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アリスの服


 俺たちはエルガ村に戻った。


「クリス君にアリスちゃん、お帰り」

「ケガはしなかったか」

「お兄ちゃんお姉ちゃん、お帰りー」


 村のみんなが次々とあいさつをしてくる。


 ここ、エルフの村――『エルガ村』は人口100人程度の小さな村だ。だから俺たちは全員顔見知りで、家族のような存在だった。

 大森林に点在する亜人の集落は、互いに交流することなく閉じた集団を形成している。ごく一部の村人が税とか国の関係で外へと向かうが、それ以外での出入りはほぼ存在しない。

 広場を中心として、数十個のログハウスが同心円状に広がっている。最外部には二重に柵が配置され、危険な野生動物の侵入を防いでいる。


 アリスは着替えるために家に戻った。 

 あとは俺が報告をするだけだ。 


「ほっほっほっ、クリスよ、頼み事は済んだかのぅ」


 広場の真ん前、一番でかい家の中から一人のエルフが現れる。白い髪とあごひげを貯え、杖をつきながら歩く老人のエルフだった。


「あ、村長さん」


 彼はこの村の村長だ。

 見た目は六十歳程度だが、長寿種であるエルフの寿命は五百歳を超え、その長さに応じて見た目の変化も抑えられている。この歳の老人ということは、実年齢三桁以上。人間だったころの俺の感覚ではとても想像できない……まさしくファンタジー世界の住人そのものだった。


「川魚と木の実、これだけあれば十分だよな」

「ご苦労。木の実はいつもの倉庫に、魚は他の若いもんに処理させて日干しにする。広場の前に持っていくのじゃ。他のもんがもってきたこの魚や木の実と一緒にな」


 村長の足元にはいくつもの籠が置いてある。中には俺たちが持ってきたのと同じように、たっぷりと魚や木の実があふれていた。


「こ、これ全部か? 俺一人で?」

「若いうちは喜んで年配の頼みを聞くものじゃクリスよ。皆が皆、自分の役割を果たしておるのじゃ」


 だったらお前は何の仕事してんだよ? 指示ばっかりで何もしてないだろ。


 と、喉まで出かかった言葉を寸前で飲み込む。ここで文句を言っても仕方のないことだ。

 

 俺は広場の先にある倉庫へと目線を移した。

 倉庫には山積みの木の実、穀物、日干しの魚が所せましと並んでいる。百人程度のこの村で消費するには、少々過剰な量だ。

 

「分かった、持って行っておくよ。それより、この間よりずいぶんと量が多いよな。国からの税が重くなったのか?」

「仕方のないことじゃよクリス。わしら弱小亜人は巨大な王国に服属する小さな小さな集団。下手に逆らえば一族丸ごと滅ぼされてしまうやもしれん。もし本当に食料が少なくなった時に交渉の余地があるよう、今のうちに誠意を見せておくのじゃ」


 村長の主張はもっともだった。

 

 この大パステラ王国は人口の約九割を人間が占める人類国家。俺たちエルフのような亜人は森の辺境に追いやられ、税として作物や動物の肉を献上しなければならない。

 村長は権力者だが、それはこの100人程度の小さな村での話。俺も詳しくは知らないのだが、城を持ち都市に住む人間の正規軍相手に反乱を起こして勝てるとはとても思えない。

 そもそも、搾取はそれなりだが飢えて死ぬというほどでもない。反乱を起こそうにも人が集まらないだろうし、俺だってそんなことを言うつもりはない。


 税のこと以外では村の生活はのどかそのものだ。学歴も上司も会社も何もなく、社会からのプレッシャーがほとんど存在しないこの地は、田舎生活にあこがれる現代人にとってまさしくスローライフのユートピアだろう。

 まあ今の俺みたいな若いころの肉体労働から解放されればの話なんだけど。仕事しているうちはユートピアも糞もない。


 さて……と、もう一仕事するか……。


「クリス~」


 と、仕事に精を出すつもりだった俺に聞こえてきたのは、アリスの陽気な声だった。


「ごめんね~、あたしの分まで運んでもらっちゃって。でももう終わったんだから、一緒に遊びましょう」


 アリスは濡れた服を変えていたようだ。

 獣の皮でできた原始人のような服と違って、今、アリスの着ているものは繊維によって織られた洒落た衣服だった。簡素なドレスのような構造に、花を模したレースがあしらわれ、いかにも文明人といった感じの見た目になっている。

 たとえ日本でこの服を着て紛れ込んでいたとしても、そう不自然ではないかもしれない。


「その服、見たことないな。新しい服か?」

「わかる~? この間、クリスが魔法で用意してくれた綿があったでしょ? あれで編んで作ったのよ。見て見て~」


 スカートの両端をつまみ上げ、くるくると回転するアリス。無邪気に可憐に踊るその姿は、まるで妖精か何かのようだった。

 みんな美男美女だから感覚がマヒしてるのかもしれないが、やっぱりアリスはかわいいなぁ。


「あの綿がこんな風になるんだな。やっぱり、アリスに渡して良かったよ。めっちゃ似合ってる」

「ほんとにっ!」


 アリスは花の咲いたような微笑みを浮かべる。


「よかったぁ~。クリスがプレゼントしてくれた綿なのよ。服が似合ってないとか言われたらどうしようかと思ったわ」


 はにかんで笑うアリスを見て、俺は嬉しい気分になった。

 プレゼントして良かった。


 さてと、喜んでいるアリスをもう少し見ていたいが、俺には村長に任された仕事がある。木の実と魚をさっさと運ばなければ、あとでどんな文句を言われるか分からないからな。

 とはいえこの量は多すぎる。いじめかと思ってしまうほどに。


「あっ、ちょうどよかったアリス。俺、村長さんにこの籠全部広場に持っていくように言われて。手伝ってくれないか?」

「え?」


 笑顔から一転、アリスが苦虫を潰したような顔をした。


「クリス、あたし、こんなに綺麗な服着てるの。似合ってるって言ってくれたよね?」

「いやそれは似合ってると思うけど、俺も村長に頼まれた量が多すぎて困ってるんだ。頼むから手伝ってくれないか?」

「木の実や魚の汁が付いたらどうするのっ! せっかくクリスがプレゼントしてくれたのに、それでいいの?」

「いや服なんて洗えばいいだろ」

「はぁ? 何言ってんの? そういう問題じゃないでしょ!」


 じゃあどういう問題なんだよ。


「だいたい、俺とお前は同じ年齢だからペアで仕事するって、村長に言われてるだろ」

「それは、その……そうだけど。籠が……重いし……」

「あっ、今重いって言ったな。俺だって重いんだぞ」

「ねえ、お願い~。明日クリスの分も手伝うからさ~」


 そう言って、アリスが俺にすり寄ってきた。

 本人はたぶんおもちゃを強請る子供のような気持なのだろうが、俺だって年頃の男だ。こんなかわいい子にすり寄られて、冷静でいられるほどできちゃいない。


「分かった、分かったから。そこまで言うなら今日は俺一人でやるけど、これ、貸し一つだからな」

「クリス~、最高っ! 愛してるよ♡」


 ウインクして立ち去るアリス。

 

 ああっ、かわいいなこの野郎。

 なんて、赤くなる頬をごまかしながら、俺は籠を掴み取った。


 ――こうして、今日も一日が過ぎていく。


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