことを思って、あの機械があったらいいなとか、こんな制度があったらいいなとは思っていた。

 

 でもアリスは、俺みたいな知識がなくても、こんな閉鎖した田舎村の中でも、しっかりと自分のやれることを考えていたんだな。

 腐っていた俺なんかと違って。


「お前、すごいよ。そんなに将来のこと考えてるとは思ってなかった。……本音を言うと、ちょっと馬鹿にしてたかもしれない」

「失礼ねっ! あたしだってちゃんと考えてるの!」

「いやいや、本当に尊敬するよ。俺なんかよりよっぽど頭がいいさ」


 俺ももう少し、やる気のある将来を考えないとなー。村から出ていくことだけしか考えてなかったわ。


「……他人事みたいに言わないで」

「……ん?」

「あたしの夢にはクリスが必要なのっ! だからお願い、村を出ていくなんて言わないでっ!」

「そ……それは……」


 アリスの夢には俺の魔法が必要だ。

 だから一緒にいたい。そう言われると、便利な道具扱いされているように聞こえなくもない。

 だけど、このアリスの表情はなんだ?

 少し涙目で、俺の手を握りしめるこの暖かさは。俺の勘違いじゃ……ないんだよな。


 だけど、なんでだろう。

 この体にふさわしい、年相応に子供っぽい気持ちが出てしまったのかもしれない。

 照れて、本音を隠したくなった。


「お、俺がいつも必要ってわけじゃないだろう。時々戻って材料を納めればいいだけの話だ。アリスは俺の自由を邪魔するのか?」


 ああ……何言ってんだよ俺。 

 だけど、村長とは相性が悪いみたいだし、村を出たいって気持ちは本当だ。こんな言い方はないと思うけど。


 やんわりと、アリスの気持ちを否定したつもりだった。

 しかしアリスは、俺の手を握りしめたまま、ぐっと自分の方へと抱き寄せた。


「あの……ね、クリスなの! クリスじゃなきゃやなのっ! あたしはずっと、あんたと一緒にいたい。服だって、あんたが褒めてくれないと意味ないのっ! 夢も、未来も、クリスと一緒じゃなきゃ意味がないっ!」

「……っ!」


 ここまで、強く言われるなんて。 

 俺は……なんてことを……。

 照れ隠しで、簡単に否定していいことじゃなかった。頭は子供じゃないはずなのに、なんて子供じみたことを……。

 

「ごめんな」

「え……」


 このまま、勘違いさせたままじゃあ駄目だ。

 雰囲気最悪でアリスは泣きそうだけど、この機を逃したら、もう……俺たちは。


 俺はアリスの手を握り返した。

 

「俺はさ……誘おうと思ってたんだ。お前を」

「え?」

「俺と一緒に村を出てくれないかって。お前が俺のことを思ってくれてるみたいに、俺だって……お前と離れ離れになりたくなかった」

「え……それって……」

「俺が先に言うべきだった。ずっと好きだったのに」


 ぎゅっと、抱きしめる。

 胸の中にアリスの吐息を感じる。熱く激しいその感触は、彼女の戸惑いを示しているのかもしれない。


「村の外には出てみたいけど、何も人間の町で暮らそうだなんて思ってない。それに、今すぐの話ってわけじゃない。俺もアリスを手伝いたい。一緒に暮らして、この村が良くなれるように、頑張ってみたい。俺の未来とアリスの夢。二人で一緒に歩んでいけるさ」

「クリス、いいの? あたし……」

「結婚しよう、アリス。俺はお前と、ずっと一緒にいたい」

「うん……うん……」


 アリスが泣いている。

 こちらを見上げたアリスの瞳と、見下ろす俺の瞳。二人の視線が交錯する。 


 満月が見下ろす、夜空の下で。

 

 俺たちは唇を重ねた。


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