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 〈風龍刃〉。

 駆の放った風の刃が俺に迫る。

 

「いろはっ!」

「来栖君っ!」


 俺はいろはを抱きかかえてジャンプした。〈森羅操々〉によってツタのバネを生み出した俺の跳躍力は、通常の何倍も強化されている。

 

「何っ!」


 驚愕する駆。

 

 放たれた風の刃は俺に掠りもしなかったものの、周囲の瓦礫、森、そして岩を切り裂いて遥か先まで飛んで行った。数十、あるは百メートルほど先の木々をなぎ倒したのち……ゆっくりと霧散する。


 な、なんて技だ。

 こんなのくらったら間違いなく死んでしまう。人間が、防げる技じゃない。

 お前は……本当に、俺を。


「駆ううううっ!」


 もはや争いは避けられない。

 俺は覚悟を決めた。

 

「――〈枝針〉」


 〈枝針〉。

 〈森羅操々〉の応用であるこの技は、周囲の木々を操り枝の一部を針として放つことで攻撃する魔法だ。森の囲まれたこの地において、その針の数は100を超えるだろう。


 四方から放出された針が、一斉に駆へと収束していく。

 小さな針だ。刺さると痛いが死ぬことはないだろう。


「……ふっ」

 

 笑う駆が、ふわ、と手を一周させた、その瞬間。

 駆を中心に大気が歪んだように見えた。


 それは、空気のバリア。

 

 おそらく周囲の大気を圧縮して、壁のようなものを生み出したのだろう。俺の生み出した針は、駆から少し離れた場所で静止してしまい、そしてそのまま地面へと落ちてしまった。

 駆は、無傷。

 

「やれやれ、私のスキルの方が上とはいえ……少々ひやひやさせられたよ。君との戦いには。だが針というのは良いアイデアだね」

 

 駆が空気を撫でるように手を動かした。

 すると、彼を中心として、キラキラと輝く細い何かが出現した。


 あれは、針。


 おそらく空気の針だ。


 まずいっ!

 あの針をこちらに放つつもりか? 避けきれるのか? 俺に?


「――〈森羅操々〉」


 即座に目の前にツタを大量に発生させ、壁を生み出した。


 だがこんなもので駆の針を防げるとは思えない。あのかまいたちと同じように、植物など平気で貫通する殺傷力があるとしたら?


「〈発煙草〉」


 白い煙のような花粉を発生させるこの草は、煙幕のように目くらましになる。大気を操る駆にとってはあってないようなものかもしれないが、ないよりはましだ。


 これを、繰り返す。


 壁を生み出し、煙幕で覆い、壁と煙幕壁と煙幕。そして重要なことは、俺が後ろに走りながらこれを繰り返すこと。

 いくつもの壁を生み出しながら、真後ろではなくやや斜め後方に下がることによって、

駆の視界から少しでも消失することができるはずだ。


 そして、逃げるっ!

 

 一人で駆に勝てるわけがない。いろはを庇いながらというならなおさらだ。このまま俺は、この村を超え……道路ではなく森の中に突入する。

 

 森の中に身を潜めれば、奴の追撃を逃れることができるはず。

 かまいたちは森の途中で消えた。なら、この針も俺が森に身を隠せば……。さらに俺の発生させた壁があれば。


「ぐっ!」


 ちくり、と腕に鈍痛。おそらく駆の針が貫通したのだろう。だが距離を取り逃走したおかげか、腕に二本刺さった程度ですんだ。 

 俺の枝とは違って、駆のそれは空気だ。毒なんてない。痛みさえ耐えれば、どうにでもなること。


「いろは、怪我無いかっ!」

「わ、私、大丈夫っ!」

 

 もはや余計な小細工は無用。

 俺の位置を知られぬよう、全力で森の中を逃げ回るだけだ。




 ***************


 駆はその光景を遠くから眺めていた。


 すでに視界から来栖の姿は消えている。煙幕と壁による偽装、そして身体強化の薬を使った強化。すべてが重なり、駆から逃げ出すのに十分な力を生み出した。


「やれやれ、恨むぞ女王。何が雑魚だ、農夫のスキルだ。私や大河ほどではないが、立派に戦えているではないかね」


 森の中、というのも駆にとって災いした。 

 周囲の大気を操り、風と空気抵抗を調整して自身の移動速度を上げる技を使えば、来栖に追いつくことができる。

 だがそれは、何も障害物のない広い野原での話だ。

 モルガ=モリル大森林の中に存在するこの村は、一歩領域の外へと飛び出せばそこは森の中だ。駆の高速移動ではぶつかってしまうかもしれないし、視界も悪いので詳しい位置も把握しにくい。

 

 もちろん、移動しながら広範囲大気操作の技を使えば、駆の位置を把握することはできるの……だが……。


「そこまで女王に尽くす義理もない、か」


 そもそも、来栖……もとい大河が邪魔なのは女王であって駆ではない。自分にとって彼らは愚かなクラスメイトではあるが、それだけの存在だ。

 今回の件で多少は来栖に恨みを買っただろう。だが、だからといって大河や来栖が自分を殺しに来るとは思えなかった。亜人殺しを必死に否定する彼らが、女王のためにと人を傷つける自分を殺しきれるはずがない。

 そして、女王の命令は監視しろというだけ。殺せ、とまでは言われていない。


「あとは兵士に任せれば良い。私の仕事は……これで十分だ」


 兵士が来栖たち二人を見つければそれでよし。

 仮に見つけられなかったとしても、駆がこの件を報告すれば、二人は女王の手によって指名手配されるだろう。利用価値の高い大河と違い、来栖は不必要な存在だ。いろはの〈多言語解〉は便利であるが、亜人の言葉を翻訳できる者は他にもいる。替えの利く存在なのだ。

 そうなれば二人は王都に戻れない。駆がもはや気を病む存在ではないのだ。


 少なくとも、不快で危険な森の中を当てもなく探し回る必要は……なかった。


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