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遺跡の少女



 いろはの能力によって、俺は救われた。


「*************」

「***************」


 もはやケルベロスに戦意はない。調教テイムされたというほどではないが、こちらを敵や獲物とは認識しなくなったようだ。

 

「…………」


 情けないな。

 俺が守るつもりだったのに。駆も倒せず、ケルベロスにも負けて、アリスも守れず……俺は……。


「……驚き」


 ケルベロスを召喚した少女は、驚いた様子でこちらを見ている。


「敵意……なし。善良……温厚……確認」

 

 どうやら、ケルベロスを通して俺たちの敵意のなさが伝わったようだ。

 余計な争いをしなくていいのは助かる。


「謝辞……。敵……違う……あなた方。した……悪いこと」

「急に押し掛けたことは謝るよ。だけど、俺たちは敵じゃないんだ。ここには地上から迷い込んだだけで、出口さえ教えてもらえばすぐに出ていく」

「なぜ……ここに?」

「それは……」


 俺たちはここに至るまでの事情を話すことにした。

 面倒だから異世界人であることは伏せた。学友の駆が村を滅ぼしたこと、彼に負けそうになりここに逃げてきたこと、そして遺跡を踏み抜いてここまで迷い込んできたこと、だ。


「面倒なことになったよ。でも、こんな森でいつまでもうろうろしてるわけにはいかないんだ。王都には俺の友人もいる。なんとか話さえすれば、かくまってもらえるはず。それができなくても、人間の町にさえ逃げ込めれば……」

 

 どちらにしろ、もう元の生活に戻るのは難しいんだよな。

 もともとエルフの村に行くはずだった俺はいい。だけど、いろはをこのままにしておくわけにはいかない。せめて大河のところに送り届けるまでは……。

 

「これ……お詫び」


 そう言って青髪の少女が差し出したのは、何かの黒い粒だった。


「なんだこれは、レアアイテムか何か?」 

「古代樹の種」


 それは、ゴマのような黒い種だった。息で簡単に吹き飛ばせてしまいそうに小さく……そして軽く見える。

 

「種? 何かレアな植物の種なのか? 花? 実?」

「する……強化。あなたの……力、才能……魔法……スキル。秘められた力……強く。負けない……敵に」

「この種を使えば……駆にも勝てるようになるってことか?」 


 こくり、と少女が頷いた。

 どうやらこの種は強化用のアイテムらしい。俺が植物系の力を使うから農業に、とかそういう話ではないようだ。


「どうやって使うんだ? 食べるのか?」

「食べて」


 むむ……。

 これ、食べるのか?

 

 何の植物かもわからない種を食べるというのは少々抵抗がある。しかもこの遺跡になったものだよな? 何十年放置されてたやつなんだろう。生ものなら確実に腐ってるレベルだ。

 とはいえ、この大きさなら相当強い毒でなきゃ死ぬこともないだろう。だけどなぁ……。


「…………」


 しばらく、種を目の前に考える。


 この少女が嘘をついてるようには見えない。が、リスクがないとも言えない。常識的に考えれば毒、食中毒、アレルギーや呪いか何かなど、疑ってみればきりがない。それをさっきまで敵対していた少女が差し出してきたのだから、むしろ信じない方が当然のように思える。


 だけど……。

 このままこの種を無視して、逃げかえって、それでどうなる?

 エルフの村は本当に俺たちを受け入れてくれるのか? 次に駆が攻めてきたら? 

 それに……。

 俺は、アリスを救わなければならない。一人、二人の野盗を相手にするんじゃない。巨大な落雷を引き起こした術者と、そのあと押し寄せてきた野盗たち、そしてその背後で糸を引いているかもしれない女王。すべてを……上回ることのできる圧倒的な力がもし、手に入るとしたら?


 薄々分かっていたが、このままじゃあ駄目なんだ。知恵と努力でどうにかなるレベルは超えている。駆との戦いは……死んでしまってもおかしくはなかった。

 今の俺では、アリスどころか目の前にいるいろはすらも救えない。


「俺、その種、飲みます」

「えっ?」


 いろはが驚いた声を上げた。当然だ。こんな怪しげな種を言われて簡単にのんでしまうなんて、明らかに軽率だ。

 

「ほ、本当に……大丈夫? なの?」

「ごめんないろは。俺がここに連れて来なかったら、大河たちと一緒にいられたのに。俺が力を手に入れたら、その力を使っていろはを大河たちのところに送り届けるよ。だからいろはは種をのんだ後の俺の様子を見ててくれ。もし……俺が……」

「わ、私もっ!」

「え……」

「私も、一緒にのむっ!」

「いろは……」

「一人にしないで来栖君。私、もし来栖君に何かあって、一人でここに残されたりなんてしたら……やだよ」

「…………」


 そう、だよな。

 もし万が一俺だけが犠牲になったら、いろははここから帰る術がない。野獣か……もしくは駆に殺されてしまうかもしれない。

 俺にいろはを止めることはできないな。


「けどいろは、種は一つだけ……」

「…………」


 明らかにこの種を疑っている様子を見せたのだが、青髪の少女は気分を害した様子もなく無言のままこちらに種を差し出している。感情表現の乏しいその表情を読むことは難しい。 

 だが当然俺たちの会話は耳に入ってたようで、懐からもう一つの種を取り出した。サービスということらしい。


 こんなに簡単に……? いいのか? 

 いや、たとえリスクがあったとしても……もうこのチャンスを逃したくない。


 俺といろはは少女から種を受け取り、そのままの勢いで口の中に放りこんだ。


「うっ……」


 瞬間、焼けるような熱さを感じた。

 喉、食道、胃、そして体全体を炎で炙ったかのような衝撃に、俺は思わず地面に倒れこんでしまった。


「うう……ううう……」

 

 いろはも倒れこんでいる。


「ぐ……ぐぐ……うううううううううあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 なんだ……これ?

 痛い……苦しい。

 体が……焼け焦げてるみたいだ。

 俺は……騙されて、いたのか?


 …………。

 …………。

 …………。


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