エルフの奴隷
大パステラ王国王都。
かつて俺が村で遠くから眺めていたこの都市は、ほぼ四角形の形をしている。東西南北に巨大な防壁と門、そして中央部には城が存在する。城の近くには高級住宅街、そこから道路沿い商店や一般庶民の家屋などが並び、外につながる門へと続いている。
大通りから外れた城壁近くの隅は、人通りも少なく日当たりも悪いスラム。そしてそこに住んでいる貧民たちの中には、犯罪に手を染めるものもしばしば。
俺たちは、奴隷について通報があったスラムへとやってきていた。
このあばら家のようなボロボロの建物。建物自体は偽装で、その下にある地下が本命らしいが。
「みんな、入るぞ」
大河の先導に従い、ぼろぼろの建物の中に入る俺たち。
部屋の中は狭い。
「あううう、怖いよぉ」
「いろはは真ん中に。俺がしんがりを務めるよ」
「無茶しないでね、来栖」
大人数というわけにはいかず、ここに来ているのは四人。
戦闘要員の大河、俺。
回復役の瑠奈。
そしてエルフたちとの通訳を務めるいろはだ。
扉を開けて建物に入ると、すぐに入口となる地下への階段が見えた。壁は土がむき出しの安っぽい造りだ。
本当に、こんな場所に人が閉じ込められているのか?
奥には松明らしきあかりと、見張りと思われる二人の男が見える。
「よし、俺がスキルで――」
「大河、お前の〈白雷〉は目立ちすぎる。ここはいったん俺に任せてくれ」
「来栖?」
遠征の時は棒立ち要因だったからな。ここで汚名返上といこう。
「――〈森羅操々〉」
植物系魔法、〈森羅操々〉を起動する。
地面から生えた植物のツタが、男たちの足を絡めとりそして――
「うおっ!」
「な、なんだっ!」
ツタの収縮とともに、男たちが地面に倒れこんだ。
するとさらにツタが増え、男たちの手、腰、そして口を塞ぎ暴れることができない体勢にしてしまう。
ふう、上手くいったな。
「来栖君、すごい」
いろはが感嘆の声を上げている。どうやら本当に俺が戦えるとは思っていなかったようだ。
「ありがとな来栖。やっぱりお前は……やればできる奴だよ」
人の多い屋内、ということもあり大河の強大なスキルよりも俺の魔法の方が向いていた。
地味だが、しかし確実に役に立つことができた。
見張りを潰した俺たちは、すぐに部屋の奥へと進んだ。
見張りの奥にあった扉を開くと、そこには鉄格子の並ぶ地下牢があった。周囲からはすすり泣く声やうめき声が聞こえる。
エルフだ。
事前の情報通り、牢の中にはエルフが囚われていた。女性ばかりだった。
なんて気持ち悪い光景なんだ……。とても正気とは思えない。こんな劣悪な環境で、何日過ごしてきたのだろうか?
最初に倒した見張り以外には、敵はどこにもいないように見える。たまたま外出中なのか、それとも安心しきって少人数で管理してたのか、あるいは俺たちを見つけて逃げ出したのか。
どちらにしろ、やりやすくて助かる。
「俺が入口を見張ってるから、来栖たちは鉄格子の鍵を開けてエルフたちを救出してくれ。頼んだぞ」
そう言って、大河は剣を構えて入口に立った。
「鍵は……」
周囲を見渡してみたが、どこにも見つからない。
そもそも本当に鍵がここにあるのか? 必要な時だけ檻の外へ出せるように、ここにはいない奴隷商人が鍵を持っていたとしたら?
探すだけ時間の無駄だよな。
「来栖、大河に任せた方がいいんじゃない? 私が呼んでこようか?」
「いいや瑠奈、大丈夫だ」
俺の力で。
「溶かせ――〈腐食草〉」
〈腐食草〉は毒性の強い草で、その粘液は人体だけでなく金属すらも溶かしてしまう性質がある。
これは今まで俺の使ったことのない魔法だ。〈緑手〉と呼ばれる俺のスキルが、新たな力をもたらしてくれた。
毒々しい紫の花が地面から生え、どろどろとした液体を周囲にまき散らしていく。すると、その液体と鉄格子が反応し……溶け始めた。
「すごい来栖っ! こんなに便利な力を使えるなんて! やっぱり来栖は役立たずなんかじゃないよ」
「感想はいいから、とりあえずエルフたちを助けよう。俺は鉄格子を溶かして回るから、瑠奈は弱ったエルフの人たちを回復してくれ。話せる人がいたらいろはが事情を説明して欲しい」
こうして、俺たちは役割分担をしながらエルフたちを解放していった。
数にして二十人前後といったところだろうか。この狭い部屋で……ずいぶんと劣悪な環境だ。
そうして俺は、最後の鉄格子までたどり着いた……のだが。
「あっ……」
こ……この人は……。
鉄格子の中にいた女性のエルフだ。
俺が十歳のころまで村にいた……マリアお姉さんだ。
外で猛獣に襲われた、と聞いていたんだけど、まさかこんなところにいたなんて。子供だから真実を伏せられていたのか?
「大丈夫か。助けに来たぞ」
「************」
嘘……だろ。
俺はマリアさんと何度か話をしたことがある。同じ村の、同じエルフとして、もちろん問題なく意思疎通はできたはずだった。
それなのに、今、この人が何を言ってるか理解できない。それはそう、この前の遠征でイヌミミの獣人が何を言ってるか分からなかったように。
やっぱり、そうなのか?
俺はもう、エルフの仲間たちと会話をすることができないのか?
じゃあ俺は……アリスとも……もう、二度と……。
「来栖君、あとは私が」
そう言って後ろからいろはが現れた。
「**********」
「*******っ! ******」
完璧に、コミュニケーションが取れている。いろははエルフとも話ができるということだ。
そうだ、いろはがいる。
いろはの〈多言語解〉があればエルフと意思疎通することができる。彼女を解せば俺も会話が可能だということだ。
そしてゆくゆくは俺自身が言語を覚えればいい。スキルではなく、本当の意味で会話できるように。
「本当に……ひどい話だよな。ここ以外にもこんなところがあるんだろうな……。絶対に潰さないと」
「来栖君、優しいんだね」
「誰だってこの光景を見たらそう思うさ。いろはだってそうだろ?」
「私も頑張りたいけど、怖くて……襲われたらどうしようって思うと……、足が……動かなくて。ううう……情けなくてごめんね」
と、震えながら俺に抱きつくいろは。
いろはに村まで付いてきてもらうとして……このメンタルで、可能なのか?
やっぱり無理……かな。
俺が亜人語を覚えられるように努力してみよう。