遺跡
頭が……痛い。
俺は……確か、駆から逃げて……それで、岩に座ろうとして……地面が……崩れて……。
「うう……ここは……?」
ゆっくりと目を開けると、天井に森が見えた。
どうやら、あそこから落ちたらしい。
高さにしておよそ5mといったところだろうか。土がクッションとなったようで、骨折や出血はなさそうだ。
「いろは、無事か?」
「う……ん」
頭を押えながら、隣にいたいろはがゆっくりと立ち上がった。どうやら俺と同じく無事のようだ。
「ここ……は?」
天井が崩れたことにより、この地下にはうっすらと陽光が差している。そのおかげで周囲を確認することは容易い。
遺跡、か?
そこは、明らかに人口の建造物だった。
ブロック状の壁や均整のとれた周囲の様子がそれを物語っている。天然の洞窟ではありえない造りだった。
かといって人が住んでいる気配はない。
「いろは、大丈夫か? 怪我ないか?」
「う……うん、大丈夫みたい」
「ごめんな。俺が休もうなんて言ったから……」
天井まで強化ジャンプすれば元の場所に戻ることもできそうだが……。
気になるよな、ここ。
どこか都合のいい場所が出口になっていないかな? どうせ駆から逃げてたんだから、目くらましのためにも地下を歩き回るのがベストな気がする。
「なんだか、すごい場所に来たね。まるでゲームかアニメみたいだよ」
「いろははこういうの好きなのか?」
「好きってわけじゃないけど、なんだか、日本にいた頃のアニメやゲームのことを思い出してね。懐かしいなぁ、って思っただけ」
「ふーん、なんだか意外だな。そういうアニメやゲームの話なんて知らなそうに見えたから」
「暗いって思う?」
「ああ、ごめん。悪い意味じゃないさ。意外だったってだけ。俺もゲームやアニメが好きだから、むしろ親近感がでたくらいだ」
「良かった、来栖君に嫌われたらどうしようかと思った」
会話は弾むが、行く先は暗い。
いざとなったら来た道を戻ればいいんだけど、この遺跡は……どこまで続いているんだろうか?
俺たちは、遺跡の奥へと進んでいった。
最初に落ちた場所は、どうやら入口に近い通路だったようだ。前と後ろ、どちらが出口なのかはよく分からなかったが、とりあえず前へ進むことにしよう。
古い遺跡だ。地下ではあるがところどころ地表に露出している箇所があり、そこから太陽の光が入り込んでいる。明るくはないが視界がなくなることはないだろう。
しばらく進むと、広い部屋に出た。
「うおっ!」
突然、強い光が灯る。
通路の左右に設置されていた薄汚れたランプが、一斉に光始めた。魔法か何かでそうなったらしい。
薄暗く、扉のない場所であるから気が付かなかったのだが、どうやら俺たちは通路を抜けて遺跡の奥の部屋までやってきたようだ。
巨大な部屋の中にはいくつもの古ぼけた武器、防具が乱雑に積み込まれ、いずれも土を被ったりカビにまみれたりしている。壁には壁画らしき模様も見えたが、剥がれかけて何が描かれているのか理解できなかった。
「あっ……」
俺は驚いた。
詰まれた武具の後ろに、一人の少女が立っていたのだ。
背中に白い羽の生えたその姿、おそらくは亜人なのだろう。青い髪の彼女が、無表情にこちらをじっと見つめている。
「誰?」
何年、何十年この場にいたらこうなってしまうのだろうか。周りの武具がそうであるように、彼女もまた……この遺跡と同様の年月をこの地で過ごしてきたかのように見える。
「あなたの遺跡だったのか? すまない、俺たちは迷ってここまで来て……」
「壊した……あなたたち……遺跡」
「え?」
「遺跡……私たちの……記憶……未来と……過去の……使命と……災厄……一族の……最後の……」
ちぐはぐな言葉の羅列。まるで日本語が不自由な外国人と話している印象だ。なんとなくは意味が分かるが……聞き取りにくい。
「お、俺たちは悪くないっ! 少し衝撃を与えただけで崩落したんだ。こんな古代のぼろぼろ遺跡、ぶっ壊れて当然だろっ!」
「……天罰」
次の瞬間。
少女が両手を上げると、巨大な魔方陣が出現した。
魔法陣より現れたその獣。
「――異界の幻獣、ケルベロス」
頭が三つある犬のような大きな獣。地獄の番犬、ケルベロスの名にふさわしい威圧感のある姿だった。
口の外に突き出した巨大な牙に、よだれが滴り落ちている。あの歯で噛まれてしまったら、もはやそれだけで致命傷は避けられないだろう。
「いろはっ!」
俺はいろはを後方に突き飛ばし、すぐにツタの壁を張った。
するとすぐに、鼓膜を引き裂くような音が響いた。
けたたましい咆哮による轟音。ただそれだけで、ツタの壁はボロボロに砕け散ってしまった。
「…………嘘だろ」
次にツタでケルベロスの足を止めようとした。しかしこれも何の抵抗もなく引きちぎる。
枝の針を刺しても無駄。
毒は効かない。
肉弾戦で勝てるとも思えない。
「と……止まってくれよ……」
そう、心から願った。
しかし俺の目の前に現れたこの敵は、どんなに魔法を駆使しても、どれだけ俺が願っても……その歩みを止めない。
震えが止まらなかった。
俺は今、このケルベロスとかいう召喚獣に殺されかけている。この学生の身体に転移して、初めて感じる死の予感。
「いろはああああああああああああああああっ! 逃げてくれええええええええええええええええええええええっ!」
せめて、いろはだけでも。
俺は枝の剣を片手にケルベロスに立ち向かった。こんなものでどうにかなるとは思えないが、せめて、俺の自分勝手な下心でここまで連れてきてしまったいろはだけでも……。
予想通り、枝は砕け散った。
目の前で、ケルベロスが口を開いた。
――死。
「*****************************っ!」
いろはが声にならない悲鳴を上げた。
と、俺が理解したその瞬間。
俺に襲い掛かろうとしていたケルベロスが、唐突にその動きを止めた。
なんだ、どうした?
ケルベロスは俺などまるでいなかったかのように、いろはの方を向いた。
襲い掛かる様子はない。
「**************」
「*************」
これは、まさか……。
会話、してるのか?
あの時のいろはの悲鳴は、ただの悲鳴じゃなくて、意図してなのかどうかは分からないけど、このケルベロスに語り掛けていた?
いろはのスキル――〈多重言語〉が、まさかこの魔物にまで通じるだなんて……。
ひょっとして、これまで戦ってきた猛獣たちも、こんな風に説得できたのか?
いや、単にこのケルベロスという奴の知能が高いだけなのかもしれない。
ともかく、助かった……みたいだ。