多言語解
兵士と亜人が話をしている。
俺には、彼らが何を言っているのか理解できない。
「あ、あの、私」
突然、いろはが前に出た。
「おお、あなた様は確か……。試していただけますかな」
「は、はい、えっと。あの……**********」
「*************」
と、いろはが獣人の言葉を話し始める。
いろはのスキル、〈多言語解〉はあらゆる言語を正確に、そして完璧に聞いて話すことのできるマルチリンガルの能力だ。
その理解は方言にとどまらず、亜人たちの言語系統にも通用するらしい。
非戦闘員であるが、極めて重宝されるスキルと言えるだろう。
本当のお荷物は俺だけってことか。
「***************」
「**********」
それにしても、立派だな。
会ったことのない亜人と、いきなり話ができるなんて。便利すぎる。いろは、これからこの国にこき使われたりしないだろうか……。
「…………」
ここでふと、俺は思った。
もし俺が本当にエルフであるアリスと会話をできなかったとしても、いろはのこの能力があれば……コミュニケーションをとることができる。
俺は村の正確な位置を知らない。
このあたりは見慣れた森ではない。しかし村の近くにある大木から王都の様子を何度か見ていた俺は、おおよその方向感覚は理解できている。
おそらくこの道のはるか先を進めば、俺たちの集落へたどり着くはずだ。日帰りとでは不可能な距離になってしまうが……。
向こうに行って、様子を見てみたい気持ちはある。
だけど今の俺がこの集団から抜け出すのはあまりにも不自然で、そして危険だ。さっきの猛獣の群れ、俺一人で対処できないかもしれない。そして俺が突然いなくなれば、大河たちは必死になって探すだろう。
今はまだ、待て。
運命のあの日――すなわち俺が死んだ日までまた時間はある。急ぐ必要なんてないんだ……。
こうして、俺たち異世界人の初遠征は終了となった。
俺以外のみんなはその力を存分に発揮した。同行した兵士たちを通じて、その力は王国側に伝わっていくだろう。
余計な仕事を押し付けられる可能性はあるが、今の身分は安泰だ。
遠征というイベントを終えた俺たちには、しばらく休むこととなった。
俺たちはこの国の協力者であり奴隷ではない。従って何かを命令されたり強要されたりということはないが、かといって何もしなければ住まいを追い出されてしまうだろう。
今後、西の魔族関連の遠征に関して、女王から命令が下る予定だ。それは各地に散る冒険者の動向や、魔族の被害、あるいはこの国の状況に応じて命ぜられるだろう。
あの遠征で実力を示せたのは良かった。
自由な時間を得た大河は、早速動き出した。ギルドに冒険者として集団で登録し、〈タイガ団〉という集団パーティーを結成した。
「とりあえず、このコルクボードに貼ってある紙を見て、依頼を探すんだよな?」
「そうみたいだな、来栖」
ここにいるのは、俺と大河と他数人。
ギルドでの活動はみんな賛同してくれたものの、その意欲は様々だった。もっと金を、国からの独立をと考える者もいれば、焦る必要はないと控えめな意見の者もいる。ここにいない何人かは要するにやる気がないのだ。
別に仲間割れしてるわけじゃないから、報酬さえ積めばみんな集まってくると思うが。
「猛獣なら俺たちが対峙するから任せてくれ。来栖」
「俺も植物系の魔法が使えるんだ。何かうまくできる依頼を探してみるよ」
そうしてしばらく報酬や難易度などを考慮しながら、あれこれと依頼を探していた。
そして唐突に、俺はその依頼を見つけてしまった。
「これは……」
それは、闇の奴隷市に関する依頼だった。
この国において奴隷が禁止されているわけではないが、しっかりとした公式の奴隷市場を経て入手することが条件となる。この奴隷は罪人であったり借金を返せなかったりした人々。俺たち日本人の感覚で言うと『それでも奴隷は……』といったところかもしれないが、彼らの中では納得のいく論理らしい。
しかし裏社会の奴隷市に連れて来られるのはそう言った人々ではない。見た目の美しさをかわれて誘拐されたり、薬漬けにして抵抗できなくしたりなど倫理的にかなり問題のある奴隷たちだ。
王国ではこういった奴隷を禁止しており、しばし取り締まりの対象となっている。正規の兵士で手が回らないレベルのものは、こうして冒険者ギルドへと話が回ってくるらしい。
そこに掛かれていた奴隷は、エルフ。
エルフの……奴隷だと。
「ひどい……話だ。本当にこんなことがあるのか?」
奴隷狩りによって連れて来られたエルフを救出する、という依頼だ。
俺たちの村で奴隷狩りなんて話は聞いたことがなかったが、他の村ではそんなことが起きていたのか? いや、ひょっとすると俺の村で死んだり行方不明だと言われた人々も、この奴隷狩りに捕まって大変なことに……。
「これは本当にひどい話だな、来栖」
大河が苦虫をつぶしたような険しい表情をしている。俺を助けてくれるような正義感の強いこいつが、誘拐して奴隷などといった非人道的なことを許せるはずもなかった。
「この依頼を俺たちが受けて、救出してあげよう」
大河はコルクボードから依頼書を奪い取った。
こうして、俺たちは奴隷救出の依頼を受けることにした。