再会
深夜、俺といろはは作戦を決行した。
エルガ村へ、行く。
遺跡からここへ戻った時と同じ、〈森羅操々〉を利用した空を滑空する方法を用いて長距離をショートカットする。
ただ今回は目的の場所が大まかにしか分からないため、すぐに目的地へと着くことは不可能だった。
ある程度それらしき場所へとたどり着いた俺たちは、森の中の道を地道に進んでいった。
途中、立て札に掛かれた亜人語はいろはが解読し、適度に俺がジャンプして空から地形を確認する。
地味だが、確実に前へと進んでいった。
そして……。
日を跨ぐことなく当日、俺たちは……とある川までたどり着いた。
「この……川」
覚えてる。
覚えてるぞ、この川っ! この岩の配置! 水の色! 川魚!
昔、アリスと一緒に木の実や魚を集めていたあの川だ。
やった、やったぞ! とうとう俺はここまでたどり着いたんだっ! あの日、殺されてからずっと……俺は……ここに……帰りたくて……。
アリス……俺は……。
あの村で過ごしてきた数々の思い出が、まるで走馬灯のように頭に浮かんでは消えていく。
夢にまでみたこの光景が、ついに、ついに目の前にっ!
そして……不意に、森の奥から物音が聞こえた。
茂みの先から、かごをもって駆けてくるエルフの少女。
「*****************」
アリスっ!
思い出の中のあの頃と、変わらないほどに愛らしくいとおしいその容姿。言葉は理解できなくても、あの時のままだった。
いろはが隣にいなければ、きっと俺は涙を流して喜んでいたに違いない。
ああ……アリス。
やっと会えた。やっと会えたよ、俺は……。
ふらふらと、引き寄せられるように俺はアリスへと近づいて行った。
だが走る彼女の背後へと目線を移したその瞬間、俺はその足を止めざるをえなかった。
「******っ!」
そこに、俺がいた。
俺、エルフとしてのクリス。
アリスの幼馴染。
この世界の……過去の、俺。
冷や水を浴びさせられた感覚だ。
俺の目の前にいたアリスが、まるで過去のアルバムかビデオを眺めているかのように……どこか現実感のない他人の出来事のように感じた。
あそこには、俺がいるから。
俺が主観である思い出と、俺とアリスとを三人称視点で眺めるこの光景。二つが矛盾するのは当然の出来事だった。
二人は俺やいろはに気が付くこともなく、村の方へと帰っていった。
「来栖君?」
いろはの声に、俺は現実へと引き戻された。
そうだ……。
俺は今、来栖なんだ。
エルフの……クリスじゃない。
……分かり切ったことだ。
この世界にはこの世界の俺――すなわちエルフとしてのクリスがいる。それはパラレルワールドで別人の俺なのか、それとも本物の俺の過去なのか分からない。ただ、今ここでアリスとともに過ごしているのはあいつであって俺じゃない。
今の俺は、あのクリスと顔が似てるだけで言葉も通じいない……別人だ。
「…………」
胸が締め付けられる気分だった。
俺はアリスに会いたかった。あの日の地獄をどうにかしてなかったことにするために、必死になってチャンスをうかがってここまでやってきた。
希望の先を考えないようにしていた。目標がなければ人は生きていけないのだから。
俺はアリスに会ったら……どうするんだ?
俺は未来のクリスだと、そこにいるクリスはもうすぐ盗賊に襲われて死ぬと伝えるのか? そしてあのクリスが死んだあとにアリスは俺の妻になるのか?
馬鹿馬鹿しい。ここで未来を変えればこの世界の俺は生き続ける。そうすればアリスはクリスと末永く幸せに暮らすだろう。そこに俺の付け入る余地などない。
じゃあこのまま黙って村が襲われるのを見過ごすのか? 襲われて死んだ俺と入れ替わる? 止めてくれ、そこまで卑怯なことをしたくない。そもそも村が襲われた時点でアリスが死んでいる可能性もあるのだから。
村を救ったら俺の存在はどうなるんだ? エルフである俺の死がきっかけとなり、クラス転移の俺が生まれた。その運命がなかったことになるとしたら、俺の存在自体が消えてしまうかもしれない……。
悩めば悩むほどに……苦しみが増していく。
俺は……一体どうすればいいんだ?
俺は何がしたかったんだ?
アリス……俺は……一体……。
…………。
…………。
…………。
「…………」
違うな。
考える必要なんてない。
俺は何のためにここに来た? 何がしたかったんだ?
そんなことは決まっている。
村は救う。
たとえあいつらが俺と無関係であったとしても、俺の世界と全く関係なかったのだとしても。
俺は……アリスを救いたい。
たとえそれによって、俺の存在自体が消えてしまったとしても。目の前のアリスが別の男と結ばれたとしても……。
「来栖君、大丈夫?」
「ああ……すまないないろは。少し考え事をしてただけだ」
村を救う。
その最も確実な方法は村を襲った犯人を殺してしまうことだ。逆に言えばアリスやこの村のエルフたちに何かを働きかけて状況が好転するとは考えにくい。
村を救うという意味で、俺がこの村でできることは少ない。
が、まったくすることがないわけでもない。
「いろは、さっきのエルフを見たよな? きっとこの先に俺が話してた村があるんだと思う」
「うん」
以前救ったエルフの奴隷からこの村のことを聞いた、という設定でいろはには話をしている。
「俺はこの姿で亜人語も話せないから、顔を出せば不審に思われるかもしれない。でも、言葉が通じるいろはなら大丈夫だ。俺は顔を隠していくから、会話の方は頼む。ここに来る前に話をしていた通りにな」
そう。
ここに来るため、いろはには偽の理由を伝えてある。それはある程度真実に近く、そして村を救うためにも都合がいい。
が……話をしたときはあくまで俺が顔を出して会話をするつもりだった。
どちらかといえばおとなしい性格のいろはに、こんな積極的な会話をお願いするのは酷だっただろうか?
「うん、わかった」
「え?」
快諾。
「…………」
この村へ来れることで興奮して気が付かなかったが、今にして思えばいろはがここまで付いてきてくれるということも意外だった。単純に嫌がったりとか、そうでなくとも俺のことを止めようとしてきてもおかしくないのでは?
随分積極的になったな。最初の遠征の時、怖がって木の後ろに隠れていたこ頃とはまるで別人だ。
「今更だけど……いろは。俺は別に脅したり強要したりしてるわけじゃないんだからな。嫌なら嫌って言ってくれてもいいんだぞ。亜人と話すの、恥ずかしかったりしないのか?」
……こんなところまで連れてきておいて、今更言うことではないのかもしれないが。
「私は平気。来栖君に勇気を貰えたから」
そう言って、頬を赤めるいろは。
…………。
村に向かおう。