岩で休憩
「はぁっ、はぁっ、はぁっっ!」
走る。
走る。
走る。
〈森羅操々〉によって目の前の植物を枯らし、障害物を取り除きながらの疾走。
駆に追いつかれてしまっては詰み。否、追い抜かれなくてもスキルの射程範囲に入りこんでしまえばもう終わりだ。
どこまでいけばいいのか分からない。だけど、俺といろはの命がかかっている。たとえ肺や心臓を破裂させてでも、体力を消耗して前に進む必要がある。
気合を入れて、俺は前に進んだ。
三十分、あるいは一時間ほど疾走したのだろうか。さすがに……もう限界だった。
「こ……このくらいでいいよ、な?」
俺は抱きかかえていたいろは降ろす心臓が悲鳴を上げている。細胞の一つ一つが、酸素を欲して暴れているかのようだった。
「怖かった、怖かったよおおおおおっ!」
いろはが俺に抱きついてきた。
「たぶん、もう大丈夫だいろは。仮に駆が追ってきたとしても、また俺が上手く逃げてみせるから」
「でもどうしよう、来栖君。私たち、帰ったら殺されちゃうかもしれないよぉ……」
「だよな……このままじゃ……」
どちらにしろ、今すぐに来た道を戻ることはできない。また駆と会ってしまったら、今度こそ本当に殺されてしまうから。
なら……。
「俺に心当たりがある」
エルフだったころの……俺の故郷に行くしかない。
「前にエルフの奴隷を助けたよな? あの人に聞いたんだけど、ここより少し離れたところに村があるらしいんだ。村人はいい人も多いらしいから、きっと俺たちのことを助けてくれる」
「来栖君、言葉も話せないのにどうやって」
「別の通訳の人に話を聞いたんだ。いろはにばかり話をしてもらってたら、迷惑かなと思って」
「来栖君の頼みなら、全然迷惑じゃないのに……」
あの村の人たちはみんないい人だ。アレンだって俺やアリス以外にならそう悪いエルフじゃなかった。気に入らない奴だったがな。
村長にはあまりいい印象はないが、まさかいきなり人間を殺そうとしたりはしないだろう。そんな話は聞いたことがない。
「場所は聞いてる。ここから一日程度歩いた場所にあるはずだ。とりあえず警戒しなら道路に戻って進んでいこう」
「ええと……危なくない?」
「……そうだよな」
駆が鉢合わせになる確率がある道路は避けるべきか。
「この森の中を進んでいこう。俺の力で足元の植物を枯らしながら行く。少しきついかもしれないけど、我慢してくれ」
「ごめんね来栖君。私、足手まといになってるよね」
「村が残ってたらいろはの仕事もあったはずなんだ。全部村を滅ぼした駆が悪い。いろはが気を病むことはないさ」
「……うん」
俺は足場を固めながらゆっくりと進むことにした。
背後は気にしていたが、やはり駆が追ってくる気配はない。
奴は女王に媚びてはいるが完全に仲間というわけじゃない。森の中に入ってまで俺を探そうという気力がなく、諦めたのか? そうであって欲しいが……。
しばらく、無言で歩いていた。
代り映えのない景色。木々に遮られ遠くの景色を拝むことは難しい。時々高くジャンプしながら方角は確認しているが、疲労ばかりが積み重なっていく。
「はぁはぁはぁ」
いろはが明らかに疲れている。
とか考えている俺も、さすがに疲労は隠せなかった。
駆から逃げるために全力疾走し、今もなお魔法を使いながら周囲を警戒しているこの状況で、俺に休む暇などなかった。
「す、少し休もうか。さすがにここまでくれば、駆も追ってこないと思う」
「そ、そうだね」
とはいえ植物だらけのこの場所で休むのは少し居心地が悪い。せめてもう少し腰を落ち着かせる場所があればいいのだが……。
お、あの岩はいいな。
森の中にポツンとある岩。その周囲には高い木がなく、まるで何かの記念碑かなにかのように周囲が整備されているように見えなくもない。
人工物か何かか?
「あそこの岩に座ろう。ここで休むよりも、少しは虫が寄らないと思うから」
「はぁ、はぁはぁはぁはぁ……ご……ごめんね」
「気にするないろは。俺もかなり疲れてるから」
二人して、岩の近くまで歩いていく。〈草々結界〉〉による索敵も周囲に危険がないことを示している。
「ふう、これで少しは休憩を……」
なんて言いながら岩に座り込んだ俺は、唐突に姿勢を崩してしまう。
「は?」
「え?」
岩が、沈んでる。
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。目の前の森が、まるでエレベーターか何かで階下に向かうように視界の上へと過ぎ去っていく。
そう、俺は落ちていた。
岩と、その周囲の地面を巻き込んで落ちていた。手をつないでいたいろはとも一緒に。
なんだこれ? 地盤沈下か何かか? やばい、どこかに……逃げないと……。
駄目だ、ジャンプしようにも……足場が……。
「う……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
なすすべもなく、落ちていく俺たち。
激しい衝撃に、俺は意識を失ってしまった。