亜人との会話
クラスのみんなが、大河の掛け声とともに暴風熊に突撃した。
そこからは、一方的だった。
多くのスキルが飛び交い、暴風熊になす術はなかった。最初はスキルに慣れない様子だったクラスメイトたちも、徐々にスキルの扱いを覚え、戦いの中にその身を投じていった。
結果は、圧勝。
異世界初の初戦は俺たちの勝利だった。
ただ実際の戦闘とは関係ないところで転んだり枝が刺さったりして、小さな怪我を負ってしまった者は少なからずいたようだ。
「みんなこっちに集まって」
そう言って瑠奈が両手を広げると、周囲に魔方陣が出現した。
〈聖光〉、と呼ばれる瑠奈のスキルだ。
「愛と平和と祝福を。光あれ、〈再聖〉」
オーロラのようにまばゆい光が局所的に降り注ぐと、みんなの傷がたちまち癒えていった。
大河が勇ましい戦争の英雄であるとすれば、瑠璃は聖書にその名を残す聖人や天使のように神々しく美しい。慈愛の女神、としてこの世界で称えられてしまってもおかしくない。
俺の視線に気付いた瑠奈が、笑顔でこちらに手を振ってきた。
俺も適当に振り返しておく。
すげーよ、こいつら。
なんだか、女王が俺のことを馬鹿にしてたの……ちょっと納得してしまった。そりゃこんな規格外のスキルなんか見せられたら、俺なんてほんと雑魚そのものだよな。がっかりして馬鹿にしたくなる。
そう、この日の俺は……残念ながら大して働いていない。
というよりも、出番がなかったというべきか。〈森羅操々〉の魔法を使えば戦えなくもなかったのだが、大河の力に圧倒されてしまっていた。
大河たちも俺を気遣って後方に配置している。できるとは言ったんだが、信用してもらえなかったようだ。
さて、と。
「大丈夫か?」
振り向いた俺は、背後に控えていた彼女にそう声をかけた。
俺より少し後ろ側の木に隠れた、黒い髪の少女。左右二つに編み込んだ三つ編みが特徴的だ。
彼女の名前は――前園いろは。
俺たちのクラスメイトであり、俺と同じく非戦闘要員でありながらここに連れて来られた。
どうやら大河の〈白雷〉スキルが怖かったみたいだ。近くの木にしがみついて震えている。
気持ちは分かる。あんなに近くで雷落とされるんだもんな。俺もちょっと怖かった。
「もう戦いは終わったぞ。安心して出てきてくれ」
「うん……ありがと」
いろははおどおどとしながらもゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
いろはは異世界に来て得たスキルもあまり戦闘向けではなく、危険であれば留守番していてもおかしくない身分だった。
だが実際、俺もいろはもここにいる。
俺たちは今、女王に試されているのだ。
単純な戦闘力の適性はもちろんのこと、森の中の遠征という不快な環境に対する耐久性、そしてそのストレスで反乱を起こさないかどうかという忠誠心。たとえ非戦闘員であろうと従順でいられるか、そのための試験だ。
「ほんと、ひどい話だよな。俺はともかくいろはは戦えないのに、こんなところまで無理やり連れてくるなんて」
「で、でも……私も役に立たなきゃって……思ったから」
「本当に大丈夫か? 無理だと思ったら我慢しないで俺に言ってくれよ」
「来栖君、すごいね。自分も大変なのに……その、スキルが……」
「ん? ああ……」
俺って低能スキルで全く戦えないと思われてるのかもな。『お前が言うな』って思われたか?
「確かに俺は弱いかもしれないけどさ、このまま黙って見てるわけにはいかないと思って。大河だって瑠奈だって、危険を承知でここにいるんだ。あいつらよりは使えなくても、俺にもできることがある……って思ってたんだけどな」
実際、俺が手を出す前にすべてが終わってしまったわけだ。
「実際はこの通りだよ。見てるだけだった。あいつら強すぎるんだよ。次こそは、俺も働いてみせなきゃな」
「来栖君、本当にすごいね。私……怖くて、怖くて。そんな気持ちにすらなれないよ」
「いろはは戦えないんだからさ、見てるだけでいいんだよ。ここにいることが戦いだ。俺も植物を使って少しは戦えるからさ、護衛程度にはなると思う」
「……うん、ありがとう」
俺以外の全員はレアスキルを持つ貴重な人材だ。命の保証はされているとは思うが……少しくらい怪我をしてもおかしくはないかもしれない。
近くにいるいろはくらいは、俺が守らなきゃな。
行軍約二時間。距離にして約10kmメートルといったところだろうか。
俺たちは小さな村へとたどり着いた。
そこは、イヌミミの獣人が住む集落だった。
王都から近いということもあり、人間がやってくることはそう珍しくないのだろう。村長風の年配獣人が、代表してこちらにやってきた。
イヌミミ獣人が口を開く。
「*************」
「は?」
イヌミミの獣人が、訳の分からない言葉を発した。
なんなんだこれ? 英語でもフランス語でも中国語でもない。俺と同じ喉の構造をしてるのか、と疑ってしまうような、意味不明な声だった。
「**************」
「あー、っと、***********」
突然、隣にいた兵士の一人が喉を押えながら同様の声を発した。すると獣人たちはその言葉を理解したらしく、少し安堵した表情をしている。
「こ……これは?」
「失礼、ご存じなかったのですね勇者様。我々と亜人とは違う生き物であり、言葉も文化も風習も何もかもが異なっているのです」
大河の疑問に、兵士たちはそう答えた。わざと隠していた様子ではなく、どうやらこの世界では常識過ぎて誰も言わなかったことらしい。
「ドワーフ、ゴブリン、エルフ、獣人といますが、基本的にほとんどの住民とコミュニケーションをとることができません。このあたりの亜人たちは、我々が『亜人語』と呼ぶ言語を話します。一部の教養のある知識人は人間語を話すこともできますが……」
そんなものか、と一瞬流そうかと思ったが。
でも待てよ。
待て。
待て待て待て待て。
それって、まずいんじゃないのか?
俺はエルフの村で普通に話をしていた。あれは日本語だったから、俺は普通にコミュニケーションを取れていた……とそう思っていた。
でも、そうでなかったとしたら?
たとえば、俺たちの世界とこの世界の言語が違ったとしたら? 俺たちが普通に話しているこの人間の兵士たちも、もしかすると日本語じゃない言葉を話しているのかもしれない。
召喚したことによって、翻訳のスキルか何かが付加されたとしたら?
俺はエルフの転生したとき、亜人の言語スキルを得た。
そしてクラスのみんなと一緒に転移したこの地で、王国民の言語スキルを得た。
もし、亜人語のスキルが王国民語のスキルに上書きされたとしたら?
俺は、亜人の言葉を話せない。
アリスとも話をできないかもしれない。