スラガ村
後日、二回目の遠征が行われた。
日帰りであった前回と違い、今回は三日程度を要する長距離だ。
村の中には魔王の信奉者がいる。そいつを捕らえて、王都の女王へと引き渡すのが今回の目的だ。
まず間違いなくその亜人は死刑になるだろう。間接的に、その人を殺してしまうことになる。
大河は、覚悟できてるのかな?
俺は……よく分からない。魔王の信奉者ってどんな奴なんだろう? 人間は死ねばいいって思ってるのかな?
そんなことをぼんやりと考えているうちに、俺たちは目的地へとたどり着いた。
スラガ村。
都市より少し離れた、大森林の中にあるこの地は、亜人――ドワーフの小さな集落だ。規模としては俺のいた村よりも一回り広く、人口は200人前後といったところだろう。
俺たちの訪問を察知したのだろうか、レンガ質の建物の奥からドワーフが現れた。背が低く、厳つい体をした髭面の老人だ。
「何******人間*」
亜人語だ。
俺も多少は勉強しているのだが、とてもではないが会話をできるレベルではない。ところどころ単語を拾うことができる程度だ。
通訳はいろはを通して完全に行う。
「私*******、王国*******来*****。代表*******」
「*****待て。今******」
どうやら、村長か何かをここに連れてくるらしい。
「はぁ……」
いろはが額の汗をぬぐった。俺と違ってとても忙しそうで、必要とされている。
だがそれはいろはの負担が増すことを意味している。好戦的でなく、体力もそれほどない彼女にとってこの行軍はかなりの苦痛になるはずだ。
「これ、やるよ」
俺はいろはに飲み物を差し出した。
「これは?」
「俺の植物スキルで作った薬草だよ。いろは、疲れてるだろ? これ飲んで元気出して欲しいなって。あっ、糖分を混ぜて口どけを良くしてあるから、味は保証する」
「薬草の、水?」
いろはは俺の薬草水に口を付けた。
「すごい、体がすーって冷えて、疲れた感じが消えちゃった。来栖君、こんなものまで作れるようになったんだね。私のために、こんな……」
「俺はたいしたスキルじゃないけどさ、少しでもいろはを応援出来たらなって思ってるから」
「来栖君は十分役に立ってるよ。私なんかより、ずっと……、私は嬉しか――」
「********っ! *********っ!」
と、和やかな雰囲気を一変させるような怒声に似た声。身なりのよい老齢のドワーフからだ。
おそらく、この村の村長なのだろう。
「**********」
「***********」
若干不機嫌そうなドワーフは、まくしたてるように早口で声を荒げている。いろはも必死そうだ。早すぎてもう俺の技量では単語も聞き取れない。
なんなんだ、こいつ。
いろはが困ってるぞ。
「なああんた、言葉は分からないけどもっと穏便にできないのか? いろはが怖ってるだろ」
「来栖君っ!」
俺はいろはを庇うように前に出た。
後ろのいろはは、俺の背中をぎゅっと抱きしめている。
とても友好的な雰囲気には見えない。
やはり、この村は魔族寄りの敵……ということなのか?
「いろはさん、来栖、無理しなくていい。俺がこの集団の代表なんだ。通訳だけに徹して、俺の後ろに下がってくれ」
いろはを庇うように、大河が前に出た。
「ま……魔王の税は軽い。私たちの生活に干渉しない。それなのになぜ人間の王に従う必要がある? 私たちは奴隷じゃない。どうせ何もできない女王の使いが……。さっさと帰れ。二度とここに来るな」
と、いうのがこのドワーフの主張を要約したものらしい。
うーむ……。
かつて税のために必死に木の実や魚を集めていた生活を思い出す。反乱を、とまでは思わなかったが、国を疎ましく思う気持ちはよく理解できた。
大河はどうするつもりなんだろう? 女王との話では、魔王に従うものは罰するってことだったよな。今からそうでない奴を探すとして、やっぱり村の大半の魔王信奉者は捕らえるのか?
俺は亜人だったが魔王の信奉者ではない。こいつらの気持ちは分からなくもないが、素直に同情もできなかった。
かつて人類を苦しめた魔族。しかし今は遠くの山脈で近隣の襲うのみ。大きな目で見れば迷惑な存在ではあるが、村一つ潰してまで対抗する意味はあるのか?
俺には……分からない。
亜人である人間である俺は……この中でも異質だ。みんなのためにも、大河の判断に従うこととしよう。
しばらく、とりとめのない応酬が続いた。
互いの立場、感情、そして思想を理解し合うための言葉だ。だが会話を重ねれば重ねるほど、深刻なほどに考え方の違いが浮き彫りになってくるようだった。
異世界人とはいえ人間サイドにいる大河。
亜人であるドワーフ。
話が平行線になるのは、仕方のないことだった。
大河……やっぱりこいつらを、捕らえるのか?
そんな俺の懸念など全く無視するように、大河は……急に土下座を始めた。
「ドワーフの皆さんっ! 聞いて欲しいっ!」
「********っ! ******っ!」
いろはが必死に通訳している。
「負担を軽くするように女王に直訴してみるっ! あなたたちは正しいかもしれない。でも……それでもあの女王はあんたたちを殺そうとしてるんだ! このままじゃあ村ごと焼かれてしまうかもしれない。あなたたちだって、自分が今、不利な状況にいることは分かってるだろ? 俺はあなたたちを死なせたくないっ! 守りたいっ! だから魔王の信奉者なんてやめて、改心して欲しい。それが女王に直訴する条件だっ!」
大河……。
お前の亜人を思いやる気持ちはすごく嬉しいんだが、本当に大丈夫なのか? 公約を口にするだけの政治家みたいに……いや、大河なら本当にやるんだろうな。でもそれで女王は話を聞いてくれるのか?
でも、そんなお前だから……俺を助けてくれたんだよな。
「命にかけてもあなたたちの待遇を改善してみせる。俺を信じてくださいっ! お願いしますっ!」
大河が、必死になってそう叫んだ。
並々ならぬその気迫に、ドワーフは完全に気圧されているようだった。いろはの通訳を聞く前から、すでに表情が固まっている。
「人間は……いつも俺たちを見下して、馬鹿にして、奴隷か何かと勘違いしているかのようだった」
それって……。
「あなたなら……信じてみてもいい。かつて我ら亜人を救ってくれた、勇者のことを思い出したよ……」
大河の誠意が、亜人たちの心を動かした。
二人は固く握手をした。
「*******っ!」
村長は声を張り上げて、村人全員を招集しているようだ。この度の決定を村の中で徹底するつもりらしい。
すべては、大河の望みのままに。
「ありがとうな、大河」
俺は思わず、大河にそう声をかけた。
「……? なんで来栖がお礼を言うんだ?」
「いや、俺も亜人たちがかわいそうだなって思ってたからさ」
かつてエルフとして過ごしていた俺だから……お前に心から感謝できるんだよ。
「それで、どうするんだ大河? このまま帰るのか?」
「いや、いくら何でも行って帰って来たってだけだったら女王に何を言われるか分からない。この村から少し離れた洞窟に、魔物が住み着いて困っているらしい。そいつらを対峙して、せめてもの手柄として王都に帰ろう」
「そうだな」
その程度の手柄がどこまで通じるか分からないけど、ないよりはましか。
「…………」
「不満そうだな駆?」
クラスメイトでありながら、俺たちの住む建物から出て行った男――駆。〈大気〉を操る戦闘要員である彼は、その主張からも分かるように明らかに女王の意見に賛同している。大河の決定を、どう思っているのだろうか?
「ふふふっ、問題ないさ大河。私がリーダーというわけではないからね。責任がないというなら、何も言うことはないさ。何があっても私は知らないがね」
「必ず女王を説得して見せるさ。絶対に……」
「意気込むのは勝手だが、私たちに迷惑をかけないでくれたまえよ大河。あの都市を追い出されたら、私たちはこんな森の中の田舎村にしか逃げ込めないのだから……。虫や野生動物を気にしなければ眠れもしない、非文明的で不快な生活だとは思わないかね?」
気は進まないらしいが、見逃してくれるようだ。
「ああ、それと、私はもう王都に帰るよ。魔物討伐は君たちが勝手に生んだ仕事だ。私には関係ない」
「そう、だよな。なら駆は兵士たちと一緒に帰っててくれ。俺たちも魔物を退治したらそのまますぐに王都へ戻る」
……と、いうことになった。
なら、あとは魔物を退治すればいいだけだよな。
そして、俺たちは魔物退治へと向かった。